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色が消える街で、私はキミと世界を取り戻す 〜セブンコア、色を紡ぐ者たち〜  作者: 乾為天女


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第24話「迷宮再侵入」

 6月7日、夜――。

 セブンコアの面々は、ふたたび“あの場所”へ足を踏み入れていた。

 地下に眠る無彩核。その中枢へ至る前の“迷宮領域”。それは前回の侵入で、日葵と一真、玲央、泰雅の三人が命がけで踏破した迷路だった。

 だが今、その迷宮は――変わっていた。

「……構造がまるきり違う」

 一真が端末を睨みながら呻く。画面の中で、マッピング用の地図が狂った線を描き続けていた。分岐、分岐、また分岐。まるで誰かが嘲笑うように迷路を更新し、正解の道筋を覆い隠しているかのようだった。

「前回、俺たちが使ったルートはすべて潰されてる。陰彩主……本気で、侵入を拒んでる」

「……でも、だからってやめるわけにはいかないよ」

 日葵が小さく呟いた。迷宮の入り口に立ち、足元の石板に浮かぶ薄桃色の痕跡を見つめる。それは前回、彼女が光譜術で照らした光の“道しるべ”の残滓だった。

「ここまで来て、進まなかったら……意味ないよね」

 その声には、かつての不安や自信のなさよりも、ずっと芯のある“色”が宿っていた。

 隣で泰雅が頷く。

「日葵の言う通り。敵が変化してくるなら、俺たちも進化しないとな」

「問題は、その“進化”のさせ方だ……」

 一真が腕を組み、額にしわを寄せる。

「この迷宮は“正解”を一つに絞らせようとする。それを見抜こうとすればするほど、間違った選択肢の方が増えていく。まるで思考を逆手に取られてる」

「それって、“正解を探さない”ってこと……?」

 日葵の問いに、一真はぴたりと動きを止めた。

 そして数秒後、にやりとした笑みを浮かべる。

「いや……それだ。正解を探すのをやめる。つまり、“正解に依存しない検索”を構築する」

「検索?」

 玲央が首を傾げる。

「アルゴリズムの話だよ。間違いを怖れずにデータを流す。正解かどうかじゃなく、“その都度最善の選択”を少しずつ最適化していく検索方法――ベイジアン的な思考回路に近い」

「要するに?」

「直感と記録の両方を信じるってことさ」

 一真はすぐにポータブル端末を起動し、迷宮内に散らばる“構造情報”の断片を数式化しはじめた。

 霧のように漂う無彩粒子を、逆に“情報”と見なして数式と統計へ落とし込む。

 すると――

 日葵の胸が、不意に脈打った。

「……光、来てる」

 薄桃の輝きが、彼女の指先から滲み出す。それは迷宮の壁面に反応し、まるで生きた神経のように網目を描いていく。

 次第に、数式のグリッドが壁面に重なり、ひとつのインフォグラフィックとなって浮かび上がった。

 迷宮の構造が――視える。

 行き止まり、隠された通路、陽動のループ。

 それらがすべて、日葵の薄桃光と一真の数式とで、解き明かされていく。

「こっち……こっちだよ!」

 日葵が迷いなく駆け出した。

 今度こそ、恐れずに進める気がした。 


 迷宮の奥へと進む日葵たちの前に、また新たな分岐が現れた。

 だが、一真は動じなかった。指先で端末を操作し、瞬時に三方向の空間データを読み取る。

「左、行き止まり。右はループしてる。だから――真ん中だ」

 言葉と同時に、日葵の光が中央の通路を照らす。すると、足元に新たなグリッドが浮かび、導かれるように道が開けていった。

「“正解”を探さないって、すごく変な感じだけど……」

 日葵は走りながら口にした。

「それでも、ちゃんと道は見えてくるんだね」

 彼女の声に、一真は応えるように笑う。

「……“答えは一つ”って思い込みを捨てれば、人間って案外、強くなれるもんさ」

 そのとき、迷宮の壁面にひびが入った。

「警戒して。陰彩が気づいたかもしれない」

 泰雅の声が響く。

 ひび割れた壁の奥から、黒い靄がにじみ出てくる。視界が霞み、空気が冷たく濁っていく。

「バリア発生。進行阻止の罠か……!」

 一真が短く叫ぶ。

 だが、日葵は立ち止まらなかった。

 桃色の光が、ふたたび胸からあふれ出す。

 それは“進みたい”という想いに呼応し、霧の中にぽつりと灯る炎のように揺らめいた。

 その光に誘われて、黒い靄が裂ける。

 光の道が、また一本――新しく繋がった。

「一真くん……これ、あなたの式と私の光、混ざってるよね」

「ああ。完全に同期してる」

「じゃあ、私たちの気持ちも、混ざってるってことかな……?」

 その一言に、一真は思わず立ち止まりそうになる。

 けれど、日葵は軽く微笑んで、すぐに背を向けた。

 前を見て、進むために。

 ――迷宮は、生きている。考える者、迷う者、止まる者、そのすべてを“自分の内面”に閉じ込めるために存在する。

 ならば、日葵たちの選択はただひとつ。

 止まらないこと。

 答えにとらわれず、信じ合いながら、前に進むこと。

「今度こそ、核の中枢へ行けるよ」

 玲央が小さく呟いた。

 その言葉に、誰もが確かにうなずいた。


 進めば進むほど、迷宮は形を変えていった。

 まるで陰彩主が、彼らの進行に怯え、必死に足止めしようとしているかのようだった。

 突如として、目の前の床が崩れ――その先に、無数の“偽りの道”が並んで現れる。

「また分岐か……!」

 玲央が即座に立ち止まる。だが、日葵は静かに手を掲げた。

 彼女の指先から放たれた薄桃光が、まるで潮のように広がり、分岐すべてを包みこむ。

 そのうちの一本だけが、まるで呼吸するように脈を打ち、光の残像を揺らした。

「……ここが、本当の道だよ」

「根拠は?」

「ううん、直感。でも、そう“感じる”の」

 日葵の目は、迷いなかった。

 それを見た玲央は、ほんの少しだけ微笑みを浮かべる。

「沈黙は信頼のしるし、だったね。任せるよ」

 一真は無言でうなずき、泰雅も頷いて歩を進める。

 その瞬間、床の石が滑るように移動し、他の分岐が閉ざされていく。

 彼らが選んだのは、迷宮が“最後の壁”として守っていた、真なる中枢への道だった。

 通路の先に、うっすらと光が差す。

 それは地上の光ではない。

 核の鼓動から、かすかに漏れ出している“色”だった。

「見えた……無彩核の心臓部が、すぐそこに」

 泰雅が呟いた。

 そしてそのとき、日葵の胸の奥で、なにかが静かに跳ねた。

 怖れでも、不安でもない。

 ――期待。

 きっとこの先に、自分たちの“未来を変える光”がある。

 迷宮の最後の門が、音もなく開かれた。

 闇の中に、七色が差し込むその光景は、どこか懐かしくも、初めて見るようでもあった。

「もう少しだね」

 日葵の声に、全員がうなずく。

 誰も口には出さなかったが、その背中は迷わなかった。

 そうして、七人は闇の奥へ――光の先へ、進んでいった。

 迷いはもう、ここにはなかった。

 

(第24話「迷宮再侵入」了)


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