004.キミの家へ許しを請いに(2)
────
─前話からの続き…
────
もの凄い表情をした夢花が、香純ちゃんを睨みつけている。
もしかして…と私の頭を嫌な予感が過った。
私と付き合い始めた事、母親である香純ちゃんに言ってはいないよね?
でも、付き合う条件の3つ目で、“2人の関係は秘密”と伝えたはずだ。
「どうしたの?夢花。そんな怖い顔しちゃって。」
「お母さん、ずるい!!私だって、友梨さんと一緒にお風呂入りたい!!」
もう…。
一緒に入ってたのは、私の小さい頃だって…。
「何を言うかと思ったら…。お風呂一緒に入るようになったの、友梨ちゃんが6歳位だったかなぁ…?」
「そうそう。懐かしいよねぇ…。えっと、もう14年も前になるの!?」
その1年半後くらいの時期に、香純ちゃんは家出してしまったのだ。
よく考えてみれば、香純ちゃんが家出した時期と、夢花の年齢を照らし合わせてみれば、彼女を身籠った故の行動だったのだろうか。
「私、小さい頃の友梨さん見たかったの!!」
「滅茶苦茶、可愛かったわよぉ?それより、ほら!!友梨ちゃん、早く家の中に入って入って?」
「えっ!?友梨さんを家の中に…?!」
まさに今、私達は家の外で立ち話の上、痴話喧嘩状態だ。
ご近所さんに、こちらの個人情報ダダ漏れなのは確かだ。
香純ちゃんは家の中へ入るように言っているのだが、夢花はそれが想定外だったようで、目が泳ぎ始めていた。
「夢花さん?私に家の中、案内して欲しいな?」
──ギュッ!!
興奮気味の夢花の手を私の方から握ると、彼女の目をしっかりと見ながら話しかけた。
「あ…っ?!はい…っ。こっち…です…。」
見る見る夢花の顔は耳まで真っ赤になり、俯き加減になりながらも、ちゃんと私の手を引いて進み始めた。
「お邪魔します。」
家事が全く手がつけられず、ゴミ屋敷状態を想像していた。
そんな予想に反して、玄関上がった所から見える家の中は、手入れが行き届いており綺麗だった。
それと同時にだが、家の中には殆ど物が置かれておらず、この母娘の生活が明らかに困窮しているのが窺えたのだ。
だから、出迎えてくれた夢花の出立が中学のジャージ姿だったのだろう。
「お家の中、何もなくて…ビックリしちゃいましたよね…?あはは…。」
私と居る手前なのだろう、夢花は手の汗を凄くかきながら、作り笑いで話しかけてきた。
恐らくは、私を家の中には入れず、違う場所で話をつける予定だったのだろう。
ところがだ、私が香純ちゃんの幼馴染だと判明したことで、夢花にとって想定外の事態に至っているようだ。
──ムギュウウウウッ…
「ボソッ…(ううん?私が、夢花のこと守るからね?)」
「あ…。はい…。」
とりあえず落ち着かせるには、抱きしめてあげるのが一番だ。
別に、夢花だからしてる訳じゃなく、友之がパニックになった時等にしている。
「ゆ、友梨ちゃん?!ど、どうしたの!?急に…夢花なんか抱きしめて…。」
あー。
なんか、この流れって…。
面倒くさいことになりそうな気がする。
「す、スキンシップだよ…?ダメ…かなぁ?」
「夢花抱きしめる前にぃ…。友梨ちゃん?まずはぁ…うちのこと抱きしめてくれないとぉ!!」
おいおい…。
まぁ、いいや。
それで済むなら安いものだ。
でも、冷静に考えてみれば、ここで香純ちゃんを抱きしめると、別の意味で面倒くさいことになるな…。
「お母さん!!今日は、友梨さんと…お話するんだよね!?」
ああ、そうだ。
今日は、可能な限りで良いので、私に夢花の面倒を見させて欲しいという話をつけに来たのだ。
「ねぇ、香純ちゃん?働き詰めで、夢花さんの面倒見る暇なさそうだから、私に出来る限りでいいから面倒見させて欲しいです。朝晩のご飯とか、お風呂とか、泊まりとかも含めて…。」
「こちらからも、夢花のこと…宜しくお願いしたいです。でねぇ…?たまぁにで良いからぁ、うちの面倒もぉ…見て欲しいなぁ…?なーんてね!!」
全く、冗談でも何言ってるんだよ…。
香純ちゃんは…もうっ!!
ほら…また、夢花がもの凄い表情してるじゃん!!
まさか…香純ちゃん、夢花と私が付き合い始めたことに気付いてる…とかないよね?
「ボソッ…(夢花に飽きたら、私が居るから…ね?)」
やっぱり…。
夢花が抱きついたままの私に対し、香純ちゃんは背後へと回り込むと、耳元で囁いてきたのだ。
この借家は1DKの為、恐らく寝る時は母娘で一緒の部屋なのだろう。
そう考えると、私も迂闊だった。
そんなこと何も考えず、夢花のメッセージに返信していた。
例えば、彼女が寝たとは知らず、私がインスカでメッセージを送信してしまうと、彼女のスマホの画面には、誰から来たか通知として表示される事になる。
もし香純ちゃんが起きていたら、夢花のスマホが振動する為、気になって覗き見る事だってある筈だ。
きっと、スマホの画面には『友梨からの新着メッセージ』と表情されていたのだろう。
そして、先程その相手の友梨が、幼馴染の私と同一人物と香純ちゃんは知ることになり、察したのだろう。
「やっぱりぃ、うちもぉ…友梨ちゃんのお世話になっちゃおっかなぁ?」
ある意味、私の弱みを香純ちゃんに握られてしまった。
保護者の香純ちゃんに、娘が未成年者誘拐、未成年者淫行されたと、お巡りさんの所に駆け込まれたら、仮に証拠不十分で釈放や不起訴になったとしても、社会的にはお終いだ。
同性の未成年者に手を出した変態女だと、レッテルを貼られる事になる。
そうなれば、友之だってただでは済まないだろう。
生まれた時から住み慣れたこの街にはもう居られない筈だ。
「お母さんはダメぇ!!友梨さんのお家には、私の同級生の友之君だって居るんだから!!友梨さんっ!!そうですよね?」
ここで、“うん”と答えてしまえれば、どんなに良かっただろうか。
「私が、居間で寝れば…良いかな?」
「ゆ、友梨さん?!な、何で…!?」
私に抱きつきながらも狼狽える夢花に、初めてアイコンタクトを取ってみた。
すると、何となく分かったようで、大人しくなってくれた。
「それじゃあ、決まりねぇ?今からぁ、すっごく楽しみぃ!!」
はぁ…。
帰ったら、友之に何て言おう…。
でも、友之は歳上好きそうだから、何とかなるかもな…。
────
─それから、30分後…
────
「…というわけなんだけど…。」
「歳上!!元人妻!!ね、ねえちゃん…?本当に、家に来るの?!い、一緒に暮らすってことで…良いんだよね!?」
興奮し過ぎて、友之のキャラが崩壊してる…。
でも、香純ちゃんは確か…私より8歳くらい上だ。
だから、友之とは16歳近く離れてる筈だが…。
──ピリリリリリリリリッ!!
先程、香純ちゃんと話をつけてきた内容を、家へ帰宅した私が、弟の友之に説明している真っ最中だった。
そこへ割って入るように、部屋の呼び鈴が鳴らされた。
「はーい!!」
玄関の扉の覗き穴から外を見ると、夢花が立っているのが見えた。
──ガチャッ…
「友梨さん、ちょっと。」
玄関の扉を開けると、夢花が意味深長な笑みを浮かべ手招きしている。
これは何かある…。
そう思いながらも、玄関の外へ私は出ることにした。
「ヒソヒソ…(どうして、お母さんの言いなりに?)」
「ヒソヒソ…(私達の関係、友梨ちゃんにバレてるみたい。)」
外へ出た私の耳元に夢花は近づいてきたので、察した私は少し腰を落とした。
やはり、ひとこと私に言いたかったようだ。
「えっ!?」
「ゴメンね…?そういう訳だから…。夢花も協力してね?」
「はいっ!!あ、友之君には、説明されたんですか?」
「うん。友之は…歳上の人妻好きみたいだな…。物凄く喜んでいたよ?」
眉を顰めた夢花の表情や態度は、この場にいない友之に対して、明らかに軽蔑している感じに見えた。
果たしてこの先、仲良くやっていけるのだろうか…。