003.キミの家へ許しを請いに(1)
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─5月のある週末…
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20年という私の人生の中で初となる、告白を受け入れてから数日が経とうとしていた。
とりあえず、夢花にはお母さんとの話がつくまでは、我が家に滞在出来るのは夕方まで、という事で約束させた。
夕方までなので、私が帰宅する頃には夢花の姿は既にないが、夢花手製の夕食が用意されるようになっていた。
なんと、友之と夢花は一緒に帰宅すると、夢花が夕飯の支度をしているようなのだ。
その間、友之は普段通り洗濯物を畳んだり、お風呂の準備をしている。
そして、夕飯が出来ると、2人は先に夕食を摂るようになった。
その後、友之の提案で、夢花だけ風呂に入ってもらい、約束の時間が来たら彼女を家まで、送っているそうだ。
最近の彼女は、必ずどこかへ出掛ける際、インスカで私にメッセージを送ってくるようになった。
別に私の方から、彼女に対してどこに行くか教えてくれとは要求していないのにだ。
このままだと、お互いにとって良くない流れになりそうなので、正さなくてはいけないだろう。
──ヴヴッ!!
私服のジーンズのポケットへと、無理矢理押し込まれている私のスマホが振動したのだ。
今、私は自分の部屋で、出かける準備をしていたところだった。
──スッ…
スマホをポケットから何とか取り出すと、画面に顔を向けて顔認証でロックを解除する。
そして画面をスワイプして、インスカのアプリを開いた。
──『友梨さん!!』
──『おはようございます!!早く…逢いたいです!!』
──『お母さんと2人、友梨さんのお越しをお待ちしてます!!」
夢花からのメッセージが来ていた。
告白された日から、夢花とは会えていない。
こうして、インスカを通じてメッセージのやり取りをするくらいで。
実は、夢花に対する私の心の距離は、正直言ってまだまだ遠い。
だって、彼女が悪い道へ堕ちていかないようにする為に私がついた、いわば口実だったのだから。
友人として接していくうちに、彼女のことを本気で好きになれればいいとは思うが。
──『おはよう』
──『これから、向かいます』
ふぅ…。
とりあえず、夢花には簡単にメッセージを返した。
と言うか、いつもこんな感じの内容を返しているのだが、彼女からは熱量高めのメッセージがすぐに返ってくる。
──ヴヴッ!!
言ってる側から、スマホが振動した。
──『早く…友梨さんと、一緒に過ごしたいです!!』
──『お風呂も…一緒に入りたいです!!』
まぁ、こんな具合の内容のメッセージが繰り返されてる訳で。
浴槽は2人だと狭いから、洗い場と浴槽でそれぞれ交代でなら出来るだろうな。
話しながら髪を洗い、話しながら浴槽に浸かる感じだろう。
髪を洗い終えたら交代で。
浴槽に浸かってた人は浴槽からあがり身体を洗い、髪を洗ってた人は浴槽に浸かる。
両親が生きてた頃は、母親と私はそんな感じでお風呂に入っていた。
両親が亡くなった後、暫くの間は友之が寂しがった為、姉弟で一緒にお風呂に入っていた。
まぁ、なのでお風呂に一緒に入ることには抵抗はないのだ。
──『うちの浴槽狭いから、一緒には浸かれない」
──『でも、風呂場には一緒に入るのは良いけど』
とりあえず、我が家の現状をありのままに伝えとく。
過度な期待をさせるのは、お互いに良くない気がするから。
──ヴヴッ!!
そろそろ、家を出たいところなのだが。
間髪入れず、夢花からメッセージを返してくる。
──『友梨さんと身体洗いっこしたいです!!』
それは、ちょっと早いんじゃないか?
その時の雰囲気に流されて、おかしな方向に行かないとも限らない。
──『話の途中で悪い』
──『今から家でるよ』
──『また、後で』
とりあえず、下手な返事をして夢花を傷つけないように、明言は避けつつ家を出ることを伝えた。
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─それから、20分後…
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弟の友之に、家の留守番を任せて私は家を出てきた。
中学入学後、彼は端正なルックスを買われ、軽音学部から勧誘されると、そのまま入部していた。
軽音部の活動は、主に平日の放課後が殆どで、週末家にいることが多いのだ。
──ヴヴッ!!
最近、友之が夢花を家まで送り届けている。
だから出掛けに住所を教わり、地図アプリを使ってナビされながら、彼女の家まであと少しの所まで来ていた。
そんな時、スマホが振動した。
まぁ、夢花からのメッセージだろうが。
──『友梨さーん!!』
──『こっちこっちー!!』
ん?
ふと先の曲がり角から顔を出した夢花が、嬉しそうに手を振っているのが見えた。
全く…。
とは思ったが、彼女は8歳も歳下だ。
そういえば同じくらいの歳の頃、私もはしゃぎたい盛りだったな。
「そうだったな。仕方ないか。」
大きく私も夢花に向かって、手を振り返して見せた。
すると、駆け足で夢花が私の所にやってきたのだが、驚いたことに中学校のジャージを着ていた。
「はぁ…。はぁ…。はぁ…っ。はぁ…っ。やっと、逢えましたぁ!!友梨さん、行きましょ?」
──ギュッ…
そう言うと彼女は迷う素振りもなしに、私の手を握ってきた。
しかし、ジャージ姿には驚いた。
金銭的に我が家より困窮しているのだろうか?
友之の着る服には、私は多少なりとも気を遣ってあげている。
だから別に私の私服は、ワイシャツにジーンズで良い。
肌寒ければジャケットやコートを着ればいい。
まぁ、下着にだけは気を遣うようにしてるが。
幸いにも会社は制服がある為、毎日のコーデを考える必要がない。
スカートかパンツか選べるところも良い。
「あ…。友梨さん、ジャージ姿でお迎えしに来てしまって…ごめんなさい。」
「ううん?良いよ。気にしないで?ジャージ姿、可愛いなって…ね。」
やはり、夢花の家庭環境が気になってしまい、ついついジャージに目がいっていたようだ。
誤魔化すには、そう返すしか術が思いつかなかった。
「友梨さんに言われたら…私、照れちゃいます。」
「そろそろ、家なんだよね?」
「えっと…そこの、古い借家です。」
彼女が指差したのは、本当に築年数がかなり経過した平屋の借家の立ち並ぶ一画だった。
元々、私が家族でが住んでいた一軒家は、この少し先の辺りにある。
突然、両親が亡くなり、私達姉弟はその一軒家は手放さざるを得なかったのだが。
その指差した借家の前には、夢花を大人にしたような超絶美女が立っているのが見える。
あれ…?
あの雰囲気、どこかで見た記憶がある。
それも、私が小さな頃…。
「初めまして。菊池香純と申します。」
気付けば、美女が待つ玄関の前まで来ていた。
やっぱりだ…。
この声の感じ、聞き覚えがあった。
「香純ちゃん…?お隣の渡邉さんちの…。いきなり、人違いでしたらすみません。」
「やっぱり?!友梨ちゃんなのね!!」
先程の話に出てきた一軒家の隣には、渡邉さんというご家族が邸宅に住んでいた。
そのご家族の長女の名前が香純と言った。
私よりも遥かに歳上のお姉さんだったが、幼い私とよく遊んでくれていたのだ。
しかし、ある時を境にして、香純ちゃんは姿を見せなくなった。
3人姉妹だったのだが、私は他の2人とはそれ程仲良くなかった。
そんな頃、友之が産まれたこともあり、私が渡邉さんのお宅へ遊びに行くのは無くなった。
「うん!!でも、まさか夢花さんが、香純ちゃんの娘さんだったなんて。」
「うちも夢花から名前聞いた時、ビックリしたの。お隣さんの友梨ちゃんと同姓同名だったから。」
何というか、運命の悪戯だろうか。
幼馴染のお姉ちゃんの娘と私は、付き合い始めているのだ。
もう、下手には夢花とは別れられない事に気付いた。
「え…っ?!お母さんと、友梨さんって…幼馴染みなの!?」
「友梨ちゃんがね?うちの部屋に泊まりに来たりぃ?一緒にお風呂入ったりぃ?2人で色々遊んでたのよぉ?」
今となっては、懐かしくも幸せな私の思い出だ。