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魔導の照らす大地  作者: うさとひっきーくん
第一章 駆け出し魔獣ハンター
9/37

・間話 私のヒーロー

「よう、ネイア」


 一人の男がこちらに声を掛けた。


 馴れ馴れしい声のした方を向くと、私よりも頭3つ分ほど身長が高い男がそこに立っていた。

 茶髪に白い肌と黄色い瞳を持つ、賢族の人種である「テルス」と「アルス」の混血だ。


 そんな混血の男に対して少々かったるい感情を抱く。


「……ベッタか」


 極めて凪いだ声色で返事をした。


 こいつとは度々魔獣を狩りに行くことがある。

 私が魔導士でベッタは剣士ということもあり、お互いに都合がいいのだ。


 ベッタが私を誘う理由は、それ以外にもありそうだが……。


「今日も予定はないんだろ? 一緒にいこうぜ」


 冴えない面で私を狩りへ誘った。


「構わんぞ」


 こいつの誘いは正直気乗りしないが、誰かに頼る必要がある折、生きるためだと割り切って誘いを受ける。


「そう言うと思ったぜ」


 彼はにこやかな表情だ。


 私は「気流操作」を使えるが、他の魔導については大した知識がなく、さらに獣族の血を引いているが故に魔力も並み以下だ。

 一人で生きていくには、万能であるか、誰かに頼らねばならないが、私は万能というには程遠い。


 例え最弱魔獣の狩りに向かうとしても、別の魔獣との遭遇が考えられる。

 命の炎を灯し続けるには、誰かと共に狩りへ行くに越したことはないのだ。


 ベッタは大した実力を持っていないが、それでも一人の時よりはいくらかマシだ。


「今日は、比較的浅い所に出没した"ドアウォウ"って魔獣にしようかと思ってるんだ」

「ドアウォウ……?」


 私は疑問符を浮かべて、説明を促す。


 聞いたことはあるが、実際に対峙した事のない魔獣だった。


 ベッタの話によると、「初級/中位」の魔獣で、狼のような姿をしているらしい。

 強化魔導と放出魔導を使うために不用意に近づくと酷い目に合うようだ。


 勝算については、私なら生成魔導による障壁を作れるし大丈夫だろうとのこと。


 その話を聞いたところで、一つ懸念点が思い浮かんだ。


「しかし……狼型の魔獣は群れで行動するのではなかったか?」

「はぐれたんだよ、だからいつもよりも浅い位置にいるんだ」


 ベッタは話を続ける。


「ついさっき帰還した知り合いからの情報だ。恐らくまだ発見した地点の周辺にいると思うぜ」


 自信有り気な様子だ。


 はぐれドアウォウか……。

 その話が本当なら討伐はそこまで難しくないはず。

 狩りに成功すれば、山分けでも80テラほどは稼げるだろうか。


 とは言え、所詮は一匹だ。

 ニードルテリスを数匹狩る方がずっと楽に稼げるだろう。


 ……しかし。


 寒期が近づく前に故郷へ帰りたい。

 父とその友人が死んだことの報告もそうだが、このままハンターをやっていけるとは思えない。

 現状、寒期を凌ぐだけの金を稼ぐので精一杯だ。


 「ペセイル」の北には大きな湾があり、獣族領へ帰還するにはその湾沿いを進んでいくことになる。

 鬱蒼と茂る森を50日ほど歩く事になり、当然魔獣とも遭遇するだろう。

 

 最も安く安全に帰還するには、寒期が開けてすぐに獣族領へ出発する集団に混ざる必要がある。

 当然、護衛料として結構な金額を支払わければならないし、そもそも寒期を越さなければならない。


 そんな折、少量の額であってもできるだけ多くの稼ぎを得なくてはならないし、ベッタとの関係性を壊すのも得策とは言えない。

 結論としては、安全でより多く稼げるような機会は積極的に活用していくという方針だ。


「わかった、付き合おう」

「あいよ、まぁそんなに神経質になるなよ。大丈夫だって」


 そう言って私の頭を撫でた。


 その後、余計な会話はせず、すぐに目的地へ向かった。


----------


 魔獣が跋扈している森を歩く最中、私は物思いにふけっている。


 恐らく――ベッタは私を狙っている。


 狙っているというのは、取って食おうという意味ではなく、私に好意のようなものを抱いているという意味だ。

 自意識過剰なだけかもしれないが、何となく行動や目線なんかで察せられる。


 まぁ、こいつもきっと私のフードの中を見れば態度は一変するだろう。

 ……あんな経験は二度としたくない。


 そういえば、我が弟子は私の顔を見ても全然気にしていなかったか。

 可愛らしいとかなんとか言ってたっけ……。


 確か、今日の狩りで私が教えた「気流操作」を用いるって言ってたな。

 帰ったら結果を話に私の元に来るだろうか。


「いたぞ、あいつだ」


 ベッタは姿勢を低くして声を潜めた。


 いつの間にか目的地へ到着していたようだった。

 道中、ベッタが色々と話しかけてきたが、もう既に何と返事したか覚えていない。


 しかし、ここは無法地帯だ。

 浮ついた心を制して冷静さを取り戻し、標的を睨む。


「結構大きいな」


 視線の先の猛獣は、筋肉質で私くらいなら丸呑み出来そうなほどの大きさだった。


 ――暫く様子を見る。

 ウロウロと周辺をさまよい、時々する遠吠えは何処かさみしげな印象を受けた。

 恐らく仲間を呼んでいるんだろうけど、その姿を一人ぼっちの今の自分と重ねてしまった。


 仲間が駆けつけてくる可能性も考えると、リスクを冒してまで狩る必要性はないと感じた。


 もっとも、情が湧いてしまったというのもあるのだが――――


「俺が惹きつける、お前は状況に合わせて援護してくれ!」


 そう言い捨てると、こちらの意見を聞かずに突っ走っていった。


「待て!――」


 大きめの声で静止を呼びかけたが、その愚か者は止まらない。


 どうして男っていうのはこう……馬鹿なんだ!

 状況に合わせて援護しろといっても、私はそんなに万能じゃないんだぞ!


 私の心境をよそに、ベッタが意気揚々と指示を出す。


「ネイア、障壁を出してくれ!」


 ベッタは遠くから叫んだ。


 言われなくてもわかっている。

 というか、言われてから出したんじゃ遅いだろう!


 取り敢えず指示通りに障壁を作ったが、怒りの感情が湧き上がってくるのを感じる。

 

 ……いったん落ち着こう。

 大きく呼吸をして、茹だち始めた感情を体外へ流しだした。


 落ち着いて戦況を確認すると、危なげなくもベッタは互角に戦えている。

 ならば、このまま障壁を中心に――――と思った矢先、性能のいい私の耳が音を拾った。


 地面を蹴る時の鈍い音と、落ち葉を潰したようなだ。


 察するに、四足歩行の魔獣が発生させている足音だろう。

 先の遠吠えを聞きつけてか、仲間がこちらに向かっている可能性が高い。


 現在ベッタはやや押しているように見えるが、一撃が浅いのか、大したダメージがあるようには見えない。


 焦燥感に駆られながらも、いち早くこの状況を脱する方法を探る。


 策が浮かんでは消えるのを繰り返している間にも、着々と正義のヒーローが悪党を滅ぼさんと勇み足で距離を詰めてきている。


 すると、再び私の耳は足音を拾った。

 周囲を囲うように、その音は鳴っている。


 ――囲まれてしまった。

 もう、逃げ場はない。


 心の片隅に、諦めの感情が芽生えた。

 そして、これまで我慢してきた苦悩を嘆くように、心が叫びだす。


 何故、そちらにばかりヒーローが駆けつける?

 不公平だろう、どうして私は幸運に恵まれない?


 突然保護者が死に、一人で生きなくてはいけなくなった。


 それから、辛いことは自制して前を向いてきた。

 孤独感に苛まれながらも、過去の思い出を糧になんとか頑張ってきたんだ。


 それなのに、どうして……。


 目元に溜まった涙が零れた。

 これは悔し涙、悲しいからとは少し違う。


 私は歯を食いしばった。

 そして、運命に抗おうと決意する。


 ふざけるなよ。


「くっそぉぉぉおおおお!!!!」


 腹の底から叫び、萎れかけた精神を奮い立たせる。


 咆哮で奮起した私は、尋常ならざる集中力で広範囲の気流を操作し、空気を10mほどの範囲に圧縮した。


 その影響で空気が激しい流れを作り、森がざわめく。


「ベッタ、戻ってこい!!」


 荒々しい声。


 その声色に異常を感じたのか、対峙しているドアウォウの攻撃を躱してこちらまで戻ってきた。


「一体何だ……!?」

「群れに囲まれている! ギルドに戻って助けを呼んでこい!」


 集中力を保ちながら、大きな声で吐き捨てた。


「なんだって……!?」


 ベッタは慌てて周囲を確認した。


 すると、私の言葉に反対し、ベッタは自分も戦うと言い出した。


 言うと思った。

 一匹相手取るのに手一杯のお前に何ができるのか。


 私は気流を操作してベッタをギルドの方向へ吹っ飛ばした。


 あとは戻ってこないと信じるしかない。


 にしても、最初に駆けつけたドアウォウははぐれた個体の恋人か家族か……何にせよ、羨ましい。

 私にはそのどちらもいないのだから。


 しかし、私も死ぬつもりはない。

 私の師、アリツェフが叶えられなかった夢を叶えるまでは。


 決意を固めると、私の心はさらに奮い立った。


 纏めて凍らせてやる!


 バァァァァン!!


 圧縮した空気を前方に放出すると、空気が割れるような激しい轟音が鳴り響いた。

 それと同時に気流を制御している魔力に氷結属性を付与する。


「はぁぁぁぁあああ!!!!」


 そしてそのまま周囲をなぎ払うように回転していく。


 極冷の暴風がドアウォウを襲う。

 私は自分の身を守るために、強化魔導に燃焼属性を付与して体温を一定に保つ。


 数十秒ほど続けると私の集中力が限界を迎えたので、魔導を停止した。


 はあ……。


 一息つくと、鼻の穴から生温かい液体が垂れてきた。


「鼻血……」


 これまでの人生で経験したことのないほどの集中と力みで、鼻の血管が切れてしまったか。


 しかし、ここは魔獣の住まう森、まだ油断するべきではない。

 鼻血を拭い、生存しているドアウォウがいないかを確認する。


「いない……か」


 脱力感が凄いが、ここで倒れたら他の魔獣に見つかりかねない。


 早く帰ろう。


 私は気だるい身体を精神力で無理やり動かす。

 視界が霞む中、樹木で身体を支えながら少しずつ進んでいく。


 ダメだ、寝てはいけない……。


 何とか数分間意識を保ったところで、僅かな心の甘えが自身を微睡みへ誘った。


 ……目を開ける。


 視界は未だ森の中だった。

 まさかこんなところで眠ってしまうなんて。


 寝起きの身体を奮い立たせて周囲を警戒する。


 辺りは湿気を帯びていた。

 私の放った冷気による凍結が解消されたためだろう。


 その様子から、自分の寝ていた時間が決して短くなかったことが伺える。

 魔獣が寄り付かなかったのは、もしかしたら異常な温度と湿度が原因だったのかもしれない。


 いや、考えるのは後にしよう。

 今は無事に帰還することを優先すべきだ。


 ゾゾゾ……


 そう考えた矢先、ドアウォウの死体の山から音が聴こえた。

 咄嗟に音の発生源を確認する。


 ――何故だ……?


 視界の先で、一際大きいドアウォウが死体の山から姿を現した。

 ……最悪の事態が脳裏をよぎる。


 まさか、仲間が壁になったのか……?


 身体を起こしたドアウォウは、他の固体よりも一際大きいように見えた。

 察するに、恐らく奴は群れのリーダーなのだろう。


 はあ、仲間が居るやつはいいなあ。


 思わず嫉妬してしまう。


 父と師を失ってからの2年、一人で過ごした時間が長くなればなるほど、私の精神は親しい人物を欲した。

 だが、この外見のせいでそれは難しい。


 過去には勇気を出して友達を作ろうとしたこともあった。

 しかし結果は酷いもので、年の近い奴らには気味悪がられて罵倒を浴びせられ、大人からは性暴力を加えられそうになることもあり、迫害が耐えなかった。


 大人も子供も全員魔導でぶっ飛ばしてやったが、私の心には顔を出すと嫌われるという認識が根付いてしまった。


 そんな中でも、他人に期待をしないようにして平静を保ちなんとか生き抜いてきたんだ。

 だというのに、まだ試練が立ちふさがるのか。


 私が狼狽していると、ドアウォウが小さく動いた。


 はっとして注視すると、奴はやや頭部を下げた姿勢をとっていた。


「しまっ――」


 その瞬間、硬度属性の魔力がこちらに向けて射出された。


 群れのリーダーが放ったそれは、瞬時に生成した障壁などものともせず、私を遥か後方へ吹き飛ばす。


 体が宙へ浮き、ぐるぐると回転する。


「ぐはぁっ!!」


 尋常ではない衝撃、体内に発生した鈍い音が脳内へ伝わる。


 背中から樹木に衝突してしまった。


 しかし、意識は飛びかけたものの、何とか即死を免れた。

 衝突の瞬間、僅かに魔導で肉体を強化したことが功を奏したようだ。


 とはいえ、あくまでも即死を免れたに過ぎない。

 

 身体に力が入らず息も苦しい。

 全身を激痛が蝕み、嘔吐感も催している。


 そんな私の元にドアウォウが走ってくるのが見えるが、損傷した身体の治癒を優先する。


 ――何故なら、まだ命を諦めるわけにはいかないから。


 魔力はもうほとんど残っていないが、一発くらいなら入れられる。

 チャンスは相手が私にとどめを刺す瞬間。

 隙が生まれるとすればそこだろう。


 強い意思を秘めながら奴を虎視眈々と待つ…………だが、それがまずかった。


 動物は、そういう相手の狙いを雰囲気で感じ取る。

 ドアウォウは私の力強い視線に何かを感じ取ったのか、その場で足を止めた。


 ――――そして、木の幹にもたれかかる私の腹部に、細く鋭い硬度属性の魔力を放った。


 鋭利な衝撃が私の腹部を貫く。

 その一撃は、勝負を決するのには充分だった。

 

 傷口からは大量の血液が漏れ出し、熱を感じ出す。

 それと同時に、意識も朦朧としてくる。


 ――治癒しなくては。


 しかし、集中力が定まらない。

 今すぐにでも気を失ってしまいそうだ。

 脈拍が速くなり、呼吸が荒くなる。


 ……寒い。


 意識が薄れていくのを感じる。

 その感覚は、まるで生者の世界から切り離されるように思えた。


 ここで終わってしまうのか。

 このまま、一人で……。


 もう、眠ってしまおう。

 

 そう思った瞬間、物凄い勢いで私の横を何かが通り過ぎた。

 しかし、目が霞んでよく見えない。


 朦朧とした意識でそんなことを思うと、すぐにそれが何だったのか理解した。

 ――――見に覚えのある匂い。


「……ニャー、タ」

「もう大丈夫だ、すぐに帰ろう」


 助かった。


 そう思った途端、私の意識は途切れた。



----------



 目を開けると、匂いでここが自分の部屋だとわかった。

 私はいま、ベッドに寝ているのだろう。


 だが、どうしようもなく恋しい。

 思わず身体を起こしてベッドから飛び出した。


 ――しかし、未だ身体は重く、足で体重を支えられずにその場に倒れてしまった。


 くそ、魔力切れか!


 それでも気合で無理やり身体を起こすと、足音が聞こえてきた。


「師匠――」


 その男は、隣の部屋から顔を出した。


 その顔を見た私は、彼の名を呼ぶ。


「ニャータ」


 特に意味はない、ただ反応をして欲しかっただけだ。


「……なんですか?」


 ニャータは不思議そうに質問した。


 すると途端に心は踊り、どうしようもないくらいの愛情が私を満たした。


「こっちきて」


 私がそう言うと、ニャータは渋ることなく従った。


「なんですか?」


 彼は床にへたり込んでいる私に合わせて膝をついた。


「撫でて」

「……なんでですか?」

「いいから!」


 強く促すと少し迷いを見せたが、渋々手を頭に乗せた。


「…………こんな感じですか?」

「…………」


 私の肌に触れるその手はとても愛おしく、これまで感じたことがないほどの幸福感が私を満たしていく。


 我慢できず、自分の顔を動かしていく。

 そのままニャータの腕を伝っていき、抱きつくように私の身体を擦り付ける。


「うわあ、ちょっとなんなんですか!?」


 その言葉に、胸が締め付けられるような感覚が私を襲う。


 私は反射的に身体を離した。


「嫌なのか……?」


 恐る恐る尋ねる。


「いや、別にそういうわけじゃないですけど……」


 その言葉を聞くと、私は安堵した。


 同時に嬉しくなり、再びニャータに飛びつく。


「一体どうしちゃったんですか……」


 その問い掛けに、私はこう答える。


「ニャータ、結婚しよう」


 きっぱりと言った。


「……はあ!?」


 一瞬の沈黙のあと、ニャータが驚愕の声を上げた。


----------


 ――数十日後。


 私は、ニャータ達の力も借りて無事にお金を貯めることができた。

 現在は傭兵を数十名雇って、故郷まで護衛してもらっている。


 交渉の際も、ニャータが付き添ってくれた。

 安心して任せられる人を探してくれたし、金額も少し安くなった。


 故郷に帰ったら、実力不足を補うために戦闘の訓練をしよう。

 そして、今度は私が助けるんだ。

 私の、最愛の人を。

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