第24話 即席の策略
商人の街の北東部、人通りが落ち着いている場所に聳え立つ石造りの大きな建造物。
――近接魔導術の道場だ。
ここへは、協力を求めに来た。
山賊の戦力を削ぐという工作の協力だ。
ルマリエさんが図らずも栽培してしまった、猛毒ともいえる果実。
それを運ぶ際の護衛役として、何人か借してもらいたい。
しかし、戦闘をする事は想定していない。
重要な物を運んでいるという様子を山賊に伝えるのが目的だからだ。
その目的を遂げる為に、今はとても急いでいる。
何故なら、これから実行する工作のために残された時間が少ないからだ。
時間に余裕がない俺は、駆け足でその道場の中へ侵入していく。
「おい、止まれ! 門下生の証を見せろ!」
当然、警備の人達に止められた。
しかし、そこを作用魔導を使って身体を前方に飛ばし、一気にすり抜ける。
「ノアさんの知り合いです! 急用の為、失礼します!」
急を要しているとはいえ、礼儀として、念の為、ここの師範であるノアさんの知り合いだという事を伝えた。
しかし、それを信じて見逃してくれるほど甘い警備ではなかった。
針を縫うように警備兵達の間をすり抜けていくと、後を追う様に、後方から凄い速度で追いかけきた。
――何とかその追っ手をかいくぐり、空いていた窓から中央の修練場へ飛び出す。
その後、且つて何度も叱られたノアさんの部屋がある廊下に、空いている窓があるのを発見した。
少々荒っぽいが、考えている時間もないので、そこを目掛けて飛び込む。
何とか軌道を操作して窓を潜り抜けると、目的地は眼前に迫っていた。
しかし、その扉を叩く前に、後ろから同じように飛び込んできた警備兵が俺の上に伸し掛かってきた。
「捕まえたぞ!」
「本当なんですって! ノアさんを呼んでください!」
「ノアさんと知り合い」という事を信じて貰うべく、ノアさんを呼ぶ様に語り掛けた。
「そんなことが信じられるわけないだろう!」
しかし、やはり信じては貰えない。
だが、こんなところで時間を無駄にする訳にはいかない。
こうなったら、力づくでこの人たちをどかして、目の前の扉をノックするしかない――
俺が魔導を発動しようとした直前、目の前の扉が開いた。
「何よ、うるさいわね……あら、ニャータじゃない」
扉から姿を現したノアさんは、警備兵に押さえつけられている俺の顔を見ると、声を掛けた。
「ご苦労様、こいつは私の知り合いよ」
瞬時に状況を察したノアさんは、警備兵を労いつつ誤解を解く。
「そうでありましたか。失礼いたしました」
警備兵は仕事を全うすると、ノアさんに一礼をした後、俺にも一礼をしてその場をあとにした。
「あんた、騒ぎを起こさないと気が済まないわけ?」
警備兵が行った後、ノアさんは眉をひそめて俺に文句を言う。
「そう言うわけじゃないですよ。でも、重要なことを伝えに来たんです」
俺はそう言うと、その場で事情の説明をした。
「はぁ、また随分と面倒な……いや、大層なことをする気なのねぇ」
ノアさんは、数刻前に聞いていた工作内容から随分と様変わりした工作内容を耳にすると、少し気だるげな態度でそう言った。
「……了承していただけませんか?」
ノアさんは後頭部に手をやって何かを考えている。
思案すること数秒、ノアさんは溜息を付き、その後、答えを出す。
「まぁいいわ。10人くらいでいいのよね?」
「はい! ありがとうございます!」
そのくらいならば、問題ないだろう。
俺は、集合時間と場所、そして、ノアさんの部下だと分かるような恰好をした男性という条件を伝えてさっさとその場をあとにした。
男性のみにしたのは、貞操観念を尊重した結果だ。
山賊から逃げる際に女性がいた場合、「その女性も置いて行け」と言われたらひとたまりもない。
俺達は「食糧を渡す」という事を主目的としている。
その際に犠牲を払う必要はないだろう。
その後、俺は再びダルトさんの元へ向かった。
白紙の本を貰うためだ。
製本をする際、様々な厚さや大きさの本を試作品として、いつも一つは作っていると過去に聞いていた。
恐らく、俺の目的に丁度いい物もあるだろう。
そして、受け取った本には、山賊を欺くための内容を書く。
俺は、ダルトさんの元に辿り着くまでに、書き記す内容を頭の中で軽く整理しておくことにした。
・俺達が運んでいる果実には魔力総量を増加させる効能があること。
・一日に二つ以上食べると副作用により死亡すること。
・木箱を開封してから5日以内に全て腐るということ。
取り合えず、この三つは確定事項として書き漏らすことのないようにしよう。
内容を頭の中から消さないように極力他の事を考えずに走り、無事、到着した。
「ダルトさん! ニャータです! 急用で来ました!」
ドアを激しくノックすると、間もなくして、店主が駆けつけた。
「おいおい、ドアが壊れちまうだろ! 一体何なんだ?」
焦った様子でドアを開け、要件を問うた。
「ダルトさん! 白紙の本、譲ってくれませんか!?」
ダルトさんの問いに、俺もまた、焦った様子で返事をする。
ダルトさんは俺の様子を感じ取ってか、激しいノックを咎めることもせず、質問に答える。
「白紙の本? まぁ、何冊かあるが……」
ダルトさんはそう言うと建物に入っていった。
俺は、そんなダルトさんの後を付いていく。
「一体何に使うんだ?」
「はい、実は――」
歩きながら、ダルトさんに事情を説明する。
「あまり気乗りはしないが……放って置くよりはましかもな」
ダルトさんは気乗りしないといった様子で唸った後にそう言った。
俺がやや強引に行動を起こしている理由は、ダルトさんの言ったように、放って置くのがまずいと思ったからだ。
奴隷として売られている子供達をこのまま放って置くのもそうだが、寒期が来たら処分される可能性もある。これは、山賊達の食糧難が理由だ。
とは言え、食糧難は推測の域を出ないのだが……。
二階の小部屋に到着すると、ダルトさんは本棚の本をいくつか手に取って吟味し始め、数秒後、ページ数の少ない本を渡してきた。
「これくらいで充分だろう? ペンはそこの机にある」
ダルトさんは、無駄な会話や動作をすることなく、本に字を書くためのスペースを提供していくれた。
「ありがとうございます」
俺は簡単に礼を言うと、そそくさとその机に向かい、予め考えて置いた文章を書き始めた。
そこで、ダルトさんにこれから書き記す内容について、俺が考えた案以外に、良い案が無いか尋ねてみる。
「ダルトさん、出来るだけ捕らえられている人たちにその果実が渡されないようにしたいのですが、さっき言った項目以外に良さそうなものはありますか?」
「うーん、山賊の動きなんぞ中々読めたものではないが……」
そう言うと、ダルトさんは考え始めた。
俺は、その間にも筆を止めることなくひたすらに内容を書き記していく。
「というか、山賊に字を読める奴がいるのか?」
「少ないとは思いますが、何人か居るでしょう。字が読めない人がその本を手にした場合、読める人に翻訳させると思います」
ダルトさんはふと思った疑問を口にしたが、俺の返答を聞くと納得した。
「まぁ、思いつかんな。恐らく、さっきお前が言った項目を記しておけば奴隷までいきわたることも少ないだろう。食糧に余裕もないだろうしな」
ダルトさんはそこで、思案をやめた。
山賊が食糧に困窮しているという事は伝えてなかったが、ダルトさんはそれを口にした。
という事は恐らく、マーチャントギルドで聞いていたのだろう。
「食糧に余裕がないというのは、マーチャントギルドでも話題になっていたのですか?」
俺は、推測を確かなものにするために質問をする。
「ああ。昨日、食糧を奪われた行商人がその場で山賊の会話を耳にしたそうだ」
ダルトさんは、確実な情報を教えてくれた。
「そうだったのですか。推測が的中したようで、一先ず安心しました」
俺は、賭けの要素が多かったこの作戦の内の一つが賭けでなくなったことに安堵した。
それに、昨日の話であれば、既に食糧問題が解決したという線も薄いだろう。
その情報を受けると、自分の計画に自信が付き、筆の進みは加速した。
――数分後。
静謐な環境によって、集中力を最大まで高めた俺は、殆ど筆を止めることなく本を完成させた。
「……よし。完成だ」
そう呟き、時刻を確認する。
現在、時刻は26時を少し過ぎて間もない。
計画は、予定通りに進んでいると言える。
しかし、相変わらず時間に余裕はない。
時間を確認した後、ダルトさんにお礼を言い、事が済んだらまた来ると伝え、そそくさとその場をあとにした。
そして、荷造りを任せたルマリエさん達の元へ急ぐ。
ここからルマリエさんの店まではそう遠くない。
2分程走ると、あっという間に到着した。
俺は、家の前で荷造りをしているルマリエさんに、進捗の確認をする。
「ルマリエさん! 荷の準備は順調ですか!?」
俺が声を掛けると、ルマリエさんがこちらに反応して顔を向ける。
「あら、ニャータさん。こちらは準備を終えました」
ルマリエさんは、笑顔でそう言った。
「そうですか! ありがとうございます」
俺も、汗ばんだ額を腕で拭うと、笑顔で礼を言った。
次は、これを二頭の馬、メルビス(馬)とニャー太郎に引かせることになる。
先に馬を連れてくるのも考えたが、時間を短縮する為に、この荷馬車は作用魔導で動かすことにした。
馬が控えている宿までのルートを頭の中で整理していると、メルビスが家の中から顔を出す。
「あら、ニャータ。この木箱で終わりよ」
メルビスは、最後の積み荷となる木箱を抱えながら準備が整ったことを伝えた。
「ありがとう、メルビス」
俺は微笑み、メルビスに対して誠実に礼を言った。
それにしても、よくもこの短時間で馬車を用意したものだ。
馬車は簡単に購入できる程安くはない。
貰い物か、元々持っていたかのどちらかだろうか?
最悪、大き目の荷車で運ぶことも視野に入れていたのだが。
馬車の入手ルートが気になった俺は、ルマリエさんに聞いてみる。
「それにしても、よく馬車を用意できましたね。どこで入手したのですか?」
「普通に買いましたよ。お金だけは余ってるので……」
ルマリエさんは、自分の店が上手くいかないことを憂う様に、苦笑いを浮かべてそう言った。
「ここまでお金が余ってるとは思いませんでしたよ」
俺は、感心したという様な声色でそう告げた。
ルマリエさんは、魔導薬の調合書を魔導大学に売って生計を立てていると言っていた。
具体的な金額は聞いていないが、俺の予想以上に高額な値段で買い取られているのかもしれない。
そんな会話をしていると、木箱を馬車に積み終えたメルビスが話しかけてくる。
「ニャータ、本と護衛の用意は上手くいったの?」
「あぁ、何とかな」
微笑みながらそう言った。
その後、計画を進めている段階の途中で思いついたことやわかったことを二人に話した。
主に、男性のみで食糧を運ぶことと、食糧難に陥っているという推測が的中していたことだ。
その話に、メルビスが馬車に手を付いた姿勢で反応する。
「確かに、女性を連れて行くのはリスクがあるわね」
メルビスは、俺の意向に賛同した。
これは、ノアさんの元に行く途中に思いついたことだ。
実際、山賊に捕らえられたミクリアさんも被害に遭いかけていたし、その現場にメルビスも居合わせている。説得力は言うまでもないだろう。
メルビスの後に、ルマリエさんもその場で顎に手を付きながら反応する。
「食糧難も、的中していたようですね」
ルマリエさんは、俺の食糧難の推測について触れた。
正しいと断定出来ていなかった点が解消されて、安心したのかもしれない。
その後、反対意見が無いか聞いたが、特にそのようなものは出なかった。
――いよいよ、作戦が動く。
万が一の失敗を懸念して、今一度、改めて作戦の確認をすることにした。
「まず、俺がノアさんの部下を連れて例の果実を運ぶ。
山賊が襲撃してきたら積み荷と引き換えに退散する。ここでは、それなりの演技力が問われますね。
そして、上手く退散に成功したら、夜の刻に俺が山賊の拠点を遠距離から監視する」
この後の流れを声に出して再確認すると、、メルビスが一つ提案をする。
「襲撃で攻撃された場合の為に、私も後から付いていきたいんだけど……」
「いや、だめだ。山賊がどこに潜んでいるかわからない。メルビスが単独で襲われる可能性もある」
俺は、そのメルビスの提案を即答で却下した。
メルビスの提案は俺も一度考えが、やはり危険すぎる。
特に、女性の場合は捕まった時の被害が男性の比じゃないだろう。
その他に提案が出ることはなかった為、次の手順に進む。
「ねぇ、なんか目立ってない?」
「当然だろう。馬車を作用魔導で動かしている様子なんて、日常から逸脱している。たまに見かけるけどな」
俺とメルビスは、馬車を動かしながら大通りを突き進んでいた。
メルビスは居心地が悪そうに周りの視線を気にしながら俺のすぐ後ろを歩いている。
「目立つのは嫌いなんだっけ?」
「まぁね」
メルビスは周りに聴こえない様に、ギリギリ俺に届くくらいの声量で短くそう言った。
この反応からして、恐らく本当にダメなんだろう。
この状況からいち早く解放されたいといった心情が読み取れる。
――何故、そこまでわかるのか。
答えは単純、俺も過去に同じような感情を抱くタイプだったからだ。
しかし、現在の俺は、その心情が180度変わった。
むしろ、俺達を突き刺す視線の先の人物、その人達が浮かべる表情を拝見するのが楽しく感じるほどに。
「俺も昔はそうだった。でも、別に危害を加えているわけじゃない。そんなにおびえることでもないんじゃないか?」
俺は、こちらを珍しそうに眺めている人たちの目を見ながらそう言った。
実際、目を合わせたら視線を逸らすような人達ばかりだ。
怯える必要なんて微塵も感じられない。
「た、確かにそうね」
その言葉を聞いた俺は、少し顔を横に動かし、メルビスを視界に入れた。
すると、メルビスは恐る恐る視線を周囲に向けて、人だかりの様子を伺っているところだった。
「まぁ確かに、怯えることは無かったかもしれない、わね」
メルビスはさっきよりも大きな声でそう言った。
もしかしたら、彼女の心情に変化が訪れたのかもしれない。
「ねぇ、ニャータ。貴方は昔からそんな感じだったの?」
メルビスが、俺に対する疑問を投げかけた。
「いいや、そんなことはないよ。俺も昔はメルビスのような反応をしていた」
感じ方が変わった理由は、恐らく自信が付いたからだろう。
どんなに滑稽なことをして周りの視線を集めようと、自分のやっていることに自信を持っているならば、例え非難の声を上げる人たちでも「思慮の浅い馬鹿」と切り捨てることができる。
実際は、そこまで攻撃的な意見を持つことはないが、内心では本当にどうでもいい存在として割り切っている。
メルビスも、いつかそうなる日が来るかもしれない。
そうなった場合、「普通」から逸脱することになるだろうが、「普通」なんてものは臆病者が掲げる下らない盾に過ぎないと俺は思っている。
「普通はこうする、普通はそんなことはしない。そんな言葉は、自分の愚かさを露呈させる行為だと俺は思っている。そしてまた、特別を睨む行為も同義だ」
俺は、少々過激と思われてしまいそうな思想を吐露した。
「普通は――」
そんなことを言いつつ、誰しもが唯一を願っている。
いや、誰しもと言うのは言い過ぎかもしれない。
だが、そんな決まり文句をいう奴は、自分の思考を上回る人を引きずりおろす意図があると、半ば強引に決めつけている。
そんな理由から、「普通は」という文言を指標以外で利用する人に対する俺の評価は、著しく低い。
それは、まともに意見を聞き入れるのを拒むほどだ。
「異端者や異常者を制する際に『普通ではない』なんて言う人もいるけど、普通じゃないというのを理由に非難するのは違うわよね。その行為を明確な指標と比べて、逸脱しているから辞めさせるわけで」
俺の発言から少し間が空いてから、メルビスが自分の意見を話した。
きっと、俺の思想を常人に話せば、共感を得られることはないだろう。
だが、同じ思想を持った人物に話した場合、それだけで信頼が形成されると思う。
人を値踏みする際には、発言の節々に感じられる「思想」を読み取ることが一番手っ取り早い。
これは、伸びしろを計るのにも役に立つ。
そして、俺がこの思想を正しいと思えるのは、実際にこの方法で信頼に値する人としない人を見極めてきたからだ。
実績が伴っている以上、信憑性は高いと言えるだろう。
メルビスは、そんな俺の重厚な値踏みを通過して、俺の信頼を勝ち取っている。
それだけで、信頼と尊敬に値する人物であり、頼ることも厭わない。
俺は、的を得ていたメルビスの例えに共感する。
「あぁ、そうだな」
続けて、自慢げに格言を披露してみる。
「『本質を違えば正義も悪になりうる。』これは、俺が考えた格言だ」
「貴方、随分な思想家よね。いつも感心させられるわ」
メルビスは、俺の自慢げな態度にツッコミを入れることなく、素直に感心を示した。
「態度以外は問題ないんだけどね」みたいな返事が来ると想定していただけに、面食らってしまった。
嬉しさもあるが、どことなく「外した」様な感覚がある。
「まぁ、思想は人生を左右するほどのものだ。安易に他人の思想に染まると、痛い目を見るから気をつけろよ」
俺は、一応忠告としてメルビスに注意喚起をしておく。
俺は、この思想を持つことで不満を取り除いた。
つまり、「楽」だったのだ。
生き方には色々あるが、俺は変にストレスを抱えると、途端にダメになる。
それを自覚しているからこそ、「楽」になる考え方を編み出した。
だが、それは、俺にとっては「正解」かもしれないが、メルビスにとっては「不正解」かもしれない。
人生を決めるのは自分自身だ。
他人の思想に影響を受けることすれ、飲み込まれては詮無いだろう。
「そうね、参考程度にしておくわ」
そう言って、メルビスは俺の隣に来ると、こちらを除いて微笑みかける。
その笑みに、俺は思わず顔を逸らしてしまった。
「にしてもデュアンの奴、何処にいるんだろうな?」
落ち着きを失った俺は、場を繋ぐためにデュアンの行方について口に出してみることにした。
「デュアン? 誰かに会いに行くって話じゃなかったの?」
メルビスが疑問を口にする。
「そういえば、メルビスには話してなかったな。あいつは、『テイラ』って言う人に会いに行ったんだが、そいつはもう死んじまったらしいんだよ」
その後、そいつをやったのが山賊であったことも話した。
「なるほど、今回の工作にやる気を出したのはそれが理由だったのね」
「それだけじゃないが、きっかけはそうだったな」
メルビスも周囲の視線に慣れ始めた頃、カッセルポートの北部にある北門から差ほど距離のない場所にある宿に到着した。
その後、馬を預けていた、宿の裏手にある馬小屋まで歩いていく。
「メルビス、ニャー太郎。今から重大任務だぞー」
俺は、メルビスとニャー太郎と名付けた二頭の馬に話しかけながら、ハーネスを取り付けようとする。
――ここで俺は考えた。
馬車を制御するのは一体誰だ?
そう思った俺は、後ろで様子を眺めているメルビスにそのことを話した。
「……盲点だったわ」
メルビスは、小さくそう言った。
――その後、俺達は馬が引いていない馬車を再び作用魔導で動かし、北門へと向かった。
しかし、その時は何故か、先程とは打って変わり、羞恥心を刺激した。
気恥ずかしさを耐え凌ぎながら数分間歩き、北門に到着すると、ノアさんとその部下と思われる人が綺麗に整列しているのが見えた。
「来たわね……って。あんた、馬はどうしたのよ?」
ノアさんはこちらに駆け寄ってくると、当然の疑問を口にした。
「いや、よく考えたら馬を操る術を持ち合わせていなかったもので……」
俺は気恥ずかしさから、笑いながらそう言った。
「あんたの事だから、その辺のことも何とかしていると思っていたわ……」
「不安要素が多すぎて、そこまで頭が回りませんでした」
俺は、正直に自分の非を認めた。
「にしてもあんた、その馬車ずっと動かしてきたの?」
ノアさんは、これまたもっともな疑問を投げかけた。
「ああ、これはですね――」
俺は、オークションで手に入れた「腕型の貯蓄魔導具」の性能と、それによって魔力が賄えているという事を説明した。
その魔導具が魔力を生み出してくれるおかげで、馬車を動かす分の魔力は、実質魔力を使わずに動かせている。
「また随分、面白そうなものを手に入れたのね」
ノアさんは、魔導具の性能に感心しながらそう言った。
その後、この状況に対しての意見を述べる。
「でもまぁ、山賊の目にも止まりやすそうだし、悪くないかもしれないわよ?」
「なるほど、それは一理あるかもしれません」
俺は、その意見に共感を示した。
どんなことも、考え方によっては怪我の功名となりうる。
要するに、即興で状況を活かす能力が問われるということだ。
勿論、どうにもならないこともあるだろうが、俺はその場合は自分の想像力が足りないと考えることにしている。
想像力は、戦闘力に直結する能力だ。
俺達、賢族のような非力な種族では最も重要視するべき能力とすら思っている。
戦闘では、豊富な策を瞬時に編み出すことで相手の不意を突くことができたり、あるいは相手を行動不能にすることもできるかもしれない。
戦闘以外でも、喧嘩等の「原因の追究」や悪党等の「行動原理の追究」なんかで大きな力を発揮する事だろう。
そして、今のノアさんの意見は、「行動原理の追究」に類するものだったと思う。
今回の様に、馬を用いない馬車で物を運べば、重要な物を運んでいる様に見えたりもするかもしれない。
そうでなくても、その非日常的な光景を見た者は、何故そのような様相を取っているのかを想像するだろう。
そして、疑問を抱くことで、こちらに注目する行動へと繋がる。
俺は、ここに来るまでの間に、こちらに注目していた人々の行動原理を追究した。
とは言え、行動原理は成長具合や思想によっても変わってくるため、あくまで大多数の行動原理に過ぎないのだが。
「あちらが、今回護衛役を任された方々ですか?」
俺は、少し離れた所でじっとこちらの様子を眺めている、10人程の鎧を身に纏った人達を見ながら、ノアさんに尋ねた。
「えぇ、そうよ。一応演技力を損なわない様に、リーダー以外には『重要な物を運ぶ』とだけ伝えておいたわ」
「気遣っていただいたようで、ありがとうございます」
俺は、ノアさんの有能ぶりに感心しつつ、感謝の念を示した。
すると、ノアさんが後ろを向き、「タナス、ちょっとこっち来なさい」と呼びかけた。
「紹介するわ。こいつは『タナス』と言って、護衛団のリーダーを務める奴よ。あんな見たいに真面目で信頼できて、演技力も悪くないわ」
「それは頼もしいですね。タナスさん、私は『ニャータ・ソルティ』です。本日はよろしくお願いします」
タナスさんに挨拶をすると、右手を差し出して、握手を促した。
すると、タナスさんは右腕の脇に抱えていた兜を左腕の脇に持ち替えて、握手をしてくれた。
その様子に、俺は気遣いが出来ていなかったと反省するとともに、タナスさんの人の良さを察した。
「俺は『タナス・レオ』だ、よろしく」
俺の手を握ると、爽やかな笑みを浮かべてフルネームを教えてくれた。
「タナス・レオ」という人物の第一印象は「誠実そうな人」だ。
黄褐色の肌に黄色い瞳、鍛え上げられて肥大した筋肉の上には、煌びやかな白色を基調とした重厚な魔導鎧を身に着けている。
その魔導鎧の節々には、ノアさんの部下であることを知らしめるように紋章が刻まれている。
「ニャータ、君の事はノアさんから何度か聞いているよ。よく問題を起こすけど、芯のある青年だとね」
タナスさんはそう言うと、爽やかに笑みを浮かべた。
「あんたほどではなかったけどね」
「あはは! そうなんだよ。昔からノアさんには世話になっているけど、沢山迷惑をかけてしまった」
タナスさんにノアさんが冗談を言うと、タナスさんは気さくに笑い、自身の過去を白状した。
その様子から、この二人の関係性が強固な信頼で結ばれているという事が伺えた。
「随分と仲がいいんですね。ノアさんがこれだけ信頼を寄せているのであれば、私も安心して任せられます」
「そうかい? そう言ってくれるとこちらもありがたいよ。事が事だから、少し緊張してしまっていてね」
タナスさんは、内心を打ち明けた。
その後、コホンと咳をすると、声のトーンを落ち着かせて次のセリフを言い始める。
「それとニャータ、俺は19歳だ。そこまで年も離れていないし、もっと気楽に話してくれ」
友人を相手にするような、リラックスしたような口調でタナスさんは自身の年齢を明かした後、俺に口調を柔らかくするよう促した。
「なるほど、わかりました。――タナス、俺は16歳だ。よろしく頼む」
俺はタナスさんの気遣いに答え、心境や相手への認識を改め、友人と会話をする時の心構えに切り替えた。
「今回、戦闘は無いと思うけど、できるだけその緊張感は保っていて欲しい。何分、相手が山賊だからな。どんな行動を起こすかわからない」
声のトーンも落ち着かせ、まさに友人と接するような態度で話した。
「驚いた。君には精神を制する術があるようだ。俺も見習わなくてはいけないな」
タナスはそう言うと、ゆっくりと一呼吸を付いた。
そして、改めて俺の言葉に返事をする。
「そうだな、今回の相手は山賊。俺達の平和を脅かす敵対勢力だ。共に、全力を尽くそう」
これまでのやや軽かった雰囲気に喝を入れるように、タナスの瞳は力強さを宿した。
俺はその言葉に頷く。
「では、作戦を開始しよう。悠長に話している場合でもないだろう」
そして、作戦を開始することを告げた。
「そうだな。俺は一度団員の気合を入れる為に話をしてくる」
タナスはそう言うと、すぐに団員の元へ歩いて行った。
「では、ノアさん。行ってきますね」
「無理はするんじゃないわよ。危ないと思ったら引き返すこと。そして、相手の戦力は常に自分より上だと思うこと」
ノアさんは、母親の様に俺に忠告をした。
「肝に銘じておきます。では」
「あ、待って。メルビスはどこいいるの?」
俺が歩き出そうとしたとき、ノアさんが呼び止めた。
「宿に戻りましたよ。デュアンもいずれはそこに戻ってくると思いますし」
「そう、わかったわ。呼び止めて悪かったわね」
メルビスの行方を伝えると、ノアさんは少し安堵した様子を見せた。
もしかすると、メルビスが別行動で何かをするんじゃないかと心配になったのかもしれない。
接し方で何となく察していたが、やはり、メルビスに対してはどこか母か姉のような気持ちでいるのかもしれない。
俺は改めて「いってきます」と言って、馬車を作用魔導で動かし、タナスの元へ向かった。




