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魔導の照らす大地  作者: うさとひっきーくん
第三章 故郷帰り
32/37

第23話 溢れる果実

 まばらに設置された丸いテーブル。

 その中の一つを三人の男女が囲み、深刻な表情で会話をしている。


「ノアさん、ダルトさんから聞いたのですが、この辺の山賊が――」


 俺達は今、ノアさんが見つけたというこの料理屋で近辺に巣くう山賊について話をしている。


「その話は、私も聞いているわ。サルティンローズから送られてくる際にも襲撃があったみたいよ。その時は迎撃に成功したようだけど」


 ノアさんは、真面目な表情で言う。


「それは、ローズギルドに喧嘩を売っているという事ですか? 山賊では、流石にローズギルドとの正面衝突で勝ち目があるようには思えませんが」

「そのことなんだけど……」


 直感的な意見を言うと、ノアさんは少し眉をひそめて現状を説明する。


 ノアさんの話によると、山賊の長は魔族と賢族のハーフで、かなり強大な力を有しているらしい。

 それは、かなり珍しいケースだ。何故なら、魔族と賢族のハーフと言えば、ローゼ団長が真っ先に頭によぎるが、彼女はどちらかというと賢族寄りの性質を持っている。

 これは団長に限った事ではなく、どの種族とのハーフでも賢族の特徴が優位になる場合が殆どだ。


 魔族寄りの性質を持っているとなると、魔級クラスの強さを有しているのかもしれない。そうなのであれば、カッセルポートに侵攻してきた場合、落とされてしまう可能性もある。

 魔族は種族柄頭があまりよくないため、変にこちら側に侵攻してくることもないが、ハーフとなればその短所も緩和している可能性がある。これは無視できない重要事項だ。

 中途半端に賢い奴が力を手にすると、碌なことにならない。それは、現在進行形で起きている。


「これは、中々参ってしまう案件ですね。しかし、無視し続けると際限なく勢力が拡大してしまうのではないでしょうか?」

「えぇ、その通りよ。この一年で奴らは著しい成長を見せたわ。貴方達の様にね」


 なんだか、同期って感じがして嫌だな。何となく、俺がどうにかしなくてはいけないような気がしてしまう。


「俺の考えでは、寒期が来る前に奴隷解放作戦をを実行するべきだと思います」

「ほう、それは何故かしら?」


 俺は、理由を淡々と述べた。

 寒期は、人族が最も恐れる時期だ。その為に一年かけてじっくりと準備を進める。

 その時期に入れば、捉えられている商品たちの安全が保障されるかわからない。その前に売ってしまう算段かもしれないが、どっちにしろ早く奴隷たちを解放した方が良い。


 俺は、長を叩くのは後回しにして、人質になる可能性にもなる捕らえられた人たちを救出するのが最優先だと伝えた。


「なるほど、一理あるわね。奴隷の解放だけなら、何とかなるかもしれない」

「問題は、どれだけの戦力を集められるか。よね?」


 暫く黙って話を聞いていたメルビスが的確に問題を指摘する。


「あぁ、俺とメルビス、そしてデュアン。更に、ノアさんとその部下。そして、ミクリアさん」


 今のところ参加の可能性が高い人物を挙げていく。


「ミクリアさん? それは知らない名前ね」


 ノアさんがミクリアさんについての説明を求めてくる。

 俺は、その要求に答えるように、ミクリアさんとの出会いと山賊の襲撃を受けたことに対しての怒りによる作戦参加の動機があることを説明した。


「ミクリア・テランタ――テランタってテルセンタの中でも有数の名家じゃないの! あの山賊共、そんなとこまで喧嘩売ってんの!?」


 そこまで驚くほど名声がある家系だったのか。

 つまり、そういった戦力の報復もおそるるにたらないと、そういうことだろう。


 いよいよ、本格的な抗争が起こりえる状況であることを理解した。

 しかし、ミクリアさんは来年に魔導大学へ行くと言っていた。恐らく、現状の戦力では敵わないと思っているからだろう。

 そして、報復の際の戦力として俺達を魔導大学へ入学させる――ミクリアさんの心意が分かったような気がする。


 だが、かと言ってこのまま大人しくするのもいい選択とは思えない。奴隷解放に至っての良いアプローチ案はないだろうか。

 というか、そもそも本拠地の位置は割れているのか?


「山賊の本拠地は割れているのですか?」

「まぁ、大方の位置は把握しているそうよ。マーチャントギルドの奴らが頻繁に私に使いを寄越すから間違いはないと思うわ」


 割れているのか。ならば練れる策の幅も広がる。

 とはいえ、大規模な組織だ。仕掛け人が俺達だとバレるのはまずい為、結局講じれる策は限られてしまう。


「とにかく、斥候として一度本拠地まで足を運んでみます」

「はぁ!? あんた、まさか一人で行くってんじゃないわよね!?」


 俺の言葉に、メルビスが荒々しい声で反応する。

 その声に、周りの客が静まり返った。注目を浴びたメルビスは恥ずかしそうに「すいません」と言って席に座りなおす。


「落ち着け、メルビス。こういうのは一人の方がいいんだ。複数人で行くと、プロでもない限り足を引っ張り合うことになりかねない。デュアンなんかは絶対に連れて行けないしな」


 俺がそういうと、メルビスは少し考えた後「それは、そうね」と納得したようだ。デュアンを例に出したのが良かったのかもしれない。


「でもニャータ。あんたドジっ子じゃないのよ。大丈夫なの?」


 説得した直後に、ノアさんが俺の欠点を指摘する。


「それは、焦ったり慢心したりした場合だけです。今回は、そのどちらの感情も持たない様に努めます。命が懸かってますから、その辺は抜かりないです」


 俺の説得力のある意思表示を聞くと「なら、大丈夫そうね」と言って納得した。


「はい、お待たせ。注文の品よ、食べ方はわかるわね?」


 店員がカジュアルな口調でそう言うとノアさんが「大丈夫よ」と返事をする。

 ノアさんが適当に注文した料理は、やけにカラフルな飲み物と禍々しい丸焼きだった。

 テーブルの中心に置かれた丸焼きは緑の葉で乱雑に飾られているが、匂いは香ばしくて食欲を誘う。


「中々奇抜な料理ですね」


 質素な料理が見慣れた俺は、派手な様相の料理に驚愕した。

 この店は、獣族の文化を取り入れた料理を多く出しているそうで、賢族領では中々味わえないようなものな料理が沢山ある。それが、実に美味しいと一部の界隈で評判を伸ばしているらしい。


「でしょ? 私も初めて見たときは随分驚いたわ」


 ノアさんはそう言うと、皿の端に置かれた大きなナイフでその丸焼きを切り裂く。

 すると、中にはパンやら何やらがギッシリと詰まっており、水蒸気と共に匂いが充満する。


「す、凄いですね。これ」


 メルビスが引きつった顔で呆気に取られている。

 俺も、若干引き気味ではあるが、やはり匂いは食欲をそそるのだ。自然と涎があふれ出してしまうくらいには。


 俺は、その丸焼きの不思議な魅力に猜疑心を抱きつつも、ノアさんによそってもらったその丸焼きの一部を、フォークでパン毎貫き、頬張る。

 ――口に入れた瞬間、パンにしみ込んだ熱々な汁が口に充満する。


「あっつ!!」


 思わず吐き出してしてしまった。

 俺の様子を見て、今まさにその料理を口に放り込もうとしていたメルビスが、皿に置いた。


「なによあんた。きったないわねぇ」


 ノアさんはそう言いながら、料理を口に放り込む。


「あっついわねぇ!!」


 そして、即座に吐き出した。

 何やってんだこの人は。いや、俺もだが。


 俺は、カラフルな飲み物に突き刺さったストローを啜りながらその様子を眺めている。

 この飲み物は、不思議な味だ。フルーツのような味わいだが、主張が強すぎず、まろやかな舌触り。そしてなにより、いい感じに冷えているので、この丸焼きとの親和性もいい。


 そして、ずっと気になっていたこの真ん中にドカンと居座っている四肢が付いたままの丸焼きがなんなのかを聞いてみる。


「ノアさん、この料理は、いったい何の丸焼きなんですか?」

「あぁこれね、ラサウォウっていう神樹の森に生息している魔獣よ」


 ラサウォウ、初めて聞く名前だ。

 ペセイル周辺に生息しているドアウォウと名前が似ているが、関係があるのだろうか?

 ドアウォウよりも体格が小さいように見えるが。


「そのラサウォウってのは、ドアウォウの亜種かなんかですか?」

「そうよ。ドアウォウが神樹の森で生活するうちに少しずつ体質が変化していったようね。神樹の森の餌は栄養が豊富だから、丸々と太ったという説が有力らしいわよ」


 ノアさんは詳しい解説を終えると、吐き出して散らばった料理をフォークで纏めて、再び口に放り込んだ。

 やはり、且つて上級ハンターやってただけあって、魔獣に関してはかなり詳しい。

 魔獣に関する知識はハンターギルドが保有しているから、わざわざ本を作る人は殆どいない。その為、魔獣の知識はハンター歴と実力に大体比例している。


 俺は、ノアさんが美味しそうに食べる様子を見て、再び料理を口に運んだ。

 ちょうどいい温度になっていたその料理は絶品だった。

 これまでに食べたことのない味だったが、一発で気に入るほどに好みの味だ。


 その後、軽く談笑をはさみながら、三人でゆっくりその丸焼きを削っていき、一時間程で完食した。


「これ、美味しいですけど、量が凄いですね」

「そうなのよ。だから一人で食べにこれないのが玉に瑕ね」

「師匠、ご馳走様でした。とても美味しかったです」


 メルビスが感謝の意を示すとノアさんは「これくらいなんてことないわ、今度はデュアンも誘いなさいね」と返事をした。


「あんたたち、これからどうするの?」


 机に支払いを置いて店を出ると、ノアさんが質問をしてきた。


「俺は、少し気になっている店があるので、そこによってから斥候の為の準備を進めます」

「そう。メルビスはどうするの?」

「特に予定はないですけど……デュアンを探して見ます」


 その後、ノアさんは「何かあったらうちの道場に来なさいね」と言って、その場を去った。


「メルビス、一緒に来いよ。探しても見つかるようなもんじゃないぞ」

「そ、そうね。そうするわ」


 することがないメルビスを一人にするのは憚られたので、一緒に連れて行くことにした。


「気になっている店に行くのよね? どこにあるの?」


 俺の少し左後ろをついて来るメルビスが目的地の場所を聞いて来る。


「あぁ、さっき俺がいた製本屋の周辺だ。迷うと厄介だから離れるなよ?」

「わ、わかったわ!」


 メルビスはそう言うと、小走りで俺の隣に来た。

 話の話題もないので、今回の山賊へのアプローチについて問いかけてみる。


「今回の作戦、実行するなら何時がいいと思う?」

「そうね……やっぱり寒期の直前じゃないかしら?」


 通常ならそうだろう。

 寒期の直前なら、奴隷を開放してそそくさと逃げ切れば、寒期が間近の状況で追って来ることはしないはずだ。逃げ切るのがまず課題にはなるが、しっかりと策を講じれば不可能ではないはずだ。

 しかし、逃げ切りに失敗すれば、全滅は免れないという欠点もある。安全策なんてものはないが、もっと思慮深く策を練る必要があるだろう。


「寒期の直前だと、対策が講じられる可能性がある。俺はおススメしない」

「なら、どうするの? 寒期までまだ数百日はあるでしょ? 今から襲撃してもこちらに利点はあまりないんじゃない?」

「利点がある可能性がある」


 俺がそう言うのは、ちゃんと理由がある。

 どうしてもミクリアさんたちへの襲撃が納得いかないのだ。

 テルセンタの名家が手薄な警備でカッセルポートに向かうとも思えないし、ミクリアさん自身の実力も並大抵のものではなかった。

 やつら山賊は、こともあろうにそんな人たちを襲撃し、満身創痍とはいえ勝利した。


 適当な編成で襲撃してそんな結果になるとは思えない。

 つまり、計画的にミクリアさんたちを襲撃した。

 ――何のためか? これについては確証は持てないが、恐らく食糧難が理由だと思う。


 俺は、山賊たちの拠点には何らかの影響で食料が足りていないのではないかと思っていることをメルビスに話すと、懸念点を指摘してきた。


「食料が目当て? だったら、ミクリアさんたちを襲撃する必要は金品を奪うため? 二度手間がすぎないかしら。そんな戦力を割いてまですること?」

「実は、メルビスとデュアンが薪の回収に行っている間に何となくミクリアさんに襲撃を受ける心当たりを聞いたんだ」


 俺は、当時ミクリアさんが話してくれたことをメルビスに伝える。


「ミクリアさんたちの一行は、食料を大量に積んでいたみたいなんだ」

「え? どうしてよ?」


 何故、食料を大量に積んでいたのか。

 それは、山賊の度重なる襲撃が原因で、カッセルポートの食料需要が大幅に増加したことで、価格が高騰しているからだ。

 オークションで目当ての物品を購入することが主の目的ではあったが、そういった経済的な理由も孕んでいたわけだ。


 山賊達は、食料や物資のまともな供給計画を持たぬまま短期間で集った為に、組織として破綻しかけているのかもしれない。


 俺は、メルビスにその考察を説明する。


「なるほど……だったら、立て直す隙を与えるべきではないわね」

「そうだろう? さぁ、着いたぞ」


 会話をしているうちに、目的地まで辿り着いた。

 ここは、かつて一度だけ訪れたことのある店だ。見た所、当時と外見は変わっていない。


 木製の扉をキィと音を立てて開くと、ドアベルが心地よい音を立てる。

 その音を聴きつけた店主と思われる人が、ドタドタと隣の部屋から駆けつけてくる。

 その際に、ガシャン! パリーン! と、様々なものが悲惨な目に遭っている音がするが、最初に訪れたときも全く同じような音が鳴り響いていた。


「だ、大丈夫なのかしら?」

「多分な。過去に一度だけ来たことがあるけど、その時もこんな感じだったぞ」


 そんな会話をした後、間もなくして奥にある扉がバンッと音を立てて勢いよく開く。


「い、いらっしゃいませぇー!」


 力のない声を精一杯出して、挨拶をする。


「こ、こんにちは。久しぶりですね……」


 やや引きつった声で俺も挨拶を返す。


「あ……貴方は、いつかのお客さまですねぇ!?」


 覚えてくれていたようだ。

 といっても、来客が殆どないらしいから、覚えているのも不思議じゃないのかもしれない。


「そうです。数年前に一度だけ訪れたことがありますね」

「はいはいはいはい! 覚えていますよ! あの時は何も買ってくれなかったので悲しかったんですよ?」


 そう言いながら、興奮気味に顔を近づけてくる。


「ははは。すいません、当時は若かったもので。でも、今日は欲しいものがあるかもしれません」


 俺は、さりげなくこの女性を引き離して、軽く自己紹介とこの店について聞いてみることにした。


「俺はニャータと言います。今年ハンターになりました。こちらはメルビス、一緒に行動を共にしている仲間です」

「ご丁寧にありがとうございます。私はルマリエ・ナトレーヌです。魔導薬学に精通していて、この店では魔導薬を販売しています」

 

 最近知ったのだが、魔導薬学というのは、魔導を促進する薬の調合に関する知識のことらしい。

 昔からその学道は存在していたものの、非常に不安定で研究が進んでおらず、副作用なども災いして発展途上の技術なんだそうだ。


「魔導薬学については、私も最近本で知りました。なんでも、発展途上の技術だと――」

「そうなんですよ! 魔導薬学についての文献や研究が少なすぎるだけでなく「ちまちましていて陰湿」や「精製に時間が掛かり過ぎる」などという訳の分からないくそみたいな理由でこの分野を専攻する人が非常に少ないのです! これでは発展するはずがないでしょう!?」


 この人は、随分と情緒が不安定だな……。

 しかし、言っていることは正しい。どんな分野でも日々の研究の積み重ねによって徐々に発展していくものだ。この分野に精通した人が少ないのであれば発展が遅いのも無理はない。

 

 にしても、凄い熱量だ。魔導薬学に魅了された経緯や理由なんかも是非聞いてみたい。


「今日は、その魔導薬学について詳しくお話を聞かせてくれませんか?」

「…………」


 途端にルマリエさんの表情が固まり、沈黙が生まれる。

 突然の不可解な状況に、メルビスと目を合わせて困惑してしまった。


「あの……ルマリエさ――」

「ぜひぜひぜひぜひぜひ!!!!」


 急に押し黙ったかと思えば、途端に大興奮と言った様子で身体を揺さぶってくる。

 何というか、慣れれば楽しい人なんだろうけど、慣れるまでが大変そうだ……。


 と、そんなルマリエさんを改めて眺めていると、大きな眼鏡が可愛らしい人だと思った。

 眼鏡とは、最近になって市場に出回るようになった魔導具だ。

 その性能は、魔力を込めると生成魔導による滑らかな両面凸型の魔力物質が形成され、遠くの物や小さい物を鮮明に見ることができるようになるというものだ。

 この技術は、俺がサルティンローズでの防衛戦の時に一度使用したっけな。視力を補うには、随分と便利な魔導具だと思う。


 にしても、眼鏡は結構高価な魔導具だったはずだが、売り上げはあるのだろうか?

 そんな疑問が浮かんでくるが、そんなことを質問できる雰囲気ではないので、ルマリエさんのほとぼりが冷めるまで、この長い金髪が顔に当たる瞬間を楽しんでいた。


「あぁ、すいませんいきなり! 悪い癖なんです……」


 我に返ったのか、先程の様子とは一変して、縮こまって小さな声で謝罪する。


「いえ、問題ないですよ。そこまでの熱量を注いでいる魔導薬学についても興味を持てましたし」


 俺は、微笑みながら気にしていないということを示した。


「で、では。こちらへどうぞ……散らかってますが」

「大丈夫ですよ。話を聞かせてくれるだけで満足ですから」


 ルマリエさんは、とことこと早歩きで奥まで行き、扉を開けて待っている。

 俺とメルビスは、ルマリエさんを素通りしてその扉の先へ進み、凄まじい散らかりように驚愕した。


「これは、凄いわね……」

「想像以上だな」


 俺とメルビスがその驚愕な散らかりように思わず声に出してしまう。

 それを聞いたルマリエさんはおどおどした口調で「見苦しくてすみません」といって、そそくさとティーセットを取り出し、お茶の用意を始めた。


 俺とメルビスがそれを眺めているとルマリエさんが「あ、どうぞそこの椅子に座って下さい」と席に座るように促してくれた。

 その椅子とやらを探すために視線を移動させていくと、部屋の隅の方にテーブルらしきものがあり、そのすぐそばに、謎の粉が降りかかった背もたれのない丸椅子があった。


「ルマリエさん。この粉は一体何なんですか?」

「あ、気にしないでください。毒性のある物質は厳重に保管していますので」


 そう言うことではない様な気もするが、この際気にしないことにしよう。

 俺は、四つほどある椅子の内、三つの椅子の粉を手で払って腰を下ろした。


 改めてこの部屋を眺めると、尋常じゃない数の瓶が棚に収納されているのが見えた。

 収納されている物はきちんと整理されているように見える。散乱しているのは外に出ていた物だけのようだ。

 恐らく、俺達の元へ駆けつける時にこのような状態になってしまったのだろう。


「こんなに多くの材料を混ぜ合わせるんですね……」

「そ、そうですね。多すぎて、調合書を逐一確認しないとまともに調合できないです」


 調合書か……。こういった分野に精通する人たちにとっては命ともいえる代物だな。

 きっと、日々研究を重ねながら新しい薬を完成させていくのだろう。


 窓の外には、細い蔦で作成された三層の水平の網がいくつも吊るされており、分解した木の実をその層に大量に並べている。素材を乾燥させているのだろう。


「外に干している木の実はこの後粉末にするんですか?」

「はい、そうですよ。よく使うものは自家栽培もしたりして、常に乾燥させてます」


 自家栽培もしているのか。確かに、この辺りでは珍しく日が当たる立地で、庭も広い。

 売上があるようには見えないのにお金を持っているのは明らか……。資金源は別にありそうだな。


「失礼かもしれませんが、資金源はこの店の売り上げではないですよね?」

「はい、そうです……。恥ずかしながら、この店の売り上げはほどんどありません……」


 ルマリエさんは、天秤で量った的確な分量をティーカップへと注ぎながら、うろたえたような口調で白状する。

 俺は、そんなルマリエさんに「いえ、不躾に申し訳ないです」と苦笑いしながら返事をして、再度、資金源が一体何なのかを問う。


「では、資金源は一体何なのでしょう」

「調合書の複製を、魔導大学へ売っているんです」


 なるほど、確かに魔導大学ならばそう言ったものにも高額な金額を払うかもしれない。

 というより、こういった発展途上の分野において、数少ない調合書は貴重な物だろう。


 その理由に納得し、次の質問に移る。


「現在は、何か研究されているのですか?」

「はい、現在は魔力総量を引き延ばす薬剤の研究を――」


 ガタッ!

 俺とメルビスはその言葉を聞くや否や、反射的に勢いよく立ち上がってしまった。


「うえぇ!? どうしました!?」


 二人同時に「いえ、何でもありません」といって、着席する。

 まさか、そんなことも可能なのか……? この人とは友好な関係を結ぶべきだと瞬間的に感じ取った。


 とはいえ、いったん落ち着こう。

 俺は、大きな深呼吸をして、研究の詳細な内容を伺うことにする。


「その研究は、順調ですか?」

「えぇ、飼育している小型の魔獣に使用してみた所、数日後に魔力が増幅しているのを確認できました」


 ガタッ!

 今回は、俺だけが立ち上がった。流石に茶番が過ぎたようだ。

 コホン、と咳ばらいをして着席し、その話の続きを促す。


「増幅したところまでは良かったのですが、その後も魔力は膨らみ続けて、遂には破裂して死んでしまいました」

「それは、具体的に何日後ですか?」

「二日後です。三匹の別種の被検体で試しましたが、全て同じでした」


 二日後、丁度いいな。


「その薬は、食材に注入したりすることはできますか?」

「注入するも何も、肥料に混ぜるんです。そして、育った木から取れる果物を食べさせるんですよ」


 ルマリエさんはそう言って、完成した紅茶を乗せた木製のトレイをコトンと机に置き、窓を開ける。


「ほら、あそこの大きな木に沢山の実がなっているでしょう? あれ、毎日あの量が実るんです。なので、現在処理に困ってまして……」


 ルマリエさんは、窓から顔を出して上を見上げながらそう言った。

 俺もルマリエさんに倣って窓から木を見上げると、そこには、背の高い木が見えた。

 そして、そのあちこちに青白い木の実が沢山実っているのが見える。


 ルマリエさんは「はぁ」とため息を吐くと、頬に手を当てて、困ってますといった所作をする。

 そんなルマリエさんを見た後に再び窓の外に視界を移すと、大きな木の横には、山積みになった木箱が見えた。


「あの木箱の中には何が入っているんですか?」

「これまで回収した果物です。痛んではいないですが、食べられるはずもないですからね」


 僥倖なんてものではない。予定調和でもされたかのような展開だ。

 しかし、その木の実が庭のあちこちに散らばっているが、特に損傷が無いように見える。


「落ちている木の実は潰れたりしていないように見えますが、理由はわかりますか?」

「あれは、衝撃を受ける際に強化魔導を発動するんです。そう言う品種の果物なので、薬剤の作用でも何でもないですよ」


 そう言った後、ルマリエさんは語り始める。

 話の内容は、その薬剤の作成過程を説明した物だった。


 その薬剤は、急激に体温を上げる植物と、魔力を吸いとる植物をその他の中和剤などで合成したものだそうだ。

 効能は、無理やり魔力代謝を上げて魔力貯蓄空間を引き延ばし、その部分に魔力を流し込むというもの。

 話を聞く限りでは、随分と強引に思える。実際強引過ぎて破裂してしまうわけだが。


 しかし、今に限ってはそれで正解なのだ。

 何故なら、俺がここに来た目的は、毒を盛った食料を山賊たちに与える為だったのだから。


 更に、魔力が増幅するような貴重な食料であれば、山賊が奴隷に与えれる可能性が低くなる。

 しかし、副作用なんかを疑った場合、奴隷を被検体にしてしまう可能性もある。

 それを防ぐために、何か手を打つ必要がありそうだが、取り合えずこれを食べさせるという方針でことを進めよう。


「ルマリエさん、その果物の処理を俺達に任せてくれませんか?」

「……理由を聞いてもいいですか?」


 勿論、言われなくても説明するつもりだ。

 俺が山賊の一件の詳細をルマリエさんに説明すると、「そう言う理由でしたらいくらでもお使いください!」と力強い口調で了承してくれた。


 あとは、その食料を寒期まで温存させることなくその場で食べさせる工作と、捉えられている人たちに与えさせない工作が必要だな。

 と言っても、これはそこまで難しいとは思えない。


「メルビス、ルマリエさん。今から俺が考えた作戦を話すので、よく聞いてください」


 二人に注目するように促して、作戦の詳細を説明する。


 俺が考えた作戦はこうだ。

 何者かからこの重要な食料を運ぶように頼まれた設定にする。そして、一冊の本も一緒に運ぶ。


 その本には、「この食料には魔力総量を引き上げる効能があり、一日に二つ以上食べると副作用で死亡し、木箱を開封してから5日以内に腐る」と、都合のいい嘘を記す。


 食糧難に陥るほどだ、あの量の木の実でも、全体にいきわたることは恐らくない。つまり、余ったから奴隷に回すという事はしない可能性が高い。


 現在、24時過ぎ。

 今から食料を荷車いっぱいに乗せ、ノアさんの部下を数名連れて街道を歩く。

 山賊が襲撃をしてきたら、荷を全て渡すから勘弁してくれと告げる。

 そして、作戦が上手くいったら30時から訪れる夜の刻、闇夜に紛れて山賊の本拠地へ足を運び、俺達から奪った食料に手を付けているかを確認する。


「でも、それだと奴隷たちに毒見させたりしませんか……?」


 ルマリエさんが懸念点を指摘する。


「そうよ。動きを相手側に委ね過ぎよ」


 メルビスも否定的だ。


「いや、奴隷はあくまでも商品だ。毒見をさせるなら下っ端とかにするんじゃないか? 確かに確実性は決して高いとは言えないが――」


 この作戦をメルビスとルマリエさんに説明すると、最初は合意を渋っていたが、これ以外にいい作戦も思い浮かばす、俺の説得もあって結局は合意した。


 俺としても、上手くいくかどうかは一つの賭けだと思っている。

 しかし、確実な事というのも中々ない。

 上手くいくと信じて精一杯やろう。


 荷物の準備はルマリエさんとメルビスに任せ、俺は急いでノアさんの元へ急ぐ。とにかく時間に余裕がない。


 茶髪の青年は、人ごみを器用に避けながら迷うことなく近接魔導術の道場へと駆けていった。

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