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魔導の照らす大地  作者: うさとひっきーくん
第三章 故郷帰り
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第22話 衝撃的な邂逅

 カッセルポート北部の人通りの少ない、知る人ぞ知る物好きたちが密かに集う場所へ俺は足を踏み入れている。

 この周辺の店は、あまり一般受けしないようなマニア向けの物品を売っている店が多くある。

 例えば、人形(ドール)や木彫りの彫刻、絵画だ。

 人形や木彫りの彫刻は、卑猥なポーズを取らせたものもあれば、造形が素晴らしい逸品がある。

 絵画は、猟奇的な男の悍ましい光景を描いたものや、純粋に卑猥な光景を描いたものが多い。

 性具なんかもここら辺の店で売っているが、マニアックなプレイを彷彿とさせる道具が多いように思う。


 そんな場所へ俺が向かっているのは、そう言った品を買い求めに来たわけではない。

 俺が向かっているのは、製本屋だ。


 俺は、複雑に入り組んだ仄暗い道を間違えることなく歩き、製本屋の前に到着した。

 そして、こじんまりとした木造の外装、その右下についている木製の扉を開ける。

 ドアに据え付けられたベルが心地よい音を鳴らして、中の空間が視界に映る。


「いらっしゃい。製本のオーダーですか?……なんだ、ニャータか」


 中に入ると、奥にある扉をキィと音を立てて顔を出して話しかけてきた。金髪に斑に白髪があり、緑色の瞳持つ、優しい表情のテルス人だ。

 その様相は、まさに職人といったものになっている。適当にカットされた短髪、ある程度切りそろえられた頬の半分にまで及ぶ髭、硬くなっている手のひら。


 そんな人に、俺は慣れた態度で返事を返す。


「なんだとはなんですか。久しぶりの再会だというのに」


 俺に話しかけてきたのは、店主の「ダルト・セト」だ。

 ダルトさんとはもう5年以上の付き合いだ。孤児院で生活している時に、良くここを訪れて作業を眺めていた。


 ダルトさんは、微笑みながら「冗談だ」と述べた後、言葉を続ける。


「一年は生き残ったようだな。安心したぞ」

「おかげさまで」

「おかげさま? 俺は何もしてないだろう?」


 そんなことはない。


 ダルトさんとの付き合いは、孤児院のすぐ横にある広場で本を読みふけっている俺に話しかけてきたことから始まった。

 本の詰まった木箱を抱えながら話しかけた男の第一声は「お前、そんな若いのに本なんて読むのか」だった。それを聞いた俺は冷やかしかと思ったが、少し話をするうちに、深い見識を持っているその男に興味を持った。


 それから俺は、ここに訪れては製本の技術についての解説や想像もしなかったことの知識を沢山教えてもらった。具体的には、矢や剣の構造と原理、身の回りの現象の所以や原理などだ。

 俺は、その極めて核心に迫る知識を、膨大な量の質問の後に徐々に理解していった。


 俺は、感謝してもしきれないほどの恩を受けたと思っている。

 授かった知識はこれからもずっと俺を支えてくれるだろう。

 そして、その知識があったからこそ、ここまで生きてこれた。


「ダルトさんから教わった知識は、俺の生活や戦闘を支えています」

「はは、そうか。俺の無駄に多い知識も、役に立つ時があるみたいだな」


 俺がそう言うと、ダルトさんは嬉しそうに笑って返事をした。


「久しぶりに、見ていくか?」

「えぇ、そのつもりでしたよ」


 『見ていく』というのは、製本作業のことだろう。俺とダルトさんの交流の大部分を占める時間だ。

 俺は、店に置いてある精巧に作られた美しい本たちを尻目に、慣れた足取りで奥の扉の中へ進み、アトリエに足を踏み入れる。


「今はな、"精霊族の生態"なんていう興味深い本を作っているところだ」

「精霊族の生態……!?」


 そんな本はかなり珍しい。

 精霊族は、"魔樹の森"に生息している"魔級"に属する種族だ。

 かつて上級ハンターたちが特殊な魔導具を身に纏って調査に行ったことがあり、その際に言伝で何となくの生態の情報が出回った。

 しかし、元々テルセンタがハンターに調査を依頼したため、詳しく記された本はテルセンタが所有している。つまり、そんな本を書けるのは、依頼ではなく個人的に魔樹の森に行った人だけだ。


「そうだ。俺は仕事だから内容を見ることは叶わないから、真実が書かれているのかはわからんがな」

「どんな人が製本を頼みに来たのか……は言えないですよね」

「言えないな」


 精霊族の生態――これは是が非でも内容を確かめたい。


「完成した本を受け取りに来るのはいつですか?」

「明日だな」


 よし、それなら何とかなるかもしれない。


「明日も来ますね」

「はは! だろうと思ったぜ、お前の事だからな!」


 俺がそう言うと、ダルトさんはやや荒々しい口調で興奮気味にそう言い放つ。

 「お前の事だからな」というのは、俺が過去に同じようなことをしたことがあるからだろう。

 その時は、ダルトさんに借金をして支払いを肩代わりしてもらい、なんとか本を譲ってもらうことに成功した。


「あの時は、"魔導具図鑑"でしたっけ?」

「そうだったな。ちょうど魔導具について教えてやっていた時期だったから、勢いが凄かったな」


 そうだ、思い出してきた。

 魔導具には彫刻が施されていて、機構を制御しているという事を教えてもらっていた時だった。そんな時に魔導具図鑑なんて情報が飛び込んできたら、是が非でも欲しくなるものだ。

 値段は確か、2メテラほどだったかな?一年かけて返済したのを覚えている。


「あの本は、図の質も高かったですよね」

「あぁ、分解図まであるとは思わなかった。専門的な知識は記されていないが、2メテラではかなり安い買い物だったかもしれないな」


 本の内容を二人で共有しているのは、実際に二人で読んだからだ。


 購入したその日の休憩時間に早速読んでみると、精巧な図解に感銘を受けた。

 それをダルトさんに見せると、同様の感想を持ったようで、二人で一緒にページを捲ったのを覚えている。

 何故その形状になったのか、逆に何故そうできなかったのかが詳しく記されていた。


 何故そこまで詳細に解説ができるのかというと、作者は魔道大学に通っている人で、実際に自分で魔導具を作成しているかららしい。

 知り合いが造った魔導具や現存している魔導具をテルセンタ中を駆け回って成り立ちを調べ上げたのだそうだ。


「そうですね。今でもたまに見返しますし、魔導具の選定にも役立っています」

「そうか、順調に成長しているんだな」


 その言葉で会話が途切れた。


 その後、俺は静謐な空間で製本作業を眺めている。

 無駄のない堪能な手捌きを見ていると、心配する箇所がないからか安心感がある。

 この空間では、どんな小さな音も耳に届くため、音の聞き心地も素晴らしい。


 紙と紙を接着する為の(にかわ)を筆で塗布する様子が俺のお気に入りだ。

 薄く塗られた膠の上に紙を乗せる瞬間がたまらない。


 何も考えずに、作業を眺めていると、ドアベルが鳴った。

 その音を聴いたダルトさんも作業を中断して表へ顔を出しに行く。


 暫くゆったりとした会話の後、再びこのアトリエを繋ぐ扉が開き、ダルトさんの後ろに続いて全身を深緑色のローブで包んだ人が入ってきた。フードを深くかぶっている為、口元以外見えない。


 俺は、数秒の逡巡の後、その人物がどうしてここに入ってきたのかを理解した。

 呆けた面を瞬時に引き締め、勢いよく椅子から立ち上がり、挨拶をする。


「こ、こんにちは! 僕はニャータと言います! 貴方は、例の本の作者でしょうか!」


 失礼のないように意識した結果、相応しくない挨拶となってしまった。

 しかし、そんな俺を見たその人は「うふふ」と笑った後、聞き心地のいい声で挨拶をしてくれた。


 名を「エルステン」と名乗り、種族は精霊族だそうだ。

 ――――精霊族だ。


「精霊族!?」


 俺は、頭の中で整理するたびに驚愕の念が膨らんでいき、遂には声に出してしまった。


「うふふ、面白い子ですね」

「はは! そうでしょう? でも、今回はこの反応が正しいと思いますよ」


 そんな俺の反応を楽しむかのように、二人が会話をする。

 この口ぶりだと、ダルトさんは知っていたんだろう。


 "精霊族の生態"なんて眉唾物の書物を誰が書いたのかが気になっていたが、これは大当たりだろう。

 確かに、この精霊族の人ならばこの本を書けても全くおかしくない。

 俺は、深呼吸を一つ入れて落ち着きを取り戻し、エルステンさんとの会話を図る。


「すみません、エルステンさん。まさか本物の精霊族の方がここに来るとは思いませんでした」

「それは、そうでしょう。そもそも、私たちがこの地で生存できるということすら貴方達は知らないのでしょう?」


 そうだ。何故純潔の精霊族がこの地で生存できるんだ? いや、純潔ともまだ確定していないが。


「よろしければ、教えていただけませんか?」

「勿論いいですよ。それに、貴方には知る権利もあるでしょう」


 エルステンさんはそう言うと、ダルトさんが差し出した椅子に腰を下ろして語り始める。


 その話によると、最近精霊族が住んでいる場所にとある人物がやってきて、こちらで生活できるようになる魔導具をくれたのだそうだ。そして、その籠手型の魔導具を装着した腕をローブの中から出して見せてくれた。

 しかし、そんな魔導具を作れるのだろうか? 俺達が高魔力濃度領域に足を踏み入れる場合、魔力を遮断する魔導具を使えばいいが、その逆はそんなに簡単な物には思えない。


「その魔導具は魔力を精製できるということでしょうか?」

「あら、話が早いのね。そう、この魔導具はより高濃度の魔力を精製する機構が組み込まれているみたいです」


 どういうことだ? そんな機構があるなんてこれまで聞いたことがない。


「私はそのような機構が成り立つ理論が想像できません。それについて、何かご存じですか?」

「一応、これを譲ってくれた方からの話ならできます」


 その話によると、簡潔に言えば注射器で直接血管に魔力を送っているそうだ。

 理論ではわかるのだが、適正な量の魔力をどうやって調整しているのかが不明瞭だ。


「送る魔力をどのように調整しているのですか?」

「どうやら、身体が勝手に注射器部分から足りない魔力を吸い取っていくようです」


 なるほど。人体にはそんな性質があるのか。

 これまで呼吸で賄われていた魔力供給を、呼吸では足りない分だけ血管から供給していると。


 しかし、ずっとその注射器を刺していて炎症なんかは起きないのだろうか?


「その注射器は常に清潔に保たれているのですか?」

「えぇ、予備の物を持っていて、定期的に交換しています。洗浄の方法についてもこれを譲ってくれた方に入念に教えていただきました」


 この口ぶりから、その魔導具を譲ってくれた御仁とやらはそうとう信頼できる人柄のようだ。

 実験動物として採用されたというわけではないのかもしれない。といっても、かなり挑戦的だが。


「貴方も、度胸がありますね。一歩間違えれば死ぬんですよ?」

「えぇ、わかっていますが、憧れは止まらないものでしょう?」


 というと、この人はこちらに来ることをずっと望んでいたのか。

 その気持ちは、よくわかる。俺もそちらに行ってみたいと常々思っているからだ。

 そうであれば、話は早い。この人は同胞ということなのだろう。


「貴方の心意気には感激しました。同胞として、これからもよろしくお願いします」

「あら、同胞だなんて。とても嬉しいです。どうかこの先も良しなに」


 そう言うと、エルステンさんはぺこりと頭を下げた。

 それを見て、俺も頭を下げて「こちらこそお願いします」と返事をする。


 にしても、こんなにおっとりした人が冒険家とは、人は見た目によらないな。


「ところで、その魔導具に補充する魔力はどこから来ているのでしょう?貴方自身の魔力を使うことはできませんよね?」

「そうですね。それは、この魔導具の中に入れてある液体に秘密があります」


 そう言って、籠手型の魔導具の裏に装着されているシリンダーを見せてきた。

 そのシリンダーには空色の液体が入っている。


「この液体は、一体何なのでしょう?」

「この液体は、魔導金属を特殊な工程で液体へと変質させたものです」


 そんな技術を聞いたのは初めてだ。こういった分野も魔導大学では日々研究が進んでいるのだろうか?


「そんな技術が存在するのですね……して、その『魔導金属の液体?』をどうするのですか?」

「はい。これに魔力を含んだ物質を入れると、魔力だけがこの液体に吸収されます。そして、その吸収した魔力をそのままこの魔導具に供給しているのです」


 なるほど……液体にすることで他の物質との結びつきを容易にしたとかそんなところだろうか。

 まさに革新的な技術だ。恐らく、今は実験段階だが、この先の魔導具に採用されていくことになるだろう。


 何となく久しぶりの再会を楽しみに来ただけのつもりだったが、ここまでとんでもない情報を得られるとは……なんでも行動してみるもんだな。


「まさか、ここまでの有益な情報を得ることができるとは思いませんでした。エルステンさん、ありがとうございます」

「いえいえ、聞いたことをそのまま伝えただけですよ」


 お礼を伝えた後、黙って会話を聞いていたダルトさんに視線をやると、重要なことを思い出した。

 ――――本を譲っていただけるか打診しなくては。


「エルステンさん、単刀直入に言います。この本、俺に譲っていただけませんか?」

「はい、いいですよ」


 あれ? なんかあっさりしているな。

 この人、完成した本を受け取りに来たんじゃないのか?


「いいんですか?」

「えぇ、勿論です」

「では、今日は何故こちらに?」


 俺は、そんなエリステンさんに率直な質問をしてみる。


「貴方に会いに来たのですよ?」

「え?」

「……ぷっ! あはははは!」


 俺が間の抜けた顔をしていると、ダルトさんが大笑いしだした。

 そんなダルトさんを俺が「訳が分からない」といった様子で眺めていると、ひとしきり笑い終えた後に説明をしてくれた。


「悪かったな、ニャータ。お前、孤児院に手紙を送っただろ? ターベンの奴にお前が帰ってくることを聞いていてな。ここにも来るだろうと、予めエルステン殿をお呼びしていたんだ」


 思い出した。この人は、この見た目で悪戯が好きなんだった。

 かつて、記憶喪失になったとか言って壮大な悪戯を仕掛けてきたことがあった。最初は猜疑的だったが、演技が上手すぎて信用してしまった。その際も孤児院の院長であるターベンさんが加担していたっけ。


「おっさん二人で、何やってんすか」


 そう言って、俺は脱力感に苛まれてぺたんと椅子に腰を預けた。


「うふふ。面白い人たちですね」


 そう言って、エルステンさんがおしとやかに笑う。

 そういえば、この人は何年生きているのだろうか。精霊族は寿命がとても長いと聞いたことがある。

 といっても、直接聞くのは失礼か。きっと、この本にそれは書いてある。


 俺は、ふっと湧いて出た疑問を飲み込んで、値段の交渉に移る。


「エルステンさん、この本はいくらでお譲りいただけますか?」

「同胞からお金は取れません。ただでお譲りしますよ」


 ただで、か……。それは、恩を売るという事だ。できるだけ大きい貸しは避けたいな。


「そんなわけにはいきませんよ。5メテラくらいは払わせてください」

「あら、そうですか? では、ありがたく頂戴いたしますね」


 案外、抵抗なく受け取ってくれた。その辺の理解もあるのだろうか。

 そこで、ふと疑問が浮かぶ。魔樹の森では売買が行われているのだろうか?


「魔樹の森では、このような硬貨などで取引は行われているのですか?」

「いえ、硬貨での取引はありません。物々交換くらいならありますが」


 なるほど、商売は行われていないのか。いつか、魔樹の森に気軽に行けるようになったら、そういったことを始める人も出てくるかもな。


「そうなんですね。であれば、そのお金はこちらの物品を購入するのに役立ててください。これ以上質問するのは、控えます。この本を読む楽しみが減ってしまいますしね」


 そう言いながら、作成途中の本に視線を移す。


「あら、そうでしたね。嘘偽りない実態を記したので、是非参考になさってください」


 エルステンさんはそう言うと「では、私はこれで御暇させていただきますね」と微笑んで、この場を去っていった。

 ダルトさんと二人でその後姿を見送ると、今日は解散し、翌日完成した本を二人で読むという流れになった。


 そう言えば、エルステンさんはこちらの言語を当たり前に話していたが、どこで学んだんだろう?


「そういえば、エルステンさんはこちらの言語を読み書きできるんですね」

「あぁ、それなら、あの魔導具を渡しに来た人から教わったと言っていたぞ」


 その魔導具を渡しに来たという人物にも、いつか会ってみたいと思った。

 そんな素朴な疑問を解決すると「では、また明日」と言って歩き出した。

 俺が数歩歩くと、ダルトさんが呼び止めた。


「ニャータ、そういえば、デュアンはどうした?」

「あぁ、あいつなら、テイラに会いに行くって言ってましたよ」


 俺がそう言うと、ダルトさんは頭に手をやって「参ったな」という様な態度を示す。

 数秒後、ダルトさんは重い口を開く。


「テイラな。あいつは、死んじまったらしいぞ」

「……そう、でしたか」


 その言葉に、俺は実感が湧かないものの、すぐに納得した。

 この世界で、死ぬという事は珍しい事ではない。商人は山賊なんかに狙われるから特にそうだ。


「いつ、ですか?」

「ほんの10日ほど前だ。この辺にいる山賊らしい。最近勢力を広げてきてな、無視できないほどになっているようだ」


 この辺の山賊と言えば、ミクリアさんを襲撃した奴らだろうか。

 俺としては、明らかに許容範囲を超えてきている。孤児院ではターベンさんも嘆いていた。何人か誘拐されたと。

 親を失った子供たちがカッセルポートに馬車で向かっている途中に襲撃を受けたと。


「ギルドの方たちは、何か手を打っているのですか?」

「あぁ、上級ハンターたちを雇ったりもしてるらしいが、戦力を削ることはできても、核を叩けずにいるようだ」


 そこまでの勢力が集まっているのか。財力があるのか?


「その山賊の戦力はどこから来るのですか?」

「人身売買をしているらしい。表に出せば取っ掴まるから、物好きな金持ちたちが購入した奴隷を監禁して、各々の目的に合わせて楽しんでるって話だ」


 疑いようのない外道だな。

 ダルトさんが詳しいのは、マーチャントギルドの一因だからだろう。対策を考案する為に、活発な意見交換をしているのかもしれない。


 俺が、解決の糸口が無いか思案していると、ダルトさんが更に裏の世界について話し出した。


「魔導具を使っているらしい。首に輪っか状の魔導具を括りつけて、脱走でもしようものなら放出魔導が作動して、首が切断される……そんなくそみたいな魔導具だ」


 ダルトさんは現状を嘆くように、その拘束用の魔導具について語る。


「という事は、魔力は常に枯渇に近い状態にしているという事ですか?」

「あぁ……くだらないことに知恵を絞りおって」


 現状について、ダルトさんはかなり腹立たしく思っているようだ。こんなことを聞いてしまえば、当然だろう。

 しかし、上級ハンターでも削り切れないほどの戦力か、俺達でどうにかできる問題ではなさそうだ。実に不甲斐ない。


「あ、いたいた。ここだったのね」


 遠くから、聞いたことがあるような声が聞こえたので、そちらを振り向く。

 すると、そこには赤髪を後ろで括った女性のアルス人がいた。

 ――――ノア・イオールだ。


「ノアさん、久しぶりですね」


 そう言うと、更にもう一人の声がする。

 そっちの声は、もう随分聞き慣れた声だ。


「師匠! 勝手に走って行かないでください! 私、ここの道はよくわからないんですよ!」


 そういって、メルビスがノサさんに続いてこちらに走ってきた。

 師匠と呼んでいるのは、恐らくサルティンローズにいた頃に稽古をつけて貰っていたからだろう。

 この情報は、サルティンローズにいた時に団員から聞いていた。


「ふぅ! 探したわよ、この街に製本屋なんて沢山あるんだから!」


 俺のすぐそばまで走り終えると、ノアさんは一息ついてそう言った。

 探した? 一体どういう流れでそうなったんだろう? 特に会う約束はしてなかったと思うが。


「探した? 一体どうしてですか?」

「どうしてって、あんたに会うためよ」


 ノアさんは、そう言いながら、俺の額をつんっとつつく。


「会う約束してましたっけ?」

「あんた、意外と薄情なやつなのねぇ。短い期間とはいえ、近接魔導術を教えてあげてたというのに」


 別に、会いたくなかったわけでもないし、恩を感じていないわけでもない。

 ただ、今日会う予定は無かった。それだけだ。


「えぇ、その節はお世話になりました。メルビスと一緒だったんですね」


 とにかく、状況を把握したい。


「あぁ、そうね。まずは状況を説明しなきゃよね。悪かったわ」


 ノアさんはそういって、ここに至るまでの経緯を話してくれた。

 どうやら、メルビスとの会話で俺と行動を共にしていると聞いたから、会いに来たらしい。


「あぁ、そうですね。今はメルビスとデュアン、そして俺の三人で行動させてもらってます」

「ちゃんとやってるんでしょうね? あんたがリーダーなんでしょ?」

「まぁ、成り行きで仕切らせて貰ってます。今のところは上手くいっていますよ」


 現状を把握したところで、ふと大人しくしているメルビスに視線をやる。

 ――が、目をそらされてしまった。どういうことだ? まさか、俺の数多のセクシャルなスキンシップを告発されたのか!?


「あ、あの。メルビスは、何故俺の目を逸らすのでしょうか?」

「ん?……あぁ、気にするな。特に悪い意図は無い」


 余計わからない。まぁでも、たまにこうなる時がある。今もその時と同じような理由なのだろうか。

 気にはなるが、言及して墓穴を掘るのも怖いので、そっとしておく。


 そこで、ふと既にこの世にいない人を探しているであろうデュアンの事が気になったので、質問してみる。


「あの、ここに来る際にデュアンを見かけませんでしたか?」

「あぁ、そういえば見ていないな。ここに来るまでに広い範囲を歩いたんだが……」


 広い範囲と言っても、この街は広いため、見つからなくても不思議ではない。

 まぁ、何をしているのかはわからないが、夜になったら宿で話を聞けばいいだろう。


 そうだ、ダルトさんの紹介をしなくてはいけないな。


「あぁ、こちらはダルト・セトさんです。この店の店主をしています」

「そうか。ダルト殿、私はノア・イオールと申す。以後お見知りおきを」

「丁寧な自己紹介、痛み入ります。私はダルト・セトです。ここで細々と製本稼業を生業としております。ノア殿の事は、存じ上げております。名のあるハンターだったそうですね」


 ノアさんとダルトさんはやけに堅苦しい口調でお互いの紹介と社交辞令としての会話をしている。

 俺は、その隙にメルビスの横まで歩き、目を逸らした理由を尋ねてみる。


「なぁ、メルビス。何を怒ってるんだ?」


 ノアさんの注意を引かないように、小さな声で話しかける。


「え!? べ、別に怒ってるわけじゃないわよ」

「じゃあ、なんで目を逸らすんだよ」

「な、何となくよ」


 釈然としない回答だが、わからない事もない気がする。


 俺もメルビスと理由もなく目を合わせるは抵抗がある。嫌というわけではない。ただ、理由がないとなると、恥ずかしいのだ。

 デュアンとはそう言った状態でも変な顔を作ってみたりして楽しめるが、相手が女性となると意識してしまってそれどころではない。

 まして、メルビスは俺の思い人だ。意識しないわけにはいかないだろう。


 そんな自問自答をすることで、メルビスへの疑問を解消したい欲求は鳴りを潜めた。

 暫くメルビスの隣で二人の会話が終わるのを待つ。

 ――数分後、会話が終わり、ダルトさんが「じゃあ、ニャータ。また明日な」と言って来たので、俺も「はい、また明日」と返事をして、その場をあとにする。


「で、ノアさん。これからどこへ行くのですか?」

「おすすめの料理屋があってな。そこへ行こうと思う」

「おごってくれるのですか?」

「えぇ、勿論よ。可愛い愛弟子もいる事だし」


 愛弟子。メルビスの事だろうか。

 メルビスの方を向いてそう言ったので、恐らくそうだろう。

 二人の関係は、ただの子弟にとどまらないのかもしれない。そのことは食事の際の話題にでもしようか。


 そんなことを考えながら、三人で活気あふれる港町をゆったりとしながら目的地を目指した。

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