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魔導の照らす大地  作者: うさとひっきーくん
第三章 故郷帰り
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第21話 近接魔導術の師匠

 数年前、私に近接魔導戦術を伝授してくれた師匠に挨拶をするために、近接魔導術を指南している道場へ足を運ぶ。

 あの人に教えてもらったからこそ、ここまで挫けずに成長することができたと断言できる。それくらい尊敬と信頼をしている人だ。


 その人と再会する際に失礼のないよう、ニャータ達が孤児院に手紙を送っていたのと同じように、私も師匠に手紙を送っていた。


 手紙の内容は、出発する日付と到着予定日、到着当日に伺うことを記していた。

 ニャータ達のように、かつて世話になった人との再会……楽しみではあるが、数年ぶりの再会という事もあり、どのような態度で臨むべくかわからず、少し緊張してしまっている。

 こういう時は、話すこと予め纏めておくのが良い。まずは挨拶をして、現状の報告と――――


「メルビス! 大きくなったわね!」


 何を話すのか思案していると、はつらつとした声色で私の名を呼ばれた。

 黄褐色の肌に黄色い瞳、赤い髪を後ろで一つに束ねているアルス人。

 当時と変わりない顔を見た後に周囲を見渡すと、いつの間にか道場の前にいた。


「し、師匠! お、お久しぶりです!」


 ささやかな準備も虚しく、格好付かない挨拶になってしまった。


「待ってたわよ。さぁ、中に入りなさい」


 そう言って、師匠は建物の中に入っていく。


 私は過去にサルティンローズで指導を受けていたが、ここに来るのは初めてだ。

 商人の街に(そび)え立つ、広い空間を有している大きい石造りの建造物。その中へ足を踏み入れる。


 数分間、師匠と共に廊下を歩いていく。

 廊下の側面にある窓からは、広い土地で生徒達が果敢に修練に励んでいるのが見える。その姿見た私は、当時の自分を見ているかのような気分になり、懐かしさと共に切なさも感じる。

 しかし、今の日常はもっと輝いている。それを忘れてはいけない。いつだって努力の軌跡は眩しいが、これからも努力の日々は続いていくのだから。


 私は、そんな忙しない心情を押し殺し、感情を現実に引き戻す。

 すると、師匠が足を止め、目の前のドアを開けてこちらを向き、私が先に入るよう促す。


「……失礼します」


 部屋に入ると、嗅ぎなれない匂いが漂っている。

 そんな匂いに警戒心を覚えてしまうのは、本能というやつなのだろうか……私はどうもこの感覚が好きになれない。


 恐る恐る、部屋の中心付近に二つ設置してある品質の良いソファの傍まで歩き、次の師匠の行動を待つ。

 師匠が扉を閉めると「さぁ、座って」と言って、紅茶を用意する。


「失礼します」


 ソファに腰を下ろすと、ボフッと空気の抜ける音を立てて深く沈みこんだ。

 その沈み具合に驚いた表情をすると、師匠が話しかけてきた。


「どう? 羽毛ソファの座り心地は?」

「凄いですね……魔獣の羽を使用しているのですか?」


 一応、話題として材質を聞いてみる。興味がないわけではないが、会話の空気を作るのは大事なことだ。


「えぇ、既定の大きさの羽を魔獣の種類問わず使っているそうよ」


 通常、ソファやベッドなどの柔らかさを重視する場合は、「『下羽』と呼ばれる羽軸が殆どない状態の羽を使用する」というのを過去に調べたことがある。

 羽の使用例はその他にも、家具の仕切りや傘、屋根なんかにも活用されたりする。頑丈で耐久性も高い為、工夫次第で使用法は多岐に渡る。


「鳥型の魔獣の羽は、色々と便利ですよね。一匹の固体から多彩な形状と大小様々なサイズが採取できるので、無駄なく消費できます」

「そのようね。まぁ、逆に消費しないと処理にも困ってしまうみたいだけどね」


 師匠は私の知識に上手く返事をすると、紅茶を淹れたカップを机に置き、その机を挟んだ対面のソファに腰を下ろした。

 そして、紅茶を一口すすり、口を開く。


「相変わらず勤勉ね。感心しちゃうわ」


 師匠は、いつもこんな風に私を褒めた。

 私が上手くできなくて悩んでいる時も、「悩めるのはいいことよ」と言って責めることは絶対にしなかった。


 そんな師匠の言葉に、私は師匠の言葉を借りて返事をする。


「必要な知識を必要な時に学んでいった結果ですよ」

「うふふ。そうね、使いどころが想像できない知識を苦しみながら学ぶより、使いどころが想像できる知識を楽しみながら学んでいくべき。これは、私が教えたのよね」


 師匠は勤勉であることを是とし、新しい技術を教える際には興味深い課題を提示して、私の勉強欲を掻き立て、技術の必要性を想像しやすくしてくれた。

 そのおかげで、自主的に知識を探求する力と、想像する力が養われた。それは、戦闘だけでなく生きて行くうえで最も大事なことだと私は思っている。


 私は、師匠の教えがどのくらい自身の為になっているかを伝えてみる。


「師匠の教えは、今でも私の行動原理の大部分を占めていますよ」


 私がそう言うと、師匠は「あはは」と笑ってから、笑顔で返事をする。


「それはうれしいなぁ。可愛い愛弟子が嬉しいことを言ってくれるだけで、数年は元気でいられるよ」

「私はずっと元気でいて欲しいと思ってますよ?」


 こんな感じの会話で場が温まってきた頃、師匠が私の現状について質問をする。


「今は、ハンターやってるんだって? 昔の友人と一緒だとか……」

「はい、毎日楽しく過ごしています」

「そう、それはよかった。ハンターか……懐かしいわねぇ」


 師匠は過去を思い出すように、視線を私から見て右上にやった。


 彼女は、ローゼ団長と共に現サルティンローズの地に巣くっていた魔獣を討伐した一人。

 知識を司り、団長の傍で状況把握や作戦を考えていた。魔導の技術も計り知れないほどで、魔力総量も多い。攻守に優れた近接魔導術を得意としており、タンクにカウンター、隙を作ったりと、まさに万能だ。


「時々、団長にもお話を聞いておりました。まさに戦闘の要だったと」

「その分、私一つのミスで大惨事になってしまったこともあったけどね……」


 師匠はそう言うと、窓に視線を映して少し眉をひそめた。


 師匠や私が勤めるこの立ち位置は"前衛中枢"と呼ばれ、後衛の動きも追いつつ戦況全体を把握しながら前衛のサポートに徹する。

 中枢というだけあり、不意の失態で陣形全体が崩れかねないという特徴がある。


 しかし、この立ち位置は味方から最も信頼を得ている人物が任されるというのが一般的だ。


「それでも、最も信用されている人しかその立場を任せられないでしょう? 失敗したとしても、師匠以外に適任者がいなかったのでは?」

「まぁ、その通りね。貴方も今は前衛中枢をやってるの?」

「はい、師匠の教えがあったからこそこの立場を誇りに思うことができています」

「そう……仲間は、理解のある人なの?」


 師匠は心配そうに、ニャータ達について質問する。

 きっと、「私の失敗一つで全ての責任を背負わせるような奴らではないのか?」という事を心配しているのだと思う。師匠の話を聞く限りでは、例のパーティに加入する前に散々な目に遭っていたらしい。


 そんな師匠に、自信を持って「大丈夫です」と告げた後、人生を共にする仲間について語った。


「そう、ニャータ達だったのね」

「……ご存じだったのですか!?」


 師匠の反応に一瞬理解が追いつかず、数秒間の思考の後、ようやく理解した。


「まぁねぇ、貴方の指導が終わってここに戻ってきた後、少し稽古をつけてやっていた期間があったのよ」


 まさか、そんな繋がりがあったなんて……。

 私が驚いていると、師匠は上を向いてぼやくように話す。


「あの子たちはねぇ、ほんと疲れたわ……」


 そう言うと、当時を思い出したのか、疲れたような表情でため息をついた。

 疑問に思った私は、師匠の言葉の意味を問う。


「疲れた……? そんなに覚えが悪かったのですか?」

「いや、覚えはよかったわよ。特にニャータは最初から大方の知識は持っていたし、デュアンも基礎は数日でマスターしたわ」


 そうよね、ニャータは当然として、デュアンは高度なことを教えるのに苦労するけど、基礎を教えるので疲れるとは思えない。


「でしたら、疲れたというのは――」

「壊すのよ、あの子たち」


 私が質問をし終える前に師匠が回答した。


「壊す……?」

「えぇ、壁とか彫刻とか色んなものをね」


 過去は狂暴な性格だったのだろうか?

 ――いや、過去にニャータは窓を割ったりしていたな。


 となると、故意に破壊したのではなく、何かしらの行動の結果、誤って壊してしまったと考えるのがしっくりくるか。


「故意に壊したわけではないですよね?」

「えぇ、そうよ」


 師匠はその後、ニャータ達が問題児であった理由を説明してくれた。

 どうやら、知識を与えるたびに模擬戦と称してデュアンと戦闘を始めてしまうので、片方が吹っ飛ばされた時に壁が壊れたり、デュアンの大火力の放出魔導で壊れたりと、それはもう厄介と言わざるを得ないほどの暴れっぷりだったそうだ。


「最初に、ある程度なら施設を壊しても構わないと言ったのがまずかったのでしょうね……」

「どのくらいの期間ここで学んでいたのですか?」

「数百日ってとこかしらね。最終的にはお金が厳しいという理由でやめていったわ」


 お金か……私はその辺は団長が何とかしてくれたからよかったけど、ニャータ達は一人でやりくりしていたのよね。


 私は、そういうことに疎いというわけではなかったが、実際にお金を自分で管理する生活を体感すると、お金に対して慎重になるのを実感した。

 その状態でも思わずお金を魔導書に使ってしまうニャータは、やはり図太い精神の持ち主だと思う。


 私が物思いにふけっていると、師匠がいたずらな笑みを浮かべて、核心をついて来る。


「メルビス、貴方、惚れてるわね?」

「……へぇ!?」


 突然、師匠に図星を突かれて間の抜けた声を出してしまう。


「どっちかしらねぇ……やっぱりデュアン君かな?」


 師匠はそう言うと、私の反応を観察する。


「ふーん、ニャータか……貴方、随分物好きなのね」


 簡単にバレてしまった。二択なのでポーカーフェイスでもなければ誰でもわかると思うが。


 なんだか内心を抉りだされたようで、恥ずかしい。

 徐々に顔が熱くなっていくのを感じる。こうなってしまうと、隠しようもない。


 師匠の洞察力は非常に優れている。

 私はこれまでに何度か悩み事を隠していたことがあったが、数回の質問の後にほぼ確実にバレてしまう。私の所作や行動から予測しているのだろう。私も洞察力は優れている方だが、隠し事はそのように暴く。

 この場合、師匠が優れているというよりも、私がわかりやすいだけだと思うが。


 私が顔を真っ赤にしながら紅茶を見つめていると、師匠が質問をする。


「……思いは伝えたの?」

「ちゃんとは……まだです」


 その後、現状と私の気持ちを赤裸々に語った。


「なるほど……じゃあ、今はこのままでいいと思ってるのね?」

「はい、暫くはこのままが良いと思っています」


 そう、今はこのままでいい。

 なぜなら、今がとても楽しいのだ。日常会話は普通にできるくらいになったから、この状態が崩れるのは精神的に負荷が掛かってしまう。それに、拒絶されてしまった場合、立ち直れる気がしない。


「でも……話しを聞く限りはニャータも貴方に惚れているように思うんだけど」

「え……? どうしてですか?」


 その言葉を聞いた瞬間、目を見開いて理由を尋ねてしまった。期待感が感情を覆い尽くしているのを感じる。


「……ごめん、惚れてるは言い過ぎたかもしれないわ。どうにも、ニャータの感情は読みずらいのよね」

「やはり師匠でもわかりませんか?」

「そうねぇ、大抵のことはユーモアが先行するから、本音が見えてこないのよ」


 その通りだと思う。ニャータは大抵のことは笑いに変えてしまう。

 本人曰く、笑いは余裕を産むし活力が湧いて来るから、まずは笑うことが大切なのだそうだ。と言っても、無理に笑うのではなく、本当に面白いと思うことに繋げる。そうすることで連想能力が向上するとも言っていた。


 私はそのことを師匠に伝える。

 すると、特定の文言で師匠が目を見開く。その様子を私は疑問に思いつつも、言葉を続けた。

 その後、徐々に表情が緩んでいき、私の話が終わると師匠は優しく微笑み、やや上を向いて呟く。


「いつの時代も、そういう奴はいるのねぇ……」


 私は、師匠の"いつの時代も"という言葉に引っかかり、師匠が次に語ってくれるであろう話を待っていた。

 数秒の沈黙の後、師匠が昔話をするように語りだす。


「『俺達が英雄になるんだ』そう言って、どんな重責も美談にしてしまう男がいてね。

 そいつの名は、アルフ・ロア。私が過去に所属していたパーティのリーダーだった男よ」

「過去に所属していたパーティというと……団長も所属していたパーティですか?」

「そうよ。ローゼは途中から参加したけどね」


 その話は興味深い。団長はあまり自分の過去を話してくれなかったからだ。

 師匠は、その話を淡々と続ける。


「アルフは、いつでもささやかな笑いに導いてくれる男だった。旅の途中や戦闘前の待機時間、戦闘中でさえも笑いを生み出していたわ」

「……隙のない人ですね」


 ニャータも似たようなことをしているが……。

 この後は、暫くアルフさんが生み出した笑い話が続き、師匠と二人で笑い合った。


 ひとしきり話終わったところで、アルフさんが現在何をしているのかが気になった。


「アルフさんは、今は何をされているのですか?」


 そう質問をすると、師匠は柔らかい表情のまま顔を少し伏せてから、再び顔を上げ清々しい顔で口を開く。


「死んだわ。随分前にね」

「そう……でしたか」


 30分ほど前に知った人物だが、亡くなったと知った時はとても悲しい気持ちになった。

 どこか、光を失ったような……そんな気分だ。


 そんな空気のまま、師匠は話を続ける。


「彼を失ったパーティは瓦解するようにバラバラに散っていったわ。そんな中でも、私とローゼは仲が良かったから新たに仲間を募ってパーティを結成したけどね」

「そうだったんですか……亡くなった原因は聞いてもいいですか?」

「私がしくじったところをローゼが無理に助けに来て、陣形が崩壊。守りの体制がとれなくなった私たちを庇った結果、命を落としたわ」


 師匠はそう言うと、表情が曇り、俯いてしまう。

 私は、そんな師匠になんて声を掛ければいいかわからずに、冷めた紅茶を見つめることしかできなかった。


 数秒間の重たい空気、こんな時ニャータなら……そんな風に考えてしまう。

 私がこの場の雰囲気に耐え兼ねていると、師匠が再び話始めた。


「アルフが囮になっている間に、私たちは逃げたわ。ローゼはぐずったけど、みんな泣きながら必死に逃亡を訴えた。その結果、私たちは生き残ったけど、アルフの遺体を回収することもできなかった」

「そうだったんですか……」

「でもね、私たち、仇はとったのよ?」


 師匠が笑みを浮かべてそう言う。


「仇……ですか?」

「えぇ、ローゼが今いる場所は、その証ともいえるわね」

「なるほど……!」


 きっと、師匠が言っている仇とは、かつて団長達が倒したというサルティンローズの地に巣くっていた上級魔獣のことなのだろう。


「ローゼが今持っている大剣"トルタッゾ"も、アルフが所有していた物よ」


 その後の話では、生前のアルフさんが『自分が死んだらトルタッゾをローゼに譲る』と言っていた事と、とある事情で男を嫌っている団長に率先して話しかけて、嫌がる団長を見てへらへらと笑っていた事が語られた。

 そういえば、団長は昔、男を嫌っていたそうだ。理由は私も知らない。師匠もあえて伏せているような気がするし、無理に知る必要はなさそうだ。


「団長は、アルフさんに好意を寄せていたのでしょうか?」

「恋心までは進展してなかっただろうけど、好意はあったと思うわ。アルフが生きていたら、もしかするとくっついていたかもしれないわね」


 アルフさんに好意を抱く団長は、きっと可愛かったに違いない。ここまでの話を聞いただけでも団長の印象ががらりと変わった。団長には、再会したとしてもこのことは言わないでおこう。


 こんな凄い人たちの中心にいたアルフという人物、やはり戦闘の実力は相当だったのだろう。


「アルフさんの戦闘の実力はやはり相当な物でしたか?」

「えぇ。アルフは魔力総量は平凡だったけど、戦闘中に練る作戦はいつも想像の斜め上をいくようなもので、それでいて素晴らしかった。魔獣の股の下に潜り込んで近くの魔獣に放出魔導を打ち込んで、魔獣同士を戦わせたり――」


 アルフさんは想像よりもとんでもない人物だった。

 彼の立てる作戦はどれもユーモアがありながらも、物の性質をきちんと考慮して作戦を構築しているため、理にかなっている。

 特に、鳥型の魔獣を討伐する際に、その魔獣の足に魔力物質を生成してバランスと崩させたというのは、すぐにでも取り入れるべきだろう。

 しかし、何故団長はこの手法を使用しなかったのだろうか。


「師匠、団長はアルフさんの手法を用いることがありませんでした。理由はわかりますか?」

「あの子、アルフの事を忘れようとしているのよ。今はどうかわからないけど、昔は意地になっていたわね」


 その後、師匠は楽しそうに団長について語ってくれた。

 アルフの事は忘れたいのに大剣は手放せないでいる事や、私をどう育てるべきかを手紙で頻繁に聞いてきたこと、ついでに私の可愛いと思ったところを手紙にぎゅうぎゅうになるまで書いていたこと。


 最後の話については私もこっぱずかしかったが、愛されていたのだと実感した。それと同時に、団長に会いたくなってしまった……私もまだまだ子供なのかもしれない。


「私は、ちゃんと愛されていたのですね」

「そりゃあそうよ。カッセルポートは山賊がうろついているから来させたくないって、わざわざサルティンローズまで私を呼びつけたんだから!」


 あれは団長の仕業だったのか。

 理由自体は聞いていたけど、師匠が自主的にこちらまで足を運んだことになっていた。

 通常なら、ギルドの新人を纏めてカッセルポートに送るのだが、私の同期は例外としてサルティンローズで修練に励んだ。


 団長の話を一通り話し終えると、師匠が「よし、そろそろいいかな」と言って、ソファから腰を上げる。


「メルビス、ついてきなさい」


 師匠はそう言って、扉まで歩いていく。

 私は、そんな師匠について行った。

 ――数分間歩いたところで、どこに向かっているのかを尋ねる。


「師匠、今はどちらに向かわれているのですか?」

「まぁまぁ、黙ってついてきなさいな」


 楽し気な声色で師匠がそう言う。

 私はそんな師匠の言葉に従って、ただ黙って歩いた。


 暫く歩くと、師匠は「ここで待ってなさい」と言って警備の人が立っているすぐ横の扉を、懐から取り出した鍵で開け、数秒後に戻ってきた。


「待たせたわね。さぁ、もうすぐよ」


 そう言って、すぐ近くの重厚な金属の扉の前で立ち止まり、扉と一体になっている錠前に鍵を通して回転させる。

 鍵はとても大きく、複雑な形状をしていた。刻印も刻まれていたため、恐らく魔導具だろう。

 それほど大事な物を保管しているのだろうが、一体ここに何の用が?


 重厚な金属扉が、軋む音一つさせずにゆっくりと開く。


「さぁ、こっちにきなさい」


 師匠に従って中へ入る。

 すると、そこには一本の細剣が厳重に保管されていた。


「師匠……これは一体?」

「これは、伝説の細剣"マテセル"よ」


 伝説の細剣って……団長の"トルタッゾ"と同等の武器ってこと?


「何故それがここに……?」

「この剣は、かつて私が使っていた細剣よ」


 そうだったのか……。

 一つのパーティで伝説の武器が二つもあるなんて、どれだけの戦力だったんだろう。


「これ、貴方にあげるわ」

「……え?」


 困惑する。今、師匠はなんて言った?


「あげるって言ったのよ。ほら、持っていきなさい」


 師匠はそう言うと、剣を片手で雑に持ち上げた後、横に倒して両手に持ち替え、私の前に差し出す。


「しかし、私にはこんなものはまだ――」

「つべこべ言わずに貰っとくのよ。こういうもんは」


 そう言われた私は、困惑しながらもその細剣を受け取り、鞘から抜いた。

 グリップを巻いている革は新しいものに変えられているようで、使われた形跡はなく、1mほどの刀身もかなり研がれており新品と言った様相だ。

 

 こじゃれた装飾は全くなく、精確な造形で重量や重心、全てがしっくりとくる。

 これまでに使っていた剣よりも少し重いが、振った時の余計な重量は感じない。


「その細剣は、魔力を込めると『魔力のみを切断できる』ようになるわ」

「魔力のみを……ですか?」


 師匠の解説によると、魔力のみを切断できるため、人を切っても人体は切断できないが、魔力のみを切断できる。つまり、魔導を構築する為の魔力の通路を遮断できるらしい。

 この能力を使えば、生成魔導によって生成された魔力物質を簡単に切断することや、遠隔魔導の導線を切断することも可能だ。

 それだけでなく、魔力を込めるのを止めると使用していた魔力は返還されるため、私にも無理なく扱える。


 切断力については、込める魔力の量に比例して大きくなり、より魔力が密集した物体を切断できるようになるらしい。つまり、膨大な強化魔導を施している相手の魔導を切断する場合、より多くの魔力を込めないといけないようだ。

 私の場合、魔力貯蔵の魔導具を多く使用しなければ、中級/中位以上の魔獣が施す魔導を切断することは難しそうだ。


 そんな能力もさることながら、無駄のない造形が素晴らしい。

 ――私が細剣に見とれていると、師匠が口を開いた。


「私が使ってる魔力貯蔵魔導具もあげたいんだけど、なんでもあげちゃうのもつまらないでしょ? あとは、貴方の冒険よ。頑張んなさい」


 その激励の言葉を聞くと、心に強い意志が宿ったかのような感覚を覚えた。

 私にこれを託してくれたという事は、期待してくれたのだと思う。絶対にこの細剣を手放さず、いつか期待に応えよう。


「この恩は、いつか必ず返します」

「いいのよそんなの。恩を返してほしくて渡したんじゃないわ。貴方に死んでほしくないって、ただそれだけよ」


 その後、保管庫を出て鍵を戻すと、廊下を歩きながら最近の生徒についての会話をして、入口まで戻ってきた。


「じゃあ、ご飯でも食べに行く? ニャータ達とも久しぶりに会ってみたいわね」

「デュアンの行き先はわかりませんが、ニャータなら製本屋に向かっているはずです」

「よーし、じゃあ、驚かせにいってやりましょう!」


 私は、楽し気な様子の師匠と共に製本屋に向かって歩き出した。

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