第16話 人と魔人
やはりマモは折檻を受けているのか?
鬼気迫る声に心臓が昂っている。仮に何かが起こっていたとして、大男を一撃で取り押さえてしまうマモですら手も足も出ない相手に、俺が出来る事なんてあるのだろうか?
いや、無い。
だけど、かと言ってあのマモがただただ嫌がらせの様な仕打ちを受けているというのも見過ごしたりはしたく無い。結局俺は、彼女の魔法無しでは何も出来ない奴なんだ。
足はすくむ。
もし、俺が出て行く事で問題を解決する事ができるのなら……いや、原因は俺のはずだ。ならば、解決出来ない事はないんじゃ無いだろうか?
もしそれで、本来の様に願いを叶えたのならマモはもう帰っては来ないのだろうか。それが、彼女にとっていい事ならそれでいいんじゃないだろうか。
「別に一緒にいたいわけじゃ無い」
部屋の中からそう聞こえてきた。
そうだよな。最初っからアイツはキレる位に俺の願いを嫌がっていた。
「でも……」
その言葉を聞いた瞬間、俺は中に入っていた。不思議と少しも怖くは無かった。いや、本当は少しくらいは怖かったのかもしれない。けれども、素直じゃない彼女が言った「でも」が一番信用できると思ったんだ。
扉を開けると和室に二人。驚いた顔のマモと先代と言っていた割には若い四十代くらいの中年の男が座っていた。
「……タカシ?」
「マモ、帰るぞ?」
「いや、ここ魔界だよ? どうして?」
訳がわからないと言った表情のマモ。正直俺も状況は掴めてはいない。だが、思っていたよりも虐待とか、暴力とかそんな話は何処へ行ったのだというほどに落ち着いた雰囲気だった。
「キミはここがどういう場所なのか、わかっているのかな?」
スーツの様なジャケットを纏った男が、落ち着いた口調でそう言った。
「ただ、急に居なくなった友達を探しにきただけです」
「なるほど……友達ねぇ」
そう言って男は目を瞑り、何かを考えている様になる。ただ座っているだけのはずなのだが、一つ一つの言葉の運びや間の取り方が緊張感を誘う。
その様子をキョロキョロと見ていたマモが、耐えきれなくなったのか口を走らせた。
「この人が契約者の人なんです」
「ああ、それはすぐにわかったよ」
「この方が、先代の……」
「いきなりですまないね真門コウサク、元富と名誉を司る魔人【マモン】をしていた者だ」
なんとなくそうではないかと思ってはいたのだが、この人……いや、この魔人が先代の魔人なのか。
「あ、長嶺タカシです」
「ふむ。それでキミはマモをつれて帰りたいという事で合っているかね?」
「は、はい」
「私は別に、先代がこっちに来ているから話をしにきただけで、朝には帰るつもりだったのだけど?」
何やらすれ違っている様に思う。そもそもここは魔界なのだから彼女が呼び出されて来たのでは無いのだろうか?
「マモよ、ちゃんと説明はしていないのか?」
「別に……話す事でもないでしょ?」
「だが、現実にここに来てしまっている」
「それはそうだけど……」
説教というよりは、大人からのアドバイスの様に彼女を上手く手玉にとっている。彼女自身も敬意があるのか、あまり抵抗はしていない。
「長嶺さん、だったね」
「あ、はい」
「色々と友達や他の魔人に私の事を聞いてここにきたのだろう」
「何でそれを……」
「簡単な事だそのスマートフォンを使うだけではここには辿り着く事は出来ない。キミには一つ、話しておこうかな」
「貴方が先代の魔人という事をですか?」
「そうだね。しかしキミは疑問に思う事は無いかな? 魔人に先代がいる事と、思っていたより私が若いと感じた事とか」
確かにおかしい。世代交代はあるにせよどう見てもまだまだ現役。一番脂の乗った状態で役職を次に譲るのだろうか。
「一つ疑問に答えよう。私は魔人では無い、正確には元魔人と言ったほうがいいのだろう」
「マモに魔人の力を譲ったという事ですか?」
「そうでは無い、役目を終えたのだよ」
「いや、全然意味がわからないんですけど」
魔人自体が任期制なのだろうか?
それとも、願いを沢山叶える事で引退ができるとかそういう仕組みだったりするのだろうか?
「だから私は今はただの人間だ。この空間にもマモが居なくては入る事すら出来ない」
「えっ、普通の人として暮らしているって事ですか?」
「そうだ。人間の様に歳もとる」
「先代は初めて会った時は若かったもんね!」
「二十年程前だろうか、あの頃はまだ魔人だったからな……」
「イケイケで結構酷かったんだよ。先輩後輩にうるさい感じでさ、でも丸くなったよね」
となると魔人は歳を取らないのか。
「ちょっと待ってください。なぜ真門さんは魔人じゃ無くなったんですか? 願いが関係していたりするのですか?」
「全く関係が無いというと嘘になる。しかし引退するか、守護者を受け継ぐかはその魔人の咎によるものなのだ」
「咎?」
「人間を辞めた理由だね。人間を辞める代わりに我々は魔人としての役目を果たす、人間に戻る代わりにその役目から解放される」
となるとマモやロミは自ら人間を辞めたって事なのか? だとしたら何故。
「キミは人間を辞めたいと思った事はあるかな?」
「そりゃもう、こういう時代ですから何度もありますよ」
「行動に移した事は?」
「行動? そんな、辞める方法なんて有るなんて思って無いですし」
俺がそういうと真門さんは慈悲深い目をする。それでは魔人になる事はないと言わんばかり目になんとなく嫌悪感を抱く。
「人はどうする事も出来ない時、何をするかわかるかな?」
「それは諦めるしかないじゃないですか」
「簡単に諦められるだろうか?」
「なんですか、その質問。どうする事も出来ないから諦めるだけで別に諦めたいわけじゃないですよ」
「怒りや悲しみというのは、どうする事もできない事を諦める為の感情なのだよ。だけどあきらめきれずにそこに留まり続けてしまうと人は魔人になってしまう」
「それで真門さんとマモは魔人になったって事なんですか?」
彼らは富と名声の魔人だ。真門さんの理由としては富と名声を諦められ無かったから魔人となってしまったのだ。あれだけ豪勢な振る舞いをしていたのも、彼女が求めていたものの中にあったからという訳なのだろう。
「先代。それ以上言うのやめてよ?」
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