第1話 ツンデレとスマホ
俺、長嶺タカシの母親はいわゆる『ツンデレ』だ。
「もう、そんなに私が嫌なら父親の所に行けばいいでしょ?」
両親が離婚して一年。時々発作の様に俺に当たり散らす事がある。かと言って母親の事が嫌いな訳では無いし、しばらくすると彼女は決まってデレて来るのだと知っていた。
「まあ、タカシがお母さんと一緒がいいって言うなら、別に面倒見てあげなくはないけど?」
そのタイミングで、「はいはい」とあしらっておけば問題はないし、これ程分かりやすい人もいないだろう。しかし俺はこんな地方の田舎で、母親の機嫌を取って過ごすのではなく、都会でバリバリと好きな事をして働く父親の元へ行ってみたいと思っていた。
「じゃあ、行ってきます」
「えっ? どうしたのよタカシ?」
「うーん、父親の所に行く事に決めました」
「え、え? だって……」
「それじゃ、そういう訳で!」
「ちょっとぉー!」
正直言うと、一度やって見たかった。マンネリ化したこのやりとりをいきなり変えたらどうなるのだろうかと思っていた。そんな事もあり、水面下で父親と都会への進出を進めていた。この日それを、俺はなんの前触れも無く実行したのだった。
飛び出す様に出てきた事もあり父親の住むマンションに鞄一つで向かう。着替えとスマートフォン以外は何も持っては行かなかった。
「お前も急にとんでもない事をしでかすよなぁ……本当、誰に似たんだか」
「それは、いきなり東京に転職した父さんに似たんじゃないかな?」
「いや、無茶苦茶な所は母さん似だ。計画的に編入や父さんに根回ししていたのは私に似たのかもしれんが。しかし、離婚する時にも言ったが父さんは世界中でビジネスをする為に別れたんだ、金銭面はどうにかするが、家事なんかは自分でやらなければいけないぞ?」
「分かっているよ。それは……」
元々ツンデレの母親に付いていた理由はそれだった。この母親の事が大好きな父親が嫌いになって別れた訳では無いと言うのも分かっていた。ただ、父はストイックというかドMなだけなんだ。きっと後で母親に連絡して罵られているのだろう。
だがそんな事はどうでもいい。これで俺は解放された都会での新しい生活が始まる。お淑やかで可愛い彼女をゲットして、都会ならではのオシャレでカッコいいの高校生活を手にするんだ。
する……はずだった。
だが、転校生として入学した俺は、既にグループが出来ている状況に困惑した。
あれ? おかしいな……転校生というのは、本来ならもっと騒がれたりしてもいいはずなんだけど。
田舎では転校生自体が珍しい事もあり、それだけで注目の的になる。しかしここは都会、親の転勤や引っ越しもよくあるらしく余程の美女やイケメンか芸能人やその子供とかで無い限り騒がれる事もほとんどない。そんな俺に話しかけて来るのは……。
「おっ、長嶺だっけ? お前のそれ新しいスマホじゃね?」
「あ、まあ」
「それこの辺じゃ売って無いんだよなぁ」
「そうなんだ?」
「やっぱり田舎だから売ってたとか?」
「まぁ、買う人も少ないからね」
高校に入り買っばかりのスマートフォン。少し悪意がある様な気もするのだが、話のきっかけになるならと気にはしなかった。
「なぁ、俺のと変えてくれよ?」
「えっ? それは嫌だけど?」
「ちっ。そういう感じ?」
「地元で買って来てならまだしも、変えてくれは普通に嫌でしょ」
前言撤回。悪意というよりはくだらないマウンティングだ。あしらう事には慣れている。しかし、そんな事をしてしまったせいでボッチ確定なのかと高校生活を諦めていたら、予想を遥かに超える事態に発展してしまった。
「なぁお前、自慢してんだろ?」
「自慢? 何を?」
「それだよそれ。こっちじゃ買えねーからって見せびらかす様にポチポチとさぁ」
「いや、誰も話す人がいないからいじっていただけなんだけど?」
「何お前、カズキに喧嘩売ってんの?」
「だからそんなつもりは無いって」
すると、俺は腕を掴まれる。慌てて振り払おうとするとカズキと呼ばれる奴のスマホが飛んでいくのが見えた。
「お前マジ最低だな」
彼はスマートフォンを拾うと、画面が割れているのがわかる。元々割れていたのではという疑問もあるが、そんな理由は通じないだろう。
「……ごめん、そんなつもりは」
「どうしてくれんだよ?」
「悪いとは思うけど、掴んできた方にも責任はあるだろ?」
「そういう問題じゃねぇだろ」
「わかったよ、画面の修理代うっ……」
その瞬間、腹に激痛が走る。
殴られた?
いきなりの事で力を入れていなかった事もあり、意識しても息ができない。俺はそのまま、カズキとその連れにボコボコにされうずくまり倒れる。気がつくと昼下がりの青い空を見上げていた。
「ねぇ、大丈夫?」
「いや、ダメだと思う……」
放心状態になっていた俺は、可愛い声の幻聴をきいた。ただ、肉体的にもメンタル的にもやられていた事もあり、立ち上がる気力は無かった。
「先生呼んでこよっか?」
「それは、大丈夫」
二度目の声に幻聴では無いと分かり、慌てて起き上がると黒髪の可愛い女の子がしゃがんで俺を見つめていた。
「スマホ、取られちゃったね」
「えっ、マジ?」
都会は怖いと聞いていたものの、転校初日にここまでするとは思っていなかった。軽く握られた手には申し訳程度にSIMカードが置いてあるのをみて、余計に腹が立ってきた。
「マジかよ……」
「今日転校してきた長嶺くん……だよね?」
「えっと……」
「わたしは清水サキ」
「ああ、清水さん。ごめん、まだ全然名前とか覚えてなくて」
「転校生だし、仕方ないよ。でも、この事は先生に言ったほうがいいと思う」
確かに彼女のいう通り、直ぐに先生に言うべきだろう。そうする事で彼はすぐにでも停学になり、反省文を書かされる日々を送る事になるはずだ。しかし俺はその程度では腹の虫が治らない。
「いや、俺は警察に言おうと思う」
「警察?」
「だって、学校に言えば停学にはなるだろうけどこれは窃盗……いや強盗だ。学校的にも社会的にも罪を償わせてやらないと!」
「長嶺くんって結構エゲツない事考えるんだね」
「あれ? 引いた?」
「ううん。いいと思う」
だが、手元にはスマホは無く連絡をする事が出来ない。清水さんに近くの警察署の場所を聞くと大通り沿いにあるのだと教えてくれはしたのだが、付いてきてはくれなかった。
まぁ、そうだよね。声をかけてくれただけでも充分いい人な事には変わりない。それにタイミング補正も有るのかも知れないけれど、優しくて可愛い。あんな子が彼女だったら俺の高校生活はハッピーエンドを迎えられるのに……。
いや、エンドを迎えたらだめか。ハッピーライフ、そうだな現在進行形じゃ無いとな。そんな事を考えながら大通りを歩いていると露店のお兄さんが声をかけて来た。
「お兄さん、何かお困りかい?」
「まぁ、困って無くは無いですけど」
「だったらウチの商品買って行かないかい?」
「いやいや、露店で買う様な物で困っているわけじゃないですよ……」
そうは言ったものの、そのお店に並べられた商品を見る。見るからに怪しげなプレートが目にとまると、
『願いを叶えるアイテム売ります』と記載されていた。
いやいや、怪しすぎるでしょ。
都会にはこんな訳の分からない露店まであるのかと思っていると、並べられている物に興味が沸く。
「魔法の壺に魔法のランプ? 怪しいけど雰囲気あるなぁ……」
「ウチは全部本物だよっ!」
「本物って言われても、本人の魔力次第とか言えば、魔法が使えなくても本物ですからね」
「なんだい兄さん、捻くれてるねぇ!」
夢とか浪漫にすがるつもりはない。しかし俺は、その中で一つだけ気になる物を見つけてしまった。
「これは?」
「これかい? これは世界に一つしかない魔法のスマートフォン、略して『魔法スマホ』さ!」
「これも何かあるんですか?」
「願いを一つ叶えられるのと、SIMカードを入れるだけで充電もいらないし持ち主から離れなくなるという伝説のアイテムさ!」
「充電なしで持ち主から離れないって、買います! いくらですか?」
「本来なら五千万円の所だけど、五千円でいいよ」
「いやいや値引きし過ぎでしょ。それくらいなら騙されてても使えれば充分元は取れるしいいか……」
「毎度ありーっ!」
こうして俺は、裏側に赤い石が埋め込まれた厨二病を拗らせた様な見た目のスマートフォンを買ってしまった。
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