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7 焦げ目は甘い?

王宮にて

 グレタは、リッカルドのメイスを眺めながら、馬に拍車を入れ続けた。

 王立魔法騎士団の官舎に到着すると、王宮に連行された。

 幾つも扉を潜って、長い廊下を進んだ。

 目を擦る。長い間、騎乗をしたからか目がぼやけたのだろうか? 瞬いても見える姿は変わらない。

「あれ、仮面夫婦が揃っている?」

 緊張した様子だが、両親はにこやかな顔をグレタに向けた。

「使用人を使いこなすだけの母様と、家政が回っていれば父様は知らんぷりの父様

が、仮面夫婦ってエスポジート子爵家では公言している。お互いに干渉はしない同居人になっているって感じで、会話は必要最低限」

 小さな声で、サミュエルに両親を紹介した。

「物騒な言いかたね。エスポジート子爵御夫妻は当然に同席するわ。グレタが無事にデュメルジ到着してよかった。リッカルドは頼りになる。待っていたのよ」

 深く騎士の礼を取ったリッカルドが、その場で見送ってくれた。

 濃紺の騎士服を靡かせて、三日ぶりに会うサミュエルがグレタの手を取った。

 エスコートを受けるが、下馬したままのグレタは埃に塗れている。汚れを言い訳に振り払おうとした手は、サミュエルに握られていた。

「サミュエル様って、美人だけど男ですね。力がある。やっぱり残念だ。もう美味しい物を作ってもらえない」

「安心して、これからもずっと一緒よ。先に到着して、根回しをしていたの。この前作ったシブーストは、ランベルトのお墨付きだったわよ。グレタにも食べさせたかった」

 シブーストと聞いて、止まった足が引き摺られる。

「焦げてた? サミュエル様が作ったシブーストを食べたい」

「メレンゲをね、軽く焼いたわ」

 焦げた甘さを思い出して、グレタは目を閉じた。天幕で過ごした時間が蘇る。甘いだけではなかった。記録を読み込み、意見を戦わした。グレタも主張を曲げなかったが、甘やかな顔でサミュエルも更なる検証を求めた。

 サミュエルと天幕で過ごした時間を、これからも続けていけるのかもしれない。互いの気持ちは、どこに繋がっていくのだろうか? グレタは少しだけ浮かれた。

 ずるりと足が動くと、大きな扉が開いた。

「謁見の間よ」

 遥か遠く壇上に、きらびやかな一団がいた。真ん中の王座にはスプリウスがいた。横に座っていたのは、友人の姉で王妃のアウローラだ。

 他にも、意匠を凝らした勲章を付けた男女が並んでいる。

 サミュエルと共に騎士の礼を取って、グレタは膝を突いた。首を垂れたまま、言葉を待った。

 辺りが静まる。

「ロンバルディ公爵令息サミュエルと、エスポジート子爵令嬢グレタの婚約が調った。余からも祝いの言葉を贈る」

 高らかに、スプリウスが宣言した。

 拍手が上がる。

「グレタと婚約できて嬉しい。事後報告ね」

 両親がいた時点で、分かっていたような気がする。焚き火の前でリッカルドが結婚を問い掛けていてくれたから、心の何処かで準備もできていた。

「私は騎乗で汚れて、汗と埃で臭って、いきなり王宮に到着した。それで事後に確認だけの状況だよ」

 現状で感じる身体の不快さが、王宮での弁えと貴族令嬢の嗜みを超えて言葉になった。だが、どこかでサミュエルと再会できて感じた思いが安堵だと気付いてもいた。グレタは眉間に皺を寄せた。

「眉間に深い皺が寄って、お肌のに悪いわ。せめて着替えたかったよね? 反省はしている。グレタは、婚約をしたくなかったの?」

 反省を微塵も滲ませない笑顔は、今日も端正だった。見詰めていると、輝いた瞳が僅かに翳った。

 謁見の間だという現状を忘れたように、グレタは言葉を畳み掛けた。

「急だなとは思う。それに、何だかサミュエル様に会えて嬉しいような気もして、変だ。納得が出来ない。天幕で過ごした責任だけで、婚約までしなくても、スタンピードについてなら口外はしない。正直、関わると面倒だし。サミュエルの家は公爵家だから、気が進まない」

 サミュエルが相手だと、グレタは忌憚なく言葉を出せる。発言は遮られずに、常に受け止めて貰えるのは分かっている。だがサミュエルが、受け入れるかはまた別の問題だ。

「関わりたくないのね。天幕で過ごした責任を取るのよ。繰り返すけど、着替えをさせなかったし、事後報告になった。反省はしているわ」

 サミュエルには、事後報告以外に言えない事があるのだろう。真実をグレタと共有していない現状を、しっかりと認められないのは厄介だ。煩わしいことは、御免被りたい。

「天幕で過ごし相手と結婚する必要は分かった。でも、結婚相手が私である必要はない。誰でもいいと思う」

 慌てたように銀髪が激しく肩の上で動いて、サミュエルが漆黒の瞳を瞬いた。

「実際に過ごしたのがグレタだから、一番無理がない。無難でしょう?」

 目の前に広がる銀と黒の動きに、グレタは感嘆の息を吐いた。やはりサミュエルは、何をやっても典雅だ。

「勿体ない。他に喜んで結婚したがる令嬢はいる。他のもっと高位貴族なら、喜んで引き受けると思う。ダジェロ辺境で起きた事だし、スタンピードの混乱もある。誤魔化せる。こんな秀逸なる美人の横に並ぶのが、私だという現状を納得したくない」

 もっとサミュエルに相応しい令嬢は、必ずいる。美人の隣に立つのにお似合いで、賢く、裕福で、優美な誰かを、グレタは熱心に薦める。

「グレタが適任ではないと判断しているの? 嫌なの? 代役を立てる意味を感じない」

 譲らないサミュエルの瞳が、険しくなる。

 怒りに満ちても美麗な姿が損なわれない事実にグレタは驚きつつ、段々とサミュエルに詰め寄られていく。サミュエルが求める答えをグレタが出すのを、じっくりと待つ。天幕でもグレタは楽しく語っていたが、サミュエルの思い通りに動いていたのも事実だ。

「サミュエルが承知ならいい」

 とうとう返答を吐き出した。廻り廻ったグレタの考えは、決まっていた答えに行きついた。

 頷くサミュエルが、壇上に向けて顔を上げた。

「合意のある婚約になったわ。これぞ政略結婚ね。どんなことも、腹蔵なく伝えてくれるグレタの事情は、考慮して婚約したのよ。二人の関係は解消できない。理不尽でも不本意でも、続けるわ」

 着々と進む結婚への道筋が、グレタには他人事(ひとごと)に思えた。グレタの事情を踏まえての婚約になったとの説明も、あまり納得がいかない。サミュエルの姿に、冷徹さが見えた。

「美人って性別関係ない。今日も美しい」

 グレタは立ち上がったが、床に向かって話しかけた。横から応じる声がする。

「分かるわ。私たちは、全てを超えて惹かれ合ったのよ」

 首を傾げる。

 グレタの思いを、スプリウスの声が消していく。

「合わせて、ロンバルディ公爵家より次期公爵をサミュエルに指名するとの申し出があった。目出度いことが続く。悦ばしい」

 眼を剥いたグレタの横で、サミュエルは嫣然と口角を上げた。




お読みいただきまして、ありがとうございます。

予定よりだらだら書いてしまい、(一話は短めですが)全体で見るとやや長くなっています。

う~ん、反省中。

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