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6 真実はパータ・プリゼに潜ませて

 疲れた時には、手間がかかる菓子を作る。サミュエルが、平常心を整えるために行う作業だ。怠い身体と重い頭を引き摺るようにして、キッチンを目指す。

 デュメルジの王立魔法騎士団には、装備の整ったキッチンがある。材料も揃っている。

 銀髪を後ろで縛って、サミュエルは林檎と梨を手に取りしばらく考える。シブーストを作ると決めた。

 まずは土台となるパータ・プリゼを作るが、サミュエルは見当をつけてゴソゴソとキッチンの棚を探った。

「あった! パータ・プリゼの土台だけはできているわ。良かった。貰っちゃおうっと」

 魔法騎士団は、常に食べる物がある。パータ・プリゼを土台にして、直ぐに中身を詰めれば出来上がるように常備されていた。

 七センチほどのパータ・プリゼを八個、テーブルの上に並べる。

 サミュエルは皮を剥き、林檎と梨をゴロゴロと切った。バターでしっとりとソテーした林檎と梨に、砂糖をまぶして馴染ませる。

「砂糖は結晶の細かいのを使ってと。あれ、ランベルトも来たの? 待ってたら出来立てを持って行くわよ。料理を手伝う心算なのかしら?」

 キッチンに入り込んできたランベルトが、テーブルの向かいでどさりと椅子に腰かけた。落ち窪んだランベルトの蒼玉の瞳は鈍く光る。漆黒の髪がばらけて額にかかった。

 サミュエルは、必要な材料を手早く並べた。アパレイユは卵と砂糖に、牛乳と生クリームを良く混ぜて作る。

 パータ・プリゼに林檎と梨を入れて、アパレイユを流し込む。火属性で管理されたオーブンで焼く。出来上がったここまでで、十分においしそうだ。手を伸ばしたランベルトの手を叩く。

「疲れたんだよ。サミュエルだって、あんな御前会議には、付き合ってられないだろう。何だよ、どいつもこいつも、気に入らねえ」

 国王のスプリウスや魔法騎士団長のロレンツィオ・ビアンキに、対峙した時間だった。宰相や全ての大臣も揃っていた。

 デュメルジに着いてから、直ぐに始まった御前会議は終わりが見えなかった。

「パータ・プリゼの上に重ねるクレームシブーストは、今から作るのよ。ねえ、ランベルトは氷魔法が得意でしょう。冷やし過ぎないように、手伝ってよ。凍らしたら、食べさせないわよ」

 魔法には、水、風、土、火、光の基本属性がある。水の派生型に氷がある。光の派生型が回復魔法になる。派生型の属性を操るには、多くの魔力と鍛錬が必要だった。

 家政魔法には、風魔法が有効だとされていた。サミュエルは風を自在に操り、調理を続ける。

 細かくランベルトに指示を出して、鍋の前に立った。

「家政魔法を使うとは、思いもしなかった。ダジェロ辺境も住み易い場所となった」

「便利よ。ランベルトも上手になったわね」

 卵黄と砂糖と小麦粉を合わせて、温めた牛乳を入れてしっかり混ぜる。温めて笊で何度もこして、温める。

 ランベルトに鍋を見せた。

「これは、カスタードを作っているのよ。固まっても混ぜてっと、とろりと緩んだらゼラチンを入れる。良い感じ、美味しくなるわ。本当に、ルーナ様には感謝ね。料理を習って、役に立っている」

 常温でカスタードを休める間に、メレンゲを作る。卵白を泡立てる中に、砂糖で作ったシロップを入れた。

「サミュエルとルーナは、料理仲間だな。今回のスタンピードの論点は、ロレンツィオ義父様も理解している。でもあからさまに、まだ賛成できなって感じだった、クソが!」

 ロレンツィオはルーナの父だ。ランベルトとも親しく話すが、会議になると険しい表情を崩さなかった。

「甘さは控えめ。カスタードとメレンゲを合わせて、冷やして固める。そろそろパートブリゼも冷えた」

 林檎と梨を詰めたパータ・プリゼは一番下に、その上にクレームシブーストを載せる。そっと重ねると、パータ・プリゼの表面が見えなくなった。クレームシブーストの上に、細かい砂糖を満遍なく広げる。指先に小さく灯した火魔法で、表面を炙る。

 焦げ目が美しいシブーストが出来上がった。

「グレタに食べさせた上げたいわ。でも、まだ到着しない。デュメルジにはゆっくり来てねって依頼しているから、リッカルドは忠実に守ってくれているわ」

 シブーストを並べて、ランベルトと向き合った。

「何故に、スタンピードの前線に出ていない魔法騎士団長や宰相の意見が優先されるんだよ。ダジェロ辺境の魔法騎士団を蔑ろにしやがって。ふざけやがってよお。どいつもこいつも、糞ったれだあ」

 ロレンツィオを名前で呼ばずに、役職で呼ぶランベルトの心中には、激しい怒りが蠢いているだろう。

 ランベルトの怒りは、そのままサミュエルの苛立ちだ。

「まあ、お口が野蛮で悪辣な顔になっているわよ。そのまま帰ったら、ルーナ様に嫌われちゃう」

「帰れねえから、憤ってんだ」

 ランベルトが、シブーストを両手で掴んでかぶりついた。目を瞠る。

「美味い。ルーナの味がする。ああ、帰りたい。スプリウス国王も賛成しているがな、もう少し時間が掛かるだろう。スタンピードの制御については、誰にとっても悦ばしい話だ」

 御前会議は、サミュエルが出したスタンピードの気温計測の結果と、スタンピードの相関関係の検証を正しいとは認めた。

「積算気温の事実も報告したし、説得力はあったわね。早く緊急時の魔法騎士団の態勢を、解除して欲しいって話だけよ」

 魔法騎士団は、まだ警戒を解除するとは決められなかった。

 ランベルトが確認するように、問い掛ける。

「サミュエル一人の手柄って報告だったよな」

 低い声だった。

「当然です」

 努めて明るい声を出す。

「サミュエルは、何を企んでいるんだ? グレタを、いない人間のように扱っていた」

 御前会議で、気温の積算についても、過去のデータの検証についても、全てをサミュエル一人で成し遂げたように報告をした。

 グレタと共に過ごした天幕の時間は、二人だけのものとした。

「天幕に女を引き込んでいたって、ロレンツィオ義父様が指摘した時は肝が冷えた」

 サミュエルも驚愕の質問だった。

「皆が疑心暗鬼になっちゃったわ。ほら、計算の結果が正しいのかとか、女にうつつを抜かしたのかとか。想像力が豊かで笑っちゃった」

「顔を赤くして、狼狽えやがって。デュメルジへ来るまでに話を聞いていなかったら、サミュエルの睦言を聞かされて、うっかり信じるところだった。責任は取りますとかほざいたよなあ、サミュエル」

 天幕での時間は、取るに足らない男女の秘め事のように応じた。

「責任感はあるのよ」

「グレタの名前は出なかったが、サミュエルが女と天幕で過ごしたのは広まった。お互いに醜聞だぞ」

 子爵令嬢でもあるグレタが、男と一か月に渡って天幕に籠ったのは厳然たる事実だった。

 ロレンツィオには、多くの情報が入っているともサミュエルは感じた。醜聞を撒き散らせば、周囲から隠せる真実がある。

「遊びじゃあないわ。真剣な自由恋愛をしたの。でもグレタも実家のエスポジート子爵家も、自由恋愛を好んでいないようね」

「真剣に考えてやれよ」

 ランベルトのように考えるのが、貴族としては当然だ。未婚の子爵令嬢が、多くの知識を持ってスタンピードの解明に光明を齎せたと知れ渡るほうが、被害が大きい。

「エスポジート子爵家にも納得してもらうようにするわ」

「気温の計測機器の扱いも、国が関わる」

 シブーストを眺めてから、ナイフで切る。何層にも重なった断面が見える。一番奥の潜んで知る林檎と梨が見えた。

「グレタを隠したいのよ。嫌われたって、やり遂げるわ」

「サミュエルは結婚できないだろう? ロンバルディ公爵家の結婚は、条件があったはずだ。公爵位の継承者が定まって、初めて婚約を認められるはずだよな」

 ロンバルディ公爵家は筆頭公爵家で、多くの諸事情と困難に翻弄されて、次期公爵は不在だった。

「嫁にも条件があるのよ。家政魔法の修得が必須なのよ。特に料理には魔法を用いるのが、五年前からロンバルディ公爵家の掟になったわ」

 互いに頷き合う。

「大惨事だったからな」

 口にできない苦い思い出が、シブーストの焦げ目と混じり合った。キャラメリゼされて硬くなったシブーストに、歯を当てた。パキッと一番上の表層が割れる。

「婚約を申し出る。爵位も女の利益も、独り占めするわ。私も、悪事を働く顔になったかしらね」

「そう見せたいだけだろう」

 ランベルトがサミュエルの肩に手を置いた。


お読みいただきまして、ありがとうございました。

パータ・プリゼは、ほとんど作りません。買って来た冷凍パイの生地を活用したり、タルトの型を使います。

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