5 梨も・・・
話の流れで、短いです。
リッカルドは目の前で言いたいことを臆面もなくは話すグレタに、何度も相槌を打った。
頬を染めたグレタは、いつしか焚き火の前で立ち上がっていた。人払いをしてあったため、話を聞くのはリッカルドだけだ。
「気温の計測機器を売るための戯言じゃあない。根拠がある」
腕を振り上げ、グレタははっきりと怒りを表した。
貴重品でもある計測機器の価値を口にした途端に、グレタは目を眇めで声を低めた。お気に召さなかったらしい。
一緒にいる第十部隊の隊員に、緘口令を敷く必要を感じた。だが、グレタの話は直ぐにトゥスクル王国に広まるだろう。クントト大陸に轟くのも、間違いない。
「落ち着けよ。分かった。魔獣は植物と同じように生まれて来る。それで、グレタ姫は気温が重要だと考えた。そこまで話は進んだ。さあ、続けよう。瑞々しい梨も旨いぞ。食べろ」
サミュエルも食べ物でグレタの機嫌を取っていたのだろうか。リッカルドは小さく吹き出しそうになって梨を齧った。
しゃくしゃくと梨を咀嚼するうちに、グレタも頬を緩めた。
「記録を全て見返した。私、計算も得意なの。見ただけで、暗算する」
口を開いたまま、グレタを見返した。
「全ての記録って――」
途方もない記録があるはずだ。
「二十三ヶ所の冥闇の二百四十八年分の記録。初めて、エスポジート子爵家に生まれたことを感謝した。高祖父のニコラス翁を偉大に思った。高祖父って何代前かな? でも父様の高祖父だから、私の何かな?」
リッカルドが折った指を開いて、今度は拳を握った。
「ニコラス様は五代前だな」
先を聞きたいような、そのまま聞き続けるのは恐ろしいようにリッカルドは感じ始めた。
「昔の計測機器は、多少の誤差はある。でも、エスポジート子爵家では、小麦の発芽は、種を撒いてから積算温度で約百度から百十度の間。だから――」
グレタはぐいぐいと話を進めた。理解が難しい言葉の羅列に、手を伸ばす。
「頼む。グレタ姫。後生だからもっと、分かり易く」
「一日の最高気温と最低気温から算出した平均気温を、毎日足していくのが積算気温なの。それが百度を超えると、小麦が発芽する。エスポジート子爵家の計測機器を売り込む時に使う宣伝文句。それを、魔獣にも応用してみた」
魔獣を植物だと思えるグレタだからこそ、出てくる発想だ。
それを受け入れるサミュエルも懐が深い。
「何が分かった?」
「各種計算して、最高気温のみの積算気温で考えるのが最も正確だった」
なんど唾を呑み下しても、喉が渇いたように引き攣れた。知ってはいけない答えを求めて、リッカルドは口を動かす。
「正確に、スタンピードの年が分かったのか?」
手にした梨を棒に差して、リッカルドが焚き火で炙り出した。
甘い匂いが立ち昇る。
「梨がある時は、焦がしてアリゴと一緒に――熱っ。ああ、そうだこれもあった」
とっておきのモノを出す。サミュエルからグレタと共に預かった。
「何? ああ、もしかして。それサミュエル様お手製の?」
楽し気にグレタが笑う。
「マシュマロは始めただが、おお、焦げた。ろととろって、やばい。落ちる」
リッカルドの悲壮な声が、煙と一緒に空へ登る。
「マシュマロも何度も食べたなあ。天幕の中が、本当に楽しかった」
覗き込んだグレタが、笑ったまま続ける。
「月日が分かった。前回のスタンピードが終結した翌日からの積算気温が、一万度を迎えた日に、スタンピードが起こる」
予想を遥かに凌駕する答えだった。リッカルドは小さな目を瞠った。
サミュエルが、グレタを託した意図が透けた。グレタを邪な物から遠ざけて、何時までも放言をしていて欲しいと、リッカルドは切に願った。
焚き火と言ったら、マシュマロは必須です。
お読みいただきまして、ありがとうございました。