4 よく練ったアリゴは伸びて、伸びて
ジャガイモは、メークインが好きです。
夜通しの騎乗も考えたが、サミュエルはランベルトとの議論を選んだ。
「アリゴが旨い。ルーナに逢いたい。早く帰る。もう邸に戻る。ダジェロ辺境が俺を呼んでいる」
焚き火で温めたアリゴの鍋を抱えて、ランベルトがぐずりと零す。
「ランベルトは、いつからそんなに駄々を捏ねるようになったのかしら。もう直ぐ父親にもなるのに、見っともないわ」
蒼玉の瞳が、漆黒の髪の間から恨めし気に覗く。
「余裕な顔しているが、サミュエルだって寂しいだろう。リッカルドに大事なグレタは託したんだ。サミュエルの好みなら、相当の変わり者だろうな。グレタはルーナの見送りにも来たが、厄介だった」
思い出したくない話なのだろう。ランベルトの眉間には、深く皺が刻まれている。
「グレタはいつだって面白いのよ。言いたい放題だったでしょう?」
思ったことを率直に話し出すグレタは、サミュエルが出会ったことのない種類の人間だった。見た目の美しさを、下心なく褒めそやした。媚びることなく、懐いていた。楽しそうに食事をし、議論をする。疑問を持てば、衒うことなく問質す。
男や女の括りで分けられないのが、グレタの魅力だ。人間として、サミュエルは強く興味を惹かれた。
「砦に女がいるって言い出した。リッカルドには花街通いを問い詰めてた。色々聞き齧っていて、勉強家だったぞ」
グレタなら、疑問も懸念もはっきりと伝えただろう。ルーナの結婚を案じて、心配の種を端から口にする様子が目に浮かぶ。
「ルーナ様も災難だったわね。いきなり結婚したから、ランベルトを怪しんでいたのね。私のことは、エル姉様って慕ってくれた」
バゲットに器用にアリゴを絡めて、口に放り込む。ゆっくりと噛み締めると、玉葱の甘さと、胡桃の歯ごたえが口に広がった。
「女だって騙して、天幕に連れ込んでいたんだな。結婚をするんだろうな。毎晩、天幕に引き込んでいた。相手は子爵令嬢なんだから、サミュエルだって迂闊なことはしないだろう。公爵家の名誉だってある」
「結婚以外に手段がないの」
ランベルトにもまだ伝えられないことがある。グレタには、ずっと黙ったままでいたい。グレタを守るのが最優先だ。そのためなら、嫌われたっていい。出会った時に女だと勘違いさせ続けた時から、破綻は見えていた。
気分を変えるように、声を張った。
「で、ランベルトは何を聞きたいのかしら?」
「スタンピードの周期を、計算したってことだろう? 確かに正確に日付けを二か所も的中させた」
信じられないと、ランベルトが首を捻じった。
「監視していて、スタンピードが起きてから部隊を展開しても間に合わなかったわね」
「その通りだ。命拾いした。第二砦と第四砦の監視対象の冥闇だった。怖ろしい」
トゥスクル王国で確認されているのは二十四の冥闇だ。
ダジェロ辺境の森には、五つの砦がある。第一砦はダジェロ辺境伯の邸と魔法騎士団の官舎に近い。三つの冥闇を監視している。
砦は互いに通常の騎乗で、半日の距離がある。第一砦から真っ直ぐ北上した場所が第二砦で、比較的明るい森の中に九の冥闇がある。第二砦の西側に第三砦では五の冥闇を、東側の第四砦では六の冥闇が近い。深奥の第五砦つの大きな一つの冥闇を監視していた。
「何で、グレタを気に入ったんだ?」
グレタに興味を持って、聞きたいことが溢れ出すランベルトから、アリゴの鍋を奪った。伸びたチーズをバゲットに絡めていく。グレタも同じアリゴを食べているだろう。焚き火を見て、リッカルドと笑っているはずだ。
いつまでも、二人で天幕の中に入られなくなった。外に出る時が来た。
難しい周囲の状況は全て抛擲して、グレタに惹かれた一点を思い出す。サミュエルの頬が染まるのは、焚き火の熱だけではない。初めて天幕に入って来たグレタが蘇る。出会いから、衝撃だった。
「魔獣を、植物みたいだって言い切ったのよ。変でしょう。計測機器をぶんぶんと振り回しながら、楽しそうに話し出したわ。でも、しっくり来たのよ」
ランベルトが口を歪めた。眉間の皺は、第五砦が監視する冥闇が潜む崖並みに深くなる。
「動物に近い存在だ。姿を見ろ。分類だって、虫型とか二足歩行型とか、そう呼んでいる」
正しい言分だ。サミュエルも同じ考えを持っていた。
ランベルトが、話の全てを否定している訳でないのも理解している。互いに話し合い、考えを擦り合わせておく必要がある。心配しながらもグレタを同行できないのは、この時間を持つためだった。向かう先のデュメルジは、魔獣以外の対峙する存在がいる。
ゆっくりと深く頷いて、サミュエルは続けた。
「魔獣の姿だけは動物に近い。でもスタンピードの発生する状況を考えると、確かに植物に似ているわ。ねえ、ランベルトも分かっているはずよ。スタンピードの時の魔獣は、周期を持って冥闇から生まれて来る。誕生するのよ」
天幕の中で、グレタは捲し立てた。
花も野菜も、多くの種は気温が暖かくなってから芽を出す。
「確かに誕生する。思い出しても怖気が走るぞ。魔獣って、本当に冥闇から生まれて来るんだ」
「次から次へと、絶えることなく発生するわ」
しっかと目を合わせると、ランベルトが感心したように頷いた。
「ほう、種から目が出るって感じか? もしくは、蒲公英の綿毛が次々に生まれる状態か? 一考に値する」
「グレタの着眼点は斬新なの。可愛かったわ。食べちゃいたいぐらい。餌付けはしたけど、食べてないわよ。ルーナ様の家政魔法を伝授してもらって、料理の腕を上達させておいた。本当に感謝しているわ。植物の発生に必要な条件を、ランベルトは知っているかしら?」
思案して、ランベルトが手で顎を擦った。
「まずは、日光だ。それに水。土とかかな? プラムの花も、雨が降らないと咲かない、でも、待てよ。日光って光かな? 春の暖かさも必要だ。条件は多い」
ランベルトは博識だ。個々人の長所を生かして辺境の魔法騎士団の部隊を纏めている。
第二十一部隊の副隊長のレオナルドは、各部隊の配置や展開する攻撃方法など戦術検討に優れていた。
サミュエルが戦闘能力より、事象の研究に興味があるとランベルトは直ぐに見破り、観察記録を作成する精鋭部隊の第二十三部隊の副隊長に据えた。
スタンピードが小型の魔獣から始まると結論を付けたのも、ランベルトだった。魔法騎士団の経験だけではなく、記録の実測にエビデンスを置いた結論だった。
「何を聞いても、ランベルトは考える努力を惜しまないのよ。私の荷物にあった本が、植物学や動物学や統計学の専門書って分かったわ。ランベルトも、よっぽどの読書家なのよね。敵わない」
「サミュエルだって、同じだよ。常に研究をしている」
「観察記録の中で、魔獣の発生に法則性があることに気付いていたわ。植物のように、生まれると考えるとスタンピードの見え方が変わった。条件が見えてきた」
「面白い、聞かせてくれ」
ランベルトの目の輝きが、焚き火だけでないと互いに頷き合った時にサミュエルは気付いた。
「気温が重要なの」
お読みいただきまして、ありがとうございます。
料理を取り上げるにあたって、一度は実際に作っています。が、ⅠHと焚き火では随分と違うのでは?と思うこの頃です。
カロリー高めの料理が多いとも・・・