3 とろけるのは?
短めです。
辺りは暗くなっていた。
馬を止めたリッカルドが野営の準備を始めた。
第十部隊は、美味しい食事を提供することで有名な部隊だった。数人の騎士たちと言葉を交わし、グレタも野営の準備を手伝う。スタンピードで魔獣に対峙した騎士も多く、口々に恐ろしさを語り出した。
「リッカルドのメイスが、キラービーを叩き落とした。でなきゃあ、俺は死んでた」
「死なせない。メイスは必ず間に合うんだ。早く火を熾せ」
リッカルドが応じると、雄叫びが上がった。
「魔獣が虫型までだったから、助かった。魔獣って、段々と大型のモノが出現する。天幕に記録があった」
グレタの発言に、リッカルドが頷いた。
「ランベルト様から俺も教えてもらった。なあ、記録を読んだのか?」
頷いて、グレタは続けた。
「キラービーの次は、ラット型かな? 数も増えていく――」
言い淀んだグレタの肩を叩いて、リッカルドが焚き火に誘った。
出現する魔獣は、徐々に姿が大きくなる。キラービーやベノムタランチュラの虫型魔獣の後には、ホーンラビットなどの小型魔獣が続く。ヘビ型のブラックサーペントの後は、オークやゴブリンなど二足歩行型、タレポやロックバードなどの飛行型。ホーンブルやリザードの四足歩行型の出現が記録にあった。ワイバーンやサラマンダーと言ったドラゴン型もクントト大陸で出現する場所もあるらしいが、幸いにもトゥスクル王国では記録がない。
スタンピードで冥闇から発生した魔獣を殲滅すると、次の大きさの魔獣は出現しなかった。
焚き火が空に煙を燻らせると、夕食が始まった。
「わあ、アリゴだ。美味しそう。お腹すいた」
積み上げられた固焼きのバゲットには、胡桃やレーズンが入っている。秋に早生の林檎に、旬の梨もあった。
「今夜は、肉なしだ。アリゴがあれば、豊かな夕食になる」
リッカルドが熾きのうえで温めた鍋を近くに寄せる。
「これは、ルーナ姫からの差し入れのアリゴだ。懐かしい味がするぞ」
アリゴは、茹でたジャガイモを、裏ごしして滑らかにして作る。
ジャガイモの後は、溶かしたバターと刻んだ大蒜を香が出るまで弱火で炒める。その中にミルクと塩を入れる。ミルクが沸騰したところに、荒く刻んだチーズを入れる。チーズが溶けたら、ジャガイモと合わせる。アリゴの上に黒コショウが載っていた。
「ルーナも元気なんだ。私は会わなかった。このアリゴってしゃりっする歯ごたえがある。ああ、玉葱が入っている。美味しい」
「グレタ姫は、天幕に籠っていたから誰にも会わなかっただろうよ。俺もルーナ姫には会ってはない。ランベルト様が届けてくれた。ルーナ姫は、今、ダジェロ辺境伯の邸から動けない」
ダジェロ辺境伯夫人の立場となったルーナなら、真っ先にスタンピードに立ち向かうランベルトを支えていると思っていた。
「え? 病気?」
驚いた声を、リッカルドが口に指を当てて押さえさせた。笑って、手で腹の辺りを撫でる。
「大事な時期なんだ」
三年前にルーナがランベルトの元に嫁いだ時に、グレタはデュメルジの端の街道まで見送った。リッカルドに無理を言って同行した。部隊を超えて大切な幼馴染だった。あれ以来、ルーナには会っていない。
リッカルドの腹を見詰める。中年のリッカルドは、騎士として鍛えている。腹は引き締まっている。腹の上で、リッカルドの手が弧を描いて動いた。動きを見続けて、やっと一つの答えに行きついた。
「赤ちゃん? ルーナが妊娠した。私まで嬉しい。ランベルト様が急いでいた訳が分かった」
「デュメルジに行くのは、苦渋の決断だっただろう。スタンピードを押さえたと言っても、まだ、予断は許されねえ」
グレタはどんと胸を叩いた。自信に満ちた声を出す。
「問題ない。どの冥闇も、次のスタンピードまで二年は間がある。しっかり計算したから、間違いない。エル姉――違った。サミュエル様と一緒に一か月を費やして検討した」
天幕で話し合った時間が、グレタを強くする。サミュエルはグレタの考えを、一度もバカにしなかった。思い付きのような論説を、真剣に聞いてくれた。多くの記録から、グレタの考えを証明する記述を探し出した。
一緒に、スタンピードの謎に立ち向かった一か月だった。
「本当なんだな」
感極まったリッカルドが、鼻を啜った。
「ランベルト様とルーナの赤ちゃんが生まれて、立ち上がるくらいまで、絶対にスタンピードは発生しない。その話を聞きたい?」
「アリゴをお供に夜は長い。教えてくれ」
たっぷりとアリゴを載せたバゲットに、グレタはかぶりついた。
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