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2 反省会はアリゴにお任せ

本日、二回目の投稿です。

お読みいただけると、嬉しいです。よろしくお願いいたします。

「嫁にいけない。第五部隊からも離されて、第十部隊のリッカルド隊長に預けられるって、どんな失体だったの? 罰が重い。嫁に貰えなくなったのかな?」

 天幕を出たグレタは、二時間後にデュメルジに向けて騎乗していた。隣には、剣が交差した鋼色の徽章と肩に銀色で太い(しょく)(しょ)を付けたリッカルドがいた。

 サミュエルは、副隊長だったから飾緒は銀色で細かった。

「貰ってどうする。嫁には行くもんだろう? 俺との帰還は、楽しい道中だ。話を聞く」

 濃い眉と顔を覆う髭の中で、リッカルドの小さな目が優しい。盛り上がった肩で、メイスを担いでいる。

「エル姉様って思ってたんだ。まさか男で、公爵令息のサミュエル様とは思っていなかったから――」

 先を言い淀んだ。未婚の子爵令嬢には相応しくない行いだった。

「毎晩遅くまで一緒に天幕で過ごして、いよいよ今朝は、共に朝食を食べたって聞いてる」

 全て知られていた。項垂れたても厳然たる事実は変わらない。

「おめでとう!」

 歯を喰いしばって、グレタは言葉を零した。

「めでたくない。私を打っ棄って、リッカルド隊長に押し付けた。第五部隊に戻してくれれば、皆に気付かれない。遣り過ごせる。反省しながら騎乗するのは、辛い」

 ダジェロ辺境への駐留は一ヵ月半だ。二週間を残して、グレタだけが帰還を命じられた。丁度帰還する第十部隊が半日の行程の分だけ、先に進んでいた。

 リッカルドにグレタを託して、サミュエルは同行していたランベルトと共にデュメルジに向かった。二人の姿は、直ぐに見えなくなった。

 回復魔法を常に馬へ展開し、攻撃魔法で馬の負担を減らして進む騎乗方法はサミュエルとランベルトの得意な魔法らしい。ダジェロ辺境の騎士が最初に会得する技だと、リッカルドが教えてくれた。

 デュメルジまで、街道の宿場や森の際にある砦で馬を乗り換え、回復魔法を駆使して三日で進む。

 サミュエルとリッカルドは一日半で進む。凄まじい早さだ。

「何があって、夜から朝まで過ごすようになったんだい? サミュエル様の天幕は、第二砦でも離れた場所にある。なあ、グレタ姫」

 平民出身のリッカルドは、処世術の一つで貴族籍の女性隊員の名前に姫をつけて呼ぶ。

 姫でいられないと、グレタは唇を噛んだ。

 高い要塞を備えた第二砦は、森の奥に向かって聳え立っていた。四方を囲む壁の内側が、野営地になっている。サミュエルがねぐらとしている天幕は、要塞に近くで他の天幕からは離れた場所にあった。水場にも炊事場にも近く、心地よく住める場所だった。サミュエルの執務室も兼ねているため、たまに人が訪れる。グレタもその一人だった。

「天幕に、気温の計測機器を届けたんだ。第二十三部隊が冥闇の計測を行っているって知ってた。だから第二十三部隊の天幕を訪ねて、エスポジート子爵家謹製で、最新の製品を持って行った」

 気温の計測機器を開発したのは、グレタの高祖父だった。改良を重ね、トゥスクル王国の気温測定の機器は、全てがエスポジート家謹製だった。今では、クントト大陸の隣国にも輸出されている。

 計測機器は矢のような細長い筒で、最高気温は赤の棒が上に伸び、最低気温は青の棒が下に下がって記録が残った。筒を叩くと、赤と青の棒が包の中心に納まり、新たな計測ができる。取り扱いは簡便で、計測結果は精確だった。

「で、天幕にサミュエル様がいたんだな」

 問い掛けるリッカルドに頷く。

 訪ねた天幕には、美しい人が嫋やかに座っていた。穏やかな笑みの周りに、バターの匂いが満ちていて、スプーンの上でスフレオムレツが揺れた。

「持って行っただけで、そのまま夜まで一緒にいたのか? 変だろ? グレタ姫は男って分かれば用心もするだろう?」

 あの時初めて会ったにもかかわらず、グレタは警戒も恐怖もいっさい感じなかった。

「美味しいスフレオムレツを食べて、冥闇の計測について話をした。だって美味しいものをくれる美人ってだけで、憧憬の対象。おまけに計測機器の扱いも丁寧で、記録の字も典雅で、尊敬した。横座りの足だって気怠げで美麗で、崇拝する域。男だって気付かなかった。いつも座ってて、笑ってて、優しかった」

「グレタ姫も十分に美人だぞ。デュメルジで一緒に話したがる騎士も多かった」

 確かに、グレタに声を掛ける騎士はいた。サミュエルとは全く違う生き物だった。

「話したら、直ぐにいなくなる騎士ばっかりだった。口が悪いとか、お喋り過ぎるとか。美人って、醸し出す雰囲気だってエル姉様と出会って理解した。美味しい物も作って、本当に嫁にしたいぐらいだった」

 楽しかった時間は、細部まで明確に覚えている。サミュエルの声は耳の底に残っていて、笑顔は瞼の裏に焼き付いている。耳を押さえて、目を瞑る。サミュエルを側に感じた。

「スフレオムレツを食べさせたいほど、何をして、気に入られたんだ?」

 目を閉じたまま、思い出してみる。スプーンを差し出される前にも、確かに話をしていた。魔獣の話だ。あの時、グレタは計測機器を見て、エスポジート子爵家の領地を思い出していた。

「ああ、魔獣って植物みたいって言った」

 目を開くと、リッカルドが口を歪めていた。

「また、突拍子もない。呆れられただろう? 怒鳴らなかったサミュエル様は、辛抱強いなあ。グレタ姫と楽しく話す御仁なら、当然に我慢強いはずだ」

 サミュエルはいつも笑んでいた。嫋やかで、しっとりとした美しい人だった。

 言い(にく)そうに、小さな目を瞬いてリッカルドが何度が口を開ける。

「結婚の話は、したんだろう?」

 首を捻った。

「結婚の話はした。デュメルジでは、自由恋愛で結婚に至るのが貴族の中でも流行っている。その話は弾んだ。スプリウス国王陛下とアウローラ王妃陛下の秘められた恋愛って、本にもなった」

 戯曲まで生み出された話だった。若き国王のスプリウスと、三歳年上で魔法騎士団団長の長女アウローラは長年の恋人だった。二人の恋は、魔獣のいる国の憂慮や魔法騎士団の存続が絡み、実現が困難だと思われた。だが、王妃の最有力候補だったアウローラの妹のルーナが、ダジェロ辺境伯のランベルトと政略結婚をした。二人の結婚は、魔法騎士団に寄せるダジェロ辺境伯の恭順を示した。魔法騎士団の分裂は避けられ、スプリウスは愛しいアウローラを娶った。

「私からすればルーナの恋を知ってたから、純愛なる政略結婚の話の方が好き」

 ランベルトを慕っていたルーナは、不安を持ちながらもダジェロ辺境へ嫁いだ。常に魔獣が近くに存在し、冥闇を警戒する必要があり、新婚夫婦には厳しい環境だ。

「サミュエル様と、何の話をしているんだ? それは一般的な結婚の話だ」

 リッカルドを相手に、結婚の話をもう一度浚う。

「だから、二人で結婚を論じ合った。自由恋愛は困難があると盛り上がる。政略結婚だって愛はある。私の父様と母様は今も仮面夫婦だけど、一緒には暮らしている。スタンピードが起こって、父様も母様も、話す時が増えた」

「家族の在り方だな」

 長い夜を、グレタはサミュエルと語り合った。率直に話しても、女や令嬢や年齢を理由にしてサミュエルは窘めなかった。更にグレタの考えを聞きたがった。優しい目で先を促し、楽し気に相槌を打った。

「エスポジート子爵家は、歴史だけは古い。自由恋愛は認められないと思う。そのうち政略結婚の話が来る。スタンピードが収まって、その次は結婚とか思うと忙しいって、天幕の中で一緒に大笑いした」

「それは、結婚の話題とは言えないぞ。サミュエル様は間違いなく男だ。話し方は女ぽいけどな、あれは男だ」

 疑問に思っていたことを、グレタは声を潜めて問い掛けた。

「ねえ、長い銀髪は女装が好きとか? 言葉を女っぽくするのは男が好きとか? サミュエル様には変わった性癖があるのかな?」

 手にしていたメイスを落としたリッカルドが、首を振るってから頭を抱えた。

「また、グレタ姫の耳学問は侮れないほど知識が深い。深すぎる」

「ねえ、如何なの? リッカルド隊長も、もしかしてお相手になったとか、あったりなかったりするのかな」

 顔を上げたリッカルドの小さな目に焚き火が映っていた。

「俺は無実だ。それに、座ってるのも第二十三部隊で計測をしているのも、意味がある。ランベルト様は見極めて人を配置する。サミュエル様に直接聞いてごらん。教えてくれるさ」

 地に落ちた馬の影が、随分と伸びたとグレタは思った。


お読みいただきまして、ありがとうございます。

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