19 強制告白
最終話です。
グレタの見上げた先に、美しい顔があった。
「エル姉様って呼んでいた時から、ずっと守っていてくれた。分かってはいたけど、天幕の時間が終わって、何も信じられなかった。スタンピードが懐かしく感じる」
思いがするりと口から零れた。
「スタンピードは、トゥスクル王国の政に大きく関わるわ。グレタを守るためには、天幕で分かったことは、できるだけ内密にしたかったの。それは話していた」
「分かっている」
その先が続かない。
呆れられたのだろうか。サミュエルは押し黙ていた。
「グレタは、サミュエルが信用できないのだろうか? それとも信じて傷つくのが怖いのか?」
ヨエルに問われたグレタは、握った手をから腕を辿ってサミュエルの顔を見た。
「綺麗だって思う気持ちは、変わらない」
サミュエルの口が、弧を描いてから動き出した。
「自由恋愛までの時間がなかったから、恋愛って言い切る自信が持てなかった。嫌われて拒否されたらと怖くて、政略結婚にしたのよ」
何を理解したいのか、グレタにははっきりとは掴めていなかった。側にいるサミュエルは美しすぎて、言葉を十分に相手に伝えなくても納得させるほどの力がある。
励ますように、ヨエルとセブエルが声を掛ける。
「サミュエルがグレタのことを、どう思っているって感じているんだ?」
「知りたい」
グレタは明確な言葉が欲しいと思った。握った指を一本ずつ外していく。
「嫌いではない。政略結婚できるくらいには、側における。信頼しているかは、監視を付けるくらいだから疑問視している。一緒に食事ができる程度の親しさ」
サミュエルの手に掛かっているのは、人差し指のみになった。頼りなく揺れる人差し指は、二人の今の関係を示しているようだった。
「好きって言われてない。私はずっと愛でていた。姿形も、話を聞いてくれる態度も好ましかった。でも、聞いてくれるだけで、何も言葉はくれなかった」
「極悪人」
セブエルが前髪を掻き上げる。
サミュエルはグレタの手を掴んだ。
「誠意のない態度だって、詰られると思う。グレタがいつも言葉にしてくれていたように私も伝える。グレタに思っていること感じていることを残らず告げる。聞いてくれると嬉しい。聞いて欲しい。聞いてください」
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サミュエルの思いは、恐ろしいほど何もグレタに伝わっていない。監視は護衛で、信頼していないのは周囲の人間に対してだと今告げても、全ては言い訳になる。
「グレタに最初に惹かれたのは、その歯に絹着せぬ物言い。苛烈な言葉の選択に、胸がすく思いがした」
思いつくままに、サミュエルは話し出す。思いは、出会った時の天幕に飛んだ。
「ただ口が悪いだけって、リッカルドには言われている。ルーナは呆れていても許してくれた。でも、サミュエルは窘めなかったから、話しやすかった」
言い訳をするグレタの口の動きさえも、愛らしい。
「美しい顔が吹き飛ぶほど辛辣で、毒舌で、公正で公平。人として正しい判断ができるのも、好ましいの」
グレタは、自分の姿に興味がない。サミュエルを褒めるが、グレタの外見は十二分に整っている。
「顔が美しいのは、ロンバルディ公爵家には敵わない。この顔は生まれつきで、手入れはしていない。家政魔法だってまだ不十分だよ」
何を言っても自分の美しさを認めないが、これから時間をかけて伝えていく。磨き上げて、グレタを甘やかしていく。
「手入れは私がするから安心してね。家政魔法も、ルーナ様から習ったから私は得意なのよ。興味を持っていることには、突っ走る姿も好き」
グレタの目が開かれた。何度も目を瞬いて、頬を掌で覆った。指の間から、紅潮した肌が透ける。
「好き? 誰が、誰を? 私の話だけど、また他の貴族令嬢の話とか? まさかルーナは既婚者で、夫のランベルト様は上司だ。危ない、止めたほうが良いよ」
頬の手を包み込んだ。二人の体温が掌で溶け合っていく。気持ちを身体全身で伝えていく。
「一人で突っ走ってしまうグレタが好きなの。簡単に取り扱っているけど、エスポジート子爵家の計測機器に通じている。技術者としてもグレタは優秀なのよ。スタンピードの解明をしたのは、グレタなの。手柄を横取りしてしまった」
言葉が苦くなる。グレタの存在を周囲から守るためにも、スタンピードを解明したのはサミュエル一人と御前会議で主張した。マッティアにも計画は露見しなかった。サミュエルが派手に女性騎士と関わることで、婚約さえも蔑ろしていると周囲は理解していた。サミュエルの態度は、グレタを傷つけた。
「家にあっただけ。誰だって、計測機器は使える。それが一番の利点。私の変な思い付きを、そう、魔獣が植物みたいだって言う考えを否定しなかったのは、サミュエル様だった。単純に思い付いたのを、形にして世に出したのはサミュエル様。手柄って美しい人の方が映える」
類い稀なる成果をグレタは、誇らない。奢り昂ることもなく、唯一無二の存在としてサミュエルの前にいる。
「話していて楽しくて心が踊るわ。でも肩肘を張らない。自然でいられる。すごくその時間や空気感が好き。他の女騎士には触れたくない。グレタだけが側にいればいい」
思いが止まらない。今まで、伝えないでいた言い訳が、くだらない。言葉にし尽せない気持ちが、サミュエルの内側から溢れてくる。言葉の限りを尽くして、グレタに気持ちを届ける。
「食べる時に開く口の形も可愛い。美味しくてぎゅうって瞑った目の皺も愛らしい」「皺が寄るのは気づかなかった」
グレタが慌てた様子で、指を顔に当てて素肌を伸ばし始めた。
ヨエルとセブエルは、聞き飽きたのだろう。飼葉や水を馬に与えて、馬車に乗り込む準備を始めている。
「ちょっと緊張して、私の身体の側に寄るのも大好き。紅水晶の瞳の輝きも、長い縁取る睫毛も知っている。額が少し出っ張ってて、前髪が自然に分かれるのも好き。グレタの顔も香も細い腰も気に入っている」
伝えながら、サミュエルの指はグレタの身体に触れている。
「もう十分」
サミュエルの腕を掴んで、グレタが動きを止めさせた。赤く染まった首筋を反らして、俯いている。
「まだ足りないよ。二人の時間の濃厚さを、兄達に見せつけたいんだ。美しい物を素直に認めて愛て、私に寄せる視線をそのまま留めたい。口付けた唇が熱くて好きだった」
セブエルが動きを止めた。
「キス」
「キスが済んでいたと、さっきも言っていた。怖ろしい。ロンバルディ次期公爵の座は、侮れない」
ヨエルも振り返って、セブエルの隣に立った。
「もう一度いいかな? でも、照れて赤くなる顔は誰にも見せない。耳まで赤くなるんだ。あれ、馬車に乗り込んでくれるの? 有難う兄様たち」
「除隊しろ」
セブエルが指を突き付けた。
「まったくだ。女遊びの激しい騎士ではなくて、文官になれ。宰相がいなくなるんだ。ロンバルディ公爵家の名前を使って、宰相に成れ。次期公爵なら、不足はない」
「溺愛せよ」
珍しく饒舌のセブエルは、サミュエルに命令を下していく。
一緒に過ごした時間を守るために、グレタを傷つけた自分が許せない。申し訳ない。グレタだから守りたかった。
「女遊びを止めて、溺愛することでグレタを守っていく。いい考えだわ。グレタが立ち上がって話し続けるのも好き。考え込んでじっとしているのも好き。どっちがいいのか選べないほどグレタが愛おしい。褒めてるって言ってくれるのも凄い嬉しい。それを言い切るグレタの顔がすき。また、いって欲しい。これからは私からも伝える。古文書を引っ張り出して、記録を全て計算し尽くしてでた結論を何度も検証した。そんな事を一緒にしてくれる存在は他にはいない。グレタが好き」
「私も好き」
ああ、同じ思いを持っている。好きになったグレタが、同じ思いを返してくれるのは稀有だ。奇跡だ。
「婚約したからでも、スタンピードに一緒にたちむかったからでもなくて、グレタ・エスポジートを愛している」
サミュエルは、グレタを抱き締めた。
【了】
予定より、時間が掛かってしまいましたが最終話まで投稿することが出来ました。
お読みいただきまして、ありがとうございました。




