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18 勢揃い

もう少し・・・

 馬車が止まり、サミュエルはグレタの手を伸ばした。

 手を見詰めたまま、グレタは掴もうとしない。

「兄様達の許可を取ろうとは思わないわよ。結婚は自分で判断する。私は、グレタと共に歩いていきます。このことについては、兄様達の意見を聞くつもりはありません。ただ、できるなら祝福されたい」

 グレタが動く前に、ヨエルとセブエルが示し合わせたように動き出す。

「まだだ」

 セブエルの言葉を補うように、ヨエルが畳み掛ける。

「すべきことがある。アルフォンの存在を明らかにするために、デュメルジに来た。役者は揃った。舞台の幕が上がる。座ったまま、二人は見ていろよ。偶には兄らしくありたい」

 ヨエルが、馬車のドアを開く。

「歌え」

「ロンバルディ公爵家にとっては、最大の信頼の示し方だ。ああ、また魔法騎士団のに戻って来た。王宮を一周しただけだ。迷惑を掛けたリッカルドには、俺が話をしておく。ついでに一曲披露しておく」

 馬車の前に、魔法騎士団の第十部隊が揃っていた。メイスを担いだリッカルドが、ヨエルとセブエルを迎える。サミュエルに向けられた小さな瞳は、髭の中に埋もれてまだ怒りが燻っていた。

 捕らえられたブルーノの横には、苦虫を嚙み潰したようなマッティアがいた。

 メリッサはグレタの姿を馬車の中に認めて、固く目を瞑ってから懸命に口角を上げている。

 前だけを見詰めているセストは、膝を突いたブルーノの肩を押さえている。

 二人に向けたのだろうか、グレタが小さく手を挙げた。細めた紅水晶の瞳が、優しく潤む。

 笑みを見て、サミュエルは胸を突かれた。デュメルジに来てから、グレタは笑わなくなってしまった。婚約を境に、グレタを取り囲む状況は大きく変わった。

「変えたのは私よね。笑顔を見たいから、グレタに話をするわ。まずは兄様達の立ち回りからよ」

 今、気づいたという様子でグレタがサミュエルの手を見て、しっかりと掴んだ。

 馬車の外は、騒めきに満ちている。

「ロンバルディ公爵家の三人が、揃っている。信じ難い」

「公演もないのに、ヨエルロン様の姿があるって、驚きだ」

「眩しいお方は、あの魅惑のセブエル様。何年ぶりにデュメルジに来たんだ?」

 一つ一つの問い掛けに、ヨエルは満足そうに頷く。

 セブエルは周囲へ一切の関心を見せずに、前髪を掻き上げている。

「ここにいる一番の上位貴族のマッティア・サントーロ侯爵に敬意を払って、まずはそこで捕縛されているブルーノ・カラビア伯爵令息が、ロンバルディ次期公爵の婚約者であるグレタ・エスポジート子爵令嬢に狼藉を働きそうになったとの事実確認をお願いしましょう」

 勿体を付けた様子で、こけた頬をひくりと動かしてマッティアが前に出た。赤い顔がまだらに黒ずんでいる。

「確かにカラビア伯爵から身元を預かっているが、ブルーノの狼藉は私個人とは関りはない。どうやら奔放な様子のグレタに、懸想したようだな。物怖じもしないで、言いたいことをいう令嬢だと、前から報告が上がっておる」

 グレタを揶揄する物言いに、サミュエルは気色ばむ。立ち上がろうとした時に、手が強く握りしめられた。

 小さく耳打ちをした後で、グレタは顔を上げた。

「一人の女騎士の話が、一国の宰相にまで届くのかな? ねえサミュエル様はどう思う? 私はヨエルロン様のことだって、ロンバルディ公爵家とは知らなかった。ああ、詳細な情報を知っているからこそ、宰相なのかな? 奔放って褒めてないって思う。ブルーノは、宰相と関係があったんだね」

 親密に顔を寄せた二人の会話を、馬車の中でしていた。グレタの大きな声は、外に流れていった。

「そもそもグレタには、メリッサとセストが一緒にいたでしょう。何もできない。私は心配していなかったわ」

 サミュエルはグレタに笑い掛けながら、返事をした。

「私が、優美で存在が尊いグレタ様をお守りいたします。何の憂慮もありません。ブルーノ以外も、近寄らせなかった」

 自信に満ちた声で応じたのは、メリッサだった。メリッサから、グレタに寄せる強い思いを感じる。真っ直ぐな思いを言葉にする姿へ、ジリッと胸が焦げる。

 小さく顔を(しか)めながらも、セストも同意の頷きを見せている。

 ブルーノが顔を上げる。瞠った目が血走っている。やや薄い髪は、埃と汗でべたりと顔に張り付いている。

「やっぱり色が一緒ね」

 呟いたサミュエルは、グレタに一度視線を流してから馬車の扉に手を添えた。

「マッティア様、話が違います。グレタ様を(おび)き出せば、あの子に逢わせてくれるって、約束したはずです」

「知らん。皆がグレタにかまけている。何かあるのか?」

 思い切り横を向いて、マッティアは視界からブルーノを追い出している。探るような視線が、馬車の中にいるグレタを捉える。マッティアの意識が、グレタに向いてしまう。

 宰相であるマッティアには、冥闇の解明を成し遂げたグレタの力を知られたくない。マッティアは立場に物言わせ、他人を利用することを厭わない。

「抜け目ない」

 セブエルが馬車の側で腕を組んだ。日に焼けた腕に盛り上がる筋肉が、汗をも弾くほどに張っている。

「五年前から変わらない。マッティア様は、利用できるものを探すのが上手だ。でも今は、己の身を案じるべきだ。取るに足らない女騎士は、打っ棄っておく」

 懸命さを押し隠して、ヨエルはさりげなく話を誘導した。グレタに、マッティアの関心が向かないようにしている。

 サミュエルがわざわざ魔法騎士団の官舎の前でアルフォンを抱き上げたのも、関係した者たちを突くためだ。ロンバルディ公爵家が巻き込まれた騒動の中で生まれたアルフォンに引き寄せられたのが、ブルーノとマッティアだった。二人は、サミュエルに何度か接触を試みていた。

 セストがブルーノを立たせた、そのまま軽く肩を押し出す。後ろ手に縛られていたブルーノはよろりと前に足を踏み出した。

「話を逸らさないでください。何でも言うと通りにしました。三男になれって、五歳も年を誤魔化した。弟の名前のブルーノって呼ばれても、返事をした。僕はバルーノだ。貴族の務めを放棄した。五年前に、放棄させられたんだ」

 隣で、グレタが指を折っている。バルーノの年を確認し終えて、頷いている。年齢の詐称には、気づいていたようだ。必ず騎士団に従事する貴族の責務を、ブルーノは果たしていない。

「責務の放棄は、バルーノの失態だ。今回、年齢を誤魔化してやっと魔法騎士団に入れ込んだのに、恩を仇で返しやがって、不届者めが!」

 マッティアが足を振り上げた。

 バルーノの腹に足が届く前に、セストのロングソードが鞘に収まったまま前に出された。マッティアの足を鞘が弾いた。

 縛られていたバルーノをセブエルが抱き止める。

 倒れたマッティアをリッカルドが受け止めた後で、ごろりと地に落とした。

「一敗地に塗れろ」

 転げたマッティアの背を踏付たセブエルが、一言ごとに足を踏み躙る。

 綱を持ったメリッサが、リッカルドと共にマッティアを縛り上げていく。

「セブエルの言葉が、的を射てい過ぎて怖ろしい。そうだよ、お前はカラビア伯爵家の嫡男のバルーノだ。で、五年前から息子がいるんだろう? アルフォンだよな。バルーノは王立図書館の地下にいた。俺は覚えている。媚薬で頭の心も満たされて、朦朧していたが髪も瞳も、煤けた感じの金色だ。産まれたばかりの赤子を抱いていた」

 バルーノは、四方に頭を下げて懇願した。

「アルフォンに逢わせてくれ。五年前だって、あの媚薬の効果を確かめればデュメルジで暮らせるはずだった。マッティア宰相は僕を騙したんですか? 王立図書館の地下なら、誰も来ないからって安心して過ごせるって言った。カラビア伯爵家に金を援助するって約束でしたよね。媚薬入りの菓子を届けるだけの話だった」

 ずっと騙され続けたバルーノは、使い捨ての駒だったかもしれない。マッティアは飼い殺していたのだろう。バルーノは子供と引き離され、魔法騎士団にも入隊できなかった。マッティアに翻弄された続けたバルーノは、憐れだった。

「バルーノは、五年間も何をしていたの? スタンピードもあって、トゥスクル王国は混乱していた。貴族の義務も、親の責任も果たさないで隠れていたの?」

 グレタは馬車から出て、詰め寄った。

「僕は、騙されたんだ。マッティア様の邸で下働きをしていた。時々、窓からアルフォンの姿を見た。いつもサミュエル様が一緒で、情けなくて、悔しくて、何もできなかった。僕は醜いし、太っている。かっこ悪い父親で、悲しかった」

「見目が良いだけが、取り柄にはならないのよ。ロンバルディ公爵家を見れば分かる。厄介なほど無駄に麗しい」

 賛美を受けているが居た堪れない。サミュエルは二人の兄達を見た。口を開けて呆けた顔をしたヨエルとセブエルの目は、グレタに吸い寄せられていた。美しいと讃えて持ち上げながらも、グレタは全てを肯定はしない。美から生まれる厄介な存在を、指摘する。

「王立図書館の地下は、出産には向かない場所だと思う。利用されちゃったのは、ブルーノにも非があるよね。紛らわしいけど名前はバルーノだったかな? 自分で考えれば、アルフォンにとっての最善は今とは違った形だったと思う。ついでに、サミュエル様とは比較しちゃあダメ。私だって敵わないほど、嫋やかで優美な美丈夫だもん。褒めてる」

 最後の一言だけ、サミュエルに投げかけられた。

「で、媚薬を持ったのは誰? やっぱりマッティア宰相の他にいないよね? ロンバルディ公爵家は嫌われていたの?」

 グレタの言葉に、全ての視線がマッティアに突き刺さった。

「黙っていろ。戯言だ」

 セストが、バルーノの背を撫でている。励ますような動きに、バルーノの目が開かれた。共に過ごした時間は僅かだったが、セストとバルーノは騎士として一緒に歩んだ。通じるものがあったのだろう。バルーノの目が前を見据えた。

「媚薬を知っていたのは、僕とマッティア様だけです。秘密を洩らさないために、僕は邸に監禁されました。強力な禁止物を使った、媚薬だったんです。ロンバルディ公爵家は、マッティア様にとって美しすぎて、羨ましくて、目障りだったんです」

「媚薬を試したんだろう? あれは、強力な効き目の媚薬だった。二人で耐えたんだ。セブエルと一緒に、遣り過ごした」

「キス」

 サミュエルは、当時デュメルジに居なかったことを心底、ほっとしていた。秀麗すぎる二人の兄が、乱れた姿は想像だに怖ろしい。

「後で教えて欲しい。今は我慢する」

 小さく耳元で言い切ったグレタが、笑みを噛み殺している。

 ヨエルとセブエルも、必要以上に顔を引き締めていた。

「ロンバルディ公爵家としての最優先は、アルフォンと無関係だと証しすることだ。無事に父親が名乗り出てきた。媚薬で何を画策したのかは、ロンバルディ公爵家には関わりなし。全ては魔法騎士団に任せる。アルフォンは、母親と共にデュメルジの郊外にいる。バルーノの取り調べが終わったら、案内をさせる」

「必要な事実は分かった。後は引き取る。宰相の解任を、スプリウス国王に魔法騎士団より進言する。サミュエルは、もうグレタ姫を泣かさないでくれ」

 リッカルドが、バルーノとマッティアを引っ立てて行った。


次回が最終話です。

もう少し、お付き合いくださいませ。

お読みいただきまして、ありがとうございます。

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