17 ロンバルディ公爵家の受難
兄様たちと一緒
苦い記憶なのだろう。二人は固く目を閉じてから言葉を零した。
「五年前」
「ああ、思い出しても忌々しい話だよ。ロンバルディ公爵家は、まんまと陥れられた。難事の後で、俺たちはデュメルジを離れた」
何度も口を押えて、セブエルが言葉を零した。
「菓子」
常に補足を加えるヨエルは項垂れて、言葉を詰まらせたように口を押えていた。
しばらく馬車がゆっくりと走る音だけが、馬車の中を満たした。
与えられた情報は少なすぎるが、グレタは何とか頭を搾ってみる。ロンバルディ公爵家は、家政魔法を重視している。思い付いたことを砂ぎ合わせる。
「えっと、毒入りの菓子でも食べて命に危険があったとか? 家政魔法が必須なのは、毒の除去のためって考えられます。毒なら――」
「びびぶっ、媚薬」
グレタの言葉を遮って、小さな言葉がセブエルから返って来る。
目の前に似る二人が媚薬入りの菓子を食べたと考えて、グレタは顎を落とした。眼前の美丈夫達を確認した。媚薬は、催淫作用がある。淫靡な気持ちが高まり、性的に興奮が増す。
「毒より、媚薬の方が怖ろしいかも? 顔が赤くなるとか、瞳が潤むとか、欲情が押さえきれない様子だとか、きいたことがある。二人に当てはめると。惨劇って様子」
「酷い」
居た堪れない様子のセブエルの顔は青褪めている。
「今より、色々増した美丈夫って、危険だあ。それは、歌っただけで孕むし、図書館の床が抜ける」
一瞬で子供ができると信じさせるほどの、剣呑な色気だとグレタは感じた。
「信憑性があるだろう。実際は、二人で食べてしまった媚薬入りの菓子の効果が収まるまで、図書館の地下に隠れたんだ。そこに、生まれたばかりのアルフォンがいた。父親は俺たちの色気に慄いて、逃げた。母親は出産直後で動けなかった」
赤子と一緒にいただけで、ロンバルディ公爵家と関りがあると判断されたのだろう。
「当時、ダジェロ辺境にいて直接には関わらなかったサミュエルが、遠くからアルフォンに関わり続けた」
グレタは、何度か咀嚼してから内容を確認し始める。
「えっと、話が全く分かりません。アルフォンは、ロンバルディ公爵家の三兄弟とは血縁関係はない。でもアルフォンの誕生で、二人はデュメルジを離れた。それで一番関りがなくて、潔白であるサミュエルがアルフォンを支えている。で、合ってます? 納得はしていません」
分からないことが多い。媚薬入りの菓子を、二人に食べさせたのは誰なのだろうか? アルフォンは何故、王立図書館の地下にいたのだろうか?
「ロンバルディ公爵家では、婚約者を誰も立ててこなかった。今回のサミュエルとグレタの婚約で、一気に注目が集まった。当然、騒がしくなると露見することも多くなる。グレタの周囲も騒がしかっただろう?」
今まで同じように魔法騎士団に所属しているグレタだが、浮かれたような日々を送っていた。今まで作って来た料理を思い浮かべる。
「私は、家政魔法に翻弄されて、疲れた。苦手だから、特に料理は回復魔法の消費が激しい。きちんとできたのは、ウフ・マヨネーズくらい。私より、サミュエル様の周囲は華やかだった。賑やかにして、何を焙り出したんだろう?」
ダジェロ辺境では、見せなかったサミュエルの姿だった。
「サミュエルの絢爛な状況で隠れたのは多分、グレタだろうね。サミュエルは、グレタを守っていたんだ。注目を集めた。そして、アルフォンの姿に動揺した男がいたんだ。グレタだけが我慢する今の状況を、変えるのはロンバルディ次期公爵だな。サミュエルじゃあないかもしれないぞ」
ヨエルの発言に、セブエルも頷いている。
二人の様子を交互に見ながら、ヨエルの言葉を考える。サミュエルの他に、誰がロンバルディ次期公爵になるのか気付いて、グレタは目を瞠った。二人は自らが、次期公爵となる可能性を示唆している。
「ええ?」
グレタの声と疑問を掻き消す蹄鉄の音が、直ぐ側に聞こえた。馬車の車輪を窓の外がうるさい。乱れた蹄の音が近づく。風が窓を叩き続ける。馬車が僅かにゆっくりになった。
「グレタに触らないで! 離れて、嫌よ」
サミュエルの声がした。窓の外から、馬を疾走させてサミュエルが迫って来る。馬が止まったと思った時には、扉が開いた。サミュエルは馬車に足を掛けて、半身を馬車に入れていた。
「女騎士とイチャイチャ、お茶会でベタベタ。グホッ、隠し子。最悪で最低。継承権剥奪、ゲホッ」
セブエルが咳込みながらも、何とか言い切った。
「驚いた。セブエルが単語以上を話すのは、本気の証拠だ。異常事態だ。次期公爵の権利を行使するために、兄弟全員が雁首揃えたって話だ」
クッと笑って、ヨエルが前髪を掻き上げると銀髪が花弁のように額に散りかかる。
「諦めろ」
言い切ったセブエルは、腕組みをしてサミュエルを睥睨した。
「説明すると、諦念は肝心だぞって言いたい訳だ。三男は、上を超えられない。グレタは、ロンバルディ次期公爵の妻になる。それがサミュエルとは限らない」
「私がなるのよ。渡さないわ。グレタの夫は私だけよ」
馬車が止まった。
「まずは、グレタから話してごらん。遅れてきて、役に立たない三男坊は、放っておく。天幕でのところから、始めよう」
「是非もなし」
二人の兄に凄まれて、サミュエルが押し黙った。似ている部分も多いが、明らかにサミュエルは典雅さが勝っている。グレタが焦がれた、優美さがある。
「私はエル姉様って思っていた」
だから最初から危機感なく側に擦り寄ってた。
「確かに私だって、勘違いに付け込んでいたわよ」
同時にチリチリとうなじに違和感を覚えた。そわ、と首筋を撫でてグレタが前のめりになる。
そのちぐはぐな心の動きが煩わしくて、グレタは作り笑いを浮かべた。
「ダジェロ辺境の天幕で、二人で共に過ごしたとは聞いている。二人の関係は良好なのか? サミュエルが女遊びをしたのは、初めてだ」
サミュエルが馬車に乗り込んできた。グレタの横に座る。
「あの、私も遊ばれたんですか?」
「違う!」
言い切るサミュエルの肩を、ヨエルとセブエルが握った。
「デュメルジでの振舞いは、婚約者にとって屈辱だ。サミュエルは全て間違った」
二人の腕を肩から引き剥がすように、サミュエルが腕を掴んだ。
「もう、グレタと私は後戻りはできない。責任を取る」
互いに力を込めた腕から、筋肉が盛り上がる。浮かび上がる筋が描き出す弧まで、優雅な様子だ。
「何だと。お前はどこまで不埒な行いをしたんだ? 結婚前にキスか? 一緒に食事をしたら、もう、目も当てられない。兄として情けない。俺たちは掟を守ると、しっかり誓い合った」
「弄んだ」
サミュエルと二人の睨み合いが続いている。
聞きながら、グレタはロンバルディ公爵家の兄弟が高い貞操観念を持っていると知って、瞠目した。結婚前に食事やキスを許さないほどの貞淑さを、婚約者に求めている。
サミュエルと目が合った。二人で過ごした時間の中で、発言できる事柄を選ぶ。より健全だとグレタが思える話題を出す。
「出会った時には、二人で食事をしたよね? 美味しいスフレオムレツを食べた」
弾かれたように、二人の手が肩から外れた。
サミュエルが頭を抱えて項垂れた。
「男女が一緒に? 同じ場所で? 何処で食べたんだ? サミュエルはいつから、そんな奔放で淫靡な技を身に着けたんだ?」
狼狽えるヨエルは、混乱したようにセブエルと手を取り合っている。
「あの、私は女性と思い込んでいました。綺麗なエル姉様から天幕でスフレオムレツを食べさせていもらって、私は嬉しかった。スプーンで揺れるスフレオムレツも、とってもエル姉様には似合っていた」
ロンバルディ公爵家の三人が、馬車の中で立ち上がった。
「負けた」
「食べさせる? 同じ皿から、同じ食べ物を、一緒に食べると行為だと理解する。ロンバルディ次期公爵はサミュエルだ。克服していたとは、侮れん」
誰が何に勝ったのか理解できずに、グレタは首を傾げた。
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