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16 美の競演

馬車の中で・・・

 腹に廻った手が離されて、グレタは顔を上げた。

 馬車の中には、丹精込めて作り上げた妖艶で艶冶な男と、日に焼けた逞しささえ色香が迸る男がグレタを覗き込んでいた。公爵家の馬車に断りもなく乗り込める二人だ。間違いようがない。グレタはでき得る範囲で、居住まいを正した。青藍の騎士服の裾を整える。

「日に焼けた文官セブエル様と、魅惑の歌手のヨエルロンのヨエル様で合ってます? 正解不正解に関わりなく、ちょっと乗車方法が乱暴だったから、一緒にいたメリッサとセストは誤解したと思います。ブルーノは自業自得で、魔法騎士団にしょっ引かれれるだろうけど――」

 目の前の二人に向けて、僅かな抗議を言外に込めた。

 後に残した二人が気掛かりだった。メリッサは転んでいた。セストはブルーノを押さえていた。グレタの事情に、若い騎士たちを巻き込んでいる。懸念ばかりが、グレタの口から零れ続ける。

「可哀想に、メリッサもセストもまだ若い騎士だから報告したはずだ。でも此方の二人には、助けていただきましたよね。ありがとうございました」

「正しい部分がほどんどだ。俺が長男のヨエル。兄弟の中では声が一番良くて、背も高い。セブエルは兄弟で一番の男振りだ」

 詳細に話すのヨエルは、軟らかくウェーブする銀髪が目に掛かる。二の腕に、筋肉が躍っている。

「是」

 必要最小限の応答をしたのは、セブエルだ。銀色の前髪をアップバングして額を見せている。白い歯が日焼けた肌から零れた。銀髪で縁取られた茶色の肌の中で、象牙色の歯の白さが際立つ。

 無駄に美しいロンバルディ公爵家とは、真実だ。

 サミュエルには、女性と間違えるほどの嫋やかな美しさがある。目の前の二人は、男らしい逞しさと、女を惹きつける色気が前面に出ている。美にも様々な分野と、各種の好みと、多様な種類があるのだとグレタは深く納得をしていた。

 魔法騎士団の官舎から勢いよく飛び出た馬車は、のんびりと車輪を動かしている。秋の落葉を敷き詰めたデュメルジの風景が、窓の外に見える。ほとんど止まりそうなほどの馬車に揺られて、グレタの青藍の騎士服の足がばらりと動いた。男の色気がダダ漏れする魅惑の二人の男が、同時に気怠げに長く息を吐いた。

 日に焼けた肌と伏せたセブエルの眼差しに、憂いがある。

 煌びやかな装いを着こなすヨエルは、視線を流した。

「輝く紅水晶のお嬢さん」

 低く風を揺らすような腰に響く声があると、グレタは納得した。

「二人の兄様の話は、サミュエル様から伺っています。王都には戻れない状況だと、聞いていてけど、帰って来たんですね」

「許せ」

 何度も言葉を咀嚼し、出し惜しんでから素っ気ない一言をセブエルが告げた。

「セブエルは、含蓄しかない発言をするんだ。愛しの殿方と婚約したのに、エスポジート子爵令嬢は浮かれてない。沈み切って濁った心に、届く歌がある。誰もが浮かれて踊る歌を、捧げる」

 グレタは慌てて手で耳を塞いだ。

「ヨエルロンの歌を、私は聞いてしまっています。二度目を聞くと孕むので、遠慮します。私を、グレタとお呼びください」

 ヨエルは肯定も否定もせずに、哄笑した。

「慎み深い様子だ。グレタのことを益々気に入った。歌を無闇に所望しないのは、淑女の嗜みだ」

 ヨエルの声には、歌っているのと同じように節が付いているようだった。語尾を伸ばさず、抑揚だけで心を揺さぶる声だ。

「良い」

 セブエルはぶっきらぼうで、言葉が極端に少ない。伏し目がちがだ、口角を上げて笑んでいた。

「セブエルは極度の口下手で、発するのは結論だけ。女の前では慎重になるのはロンバルディ公爵家の掟ともなっている。調理では家政魔法を使うのも、厳格に守る。何があったんだい? グレタの悲しみの原因はサミュエルだ」

 この馬車の中で最も相応しい話題であり、馬車の中が落ち着かなくなる話題でもある。対峙する二人はグレタには近過ぎる。振動で、舌を噛みそうにもなる。

「サミュエルが、政略結婚に踏み切った。婚約者を蔑ろにして、女騎士と遊び惚けるような訓練を繰り返している」

 現状を十二分に把握している様子で、ヨエルが話し続けた。

「是」

 グレタの返事を待っているセブエルが、言い聞かすように頷いた。

「ヨエル様の発言は、客観的には正しいです。状況は、隠し子のアルフォンの登場まで来ました。マッティア宰相も嗾けて、私を都合よく扱いたい男が側に来ました。婚約とは、心も弾まないで、胸も浮かれないのだと思い知っています」

 二人が首を振るっている。眉間に刻んだ皺が、サミュエルと似ている。

「何も説明がないのかよ? サミュエルは、そんなに愚かだったのか?」

「看過せず」

 セブエルは日に焼けた顔を歪めている。

「状況は説明されています。私は必要ないんです」

 サミュエル庇う言葉は、あまり長く続かない。グレタには伝える話が、ほとんどなかった。今まで起こったことを考えながら、続ける。

「天幕で過ごした責任を取って、サミュエル様は政略結婚を決断したんです。だから魔法騎士団で女と過ごしても、お茶をしても、隠し子と会っても――」

「悲惨だ」

 状況から浮かぶ感情を説明しているセブエルの言葉には、労わりのが滲んでいた。短いが、思いが籠っていた。

 気遣いを受けて、グレタは少しだけ前が向けた。励まされるように、グレタは言い切る。

「私への責任は、義務として果たすはずです」

 両手を差し伸べて、大仰に腰を屈めてから溢れる笑みをヨエルが向けてきた。

「他の言葉が浮かばないほど、俺は腹立たしい。今ならエレジーを、ありったけの情感を込めてお届けできる。歌おう」

 悲哀に満ちた歌の準備を始めたヨエルの軽い言い方は、グレタへの配慮が見える。

「孕みたくないので、きっぱりとご遠慮させてください」

「噂の孕むのも床が抜けるのも、原因がある。まだ因縁が続いている。アルフォンは、どんな少年だった? 疑惑の隠し子を思い出したくはないだろうが、頼む。思い出してくれ」

 思い浮かべた三人は、グレタに気が付かずに互いに微笑み合っていた。長く重ねた年月が感じられた。

「愛らしかったです。サミュエル様が抱き上げて、可愛がっていた。後から来た緑青色の髪の母親と一緒でした」

「外見は?」

 短く問いかけるセブエルの顔を見る。精悍な顎のラインは恰好が良い。アルフォンは全体的に丸かった。子供としても、手足は短かった。

 目の前にいるヨエルやセブエルは、手足も長く全身が引き締まった感じだ。サミュエルも、線の細さはあるが腕には鍛え抜かれた筋肉があった。

「髪も瞳も、煤けた感じの金でした。乾いた枯草の色だった。あれ? 可愛いけど、アルフォンは正直、あまり――」

 整った顔はしていなかった。おまけに、親子となるには色が合わない。

 トゥスクル王国には、多様の瞳の色や髪色がある。淡い金や銀は、華やかだと評された。鮮やかなや緑青や紅の色もある。碧や茶褐の髪も瞳もあった。髪や瞳の色は、親から子へしっかりと遺伝する。

「アルフォンには、ロンバルディ公爵家の血は一滴も入っていない。事情があって、サミュエルではなく、ロンバルディ公爵家が関わっている」


投稿まで、随分間が空いてしまいました。

お読みいただきまして、ありがとうございます。

本日は、もう一度投稿する予定です。よろしくお願いいたします。


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