15 魔法騎士団大混乱
グレタを慕うのは・・・
息を乱して倒れたセストに、リッカルドは手を伸ばす。腕をしっかと抱え込んだ。年相応、セストの腕はまだ細い。
リッカルドを押し退けて、サミュエルが走り出した。足が気持ちに追いつかないようで、サミュエルは転びそうだ。
リッカルドはセストを担いで後に続く。
「セストは第十部隊の所属だ。俺に報告しろ。グレタに何があった?」
リッカルドの言葉に目を吊り上げるサミュエルを突き飛ばすように、幼い少女が駆け寄って来た。右手を挙げている。
肩の上から手を振って呼びかける。
「メリッサ、ここだ。セストは俺の肩の上で伸びている。グレタ姫の第二報だろう? 右手が上がっているなら――」
右手を上げた騎士の伝令は、状況が好転している場合が多い。
メリッサは第十部隊に所属している。サミュエルを見つけたメリッサの瞳に、見た覚えもない険が燃え立った。
「報告します。グレタ様が乗せられたのは、ロンバルディ公爵家の馬車でした。暴言を吐き悪口を連ねてたブルーノから、グレタ様を守ったと考えられます。ブルーノは第十部隊で捕らえています」
メリッサの言葉に一様に、安堵の息を長く吐く。ロンバルディ公爵家の馬車なら、グレタは無事だ。
息に被せるように、メリッサが大声を出した。
「もう! あの野郎、汚い手をグレタ様に伸ばした。許さない。お慕いするグレタ様の周りには、許せない男ばっかり!」
刹那、皆が足を止めて視線を絡め合わせた。互いに思いを測り損ねる。
「ここにいる全員が、グレタ様を心配していることだけは事実です。もう、走れます。下ろしてください」
自棄に冷静な声音が、肩の上から返って来た。セストは軽く屈伸をしてから、走り出した。
呆けたサミュエルは瞠目した後で、騎士団の厩へと向かった。
後を追う。
「グレタの姿を見るまでは、安心できない。一度、タウンハウスまで戻るわ」
「ブルーノは処罰対象にする。攫われたのは早とちりかな? セストの状況説明が不十分だ。何を見てどんな様子だったが報告しろ。ゆっくりでいいぞ。家政魔法の授業の時間だっただろう? メリッサも一緒だったんだな」
リッカルドの言葉に、僅かに歩みを緩めてサミュエルも振り返った。
確かに、常の馬車にグレタは乗ったはずだ。
だが、セストは誘拐だと判断した。
二つの事実には、大きな乖離がある。上司のリッカルドに判断を仰いだ理由を、確認する必要がある。
促すように、メリッサが口火を切った。
「お茶の準備をしていたら、浮足立ったサミュエル様の反吐が出るほど楽しそうお茶会情報を、勝手にブルーノが伝えたんです。だから確かめに行きました。そこは、もっと凄惨で腐臭に満ちた状況でした。思い出しても吐き気がします」
メリッサの言葉には、明らかな敵意がある。恨み辛みを織り交ぜた全ての棘が、サミュエルに向かっているのを感じる。
気まずそうなサミュエルの視線は、下を向いていた。
「サミュエル様が抱き上げた幼い少年を見て、グレタ様の顔が白くなりました」
もどかしいほど慎重な口調で、セストが話を続ける。
「枯草みたいなぱさぱさの金髪で、瞳も同じ色の男の子です。名前を愛おしそうに呼んでいました。鼻の下を伸ばしちゃって『アルフォン』って何よ? 緑青色の髪の女といちゃついて、猥らな婚約者に決定で、隠し子まで。最低です」
アルフォンとの姿を見られたのは分かっていたようだが、サミュエルは認めたくなさそうにもっと下を向いた。
何度も唇を噛みながら、セストはリッカルドの要求に応じるために懸命に口を動かす。思い出すためだろうか? 時々、中心に向かって力を入れるように顔を歪める。
「セストったら、そんなに顔をしたら、グレタ様への思いが隠せないよ。私だって必死に我慢している。酷い婚約者なんか、グレタ様に必要ない!」
「グレタは、私の婚約者なの。お生憎さま」
易い挑発にサミュエルが煽られる。些か根に持ったようなサミュエルに、今までは感じなかった人間味を感じる。
リッカルドは、瞬いた後でサミュエルの顔を見詰めた。
「皆が苦い顔をしているのに、サミュエルが一人涼しい顔だな」
「グレタがこの顔を褒めてくれているから、崩さな――」
自ら零した言葉に、サミュエルは瞠目していた。
「グレタが認めてくれただけで、他の何ものも要らないと感じるんだろう」
―――☆彡☆彡☆彡―――
「認めて――」
リッカルドに楯突く前に、口が大きく開いてしまった。
グレタは、サミュエルの存在をどう感じているのだろうか? サミュエルの行動の全ての前に、グレタに届ける思いがある事実に気付いているだろうか? 居た堪れない不安が、消えることのない波となって押し寄せて来る。サミュエルを揺さぶる。
「隠し子を見た後で、ブルーノがグレタ様は騙されているって言い張ったんです」
セストの説明が、核心に近づいてくる。聞き漏らしはできない。セストの感じた違和感を拾う。
「何度も都合のいい女になっているって、グレタ様を貶しました。あの美しいグレタ様をブルーノが扱き下ろした。悔しくて、私は泣きそうだった。でも泣かない。ブルーノごときに泣かされないわ。他にもっと許せない男がいる!」
セストの思いを補うメリッサの言葉で、グレタの身に起きた不愉快な出来事が再現されていく。
「ブルーノが俺を選べって言って、マッティア宰相も望んでいるとか、話してました」
「ちょっと待て。ブルーノはマッティア宰相の関係者だった。カラビア伯爵家の三男で、十八歳って都合が良すぎる。グレタ姫に近づいたのは、思惑があったんだな。おい、ロンバルディ公爵家との関りはあるのかよ?」
魔法騎士団に入隊する期限の年齢が十八歳だ。カラビア伯爵家は子沢山の没落寸前で、マッティアが駒として使うにはお誂え向きだ。
サミュエルは、ブルーノを思い出す。太っていて、慇懃な様子だ。髪と瞳の色が乾いた枯草に似た金色だった。ロンバルディ公爵家との直接的な因縁は、思い当たらない。
首を傾げて黙り込むと、俯いていたメリッサは、憤然と顔を上げた。
「サミュエルがグレタ様を蔑ろにするなら、私が支えます。男には任せません。私とは結婚できなくとも、お慕いする気持ちは伝えます。私にはグレタ様を思う気持ちがあるんです。サミュエル様とは違います」
「メリッサ? 慕うって、姉のようにってことだろう? 結婚て?」
リッカルドが、おずおずと言葉を挟んだ。
「全てが違います。私はお側にいられるだけで、満足です。でも、グレタ様が不幸になるなら。考えます。だから、馬車を追わなかったんです。ロンバルディ公爵家の馬車には、誰か乗っていました。少なくとも、あの馬車はグレタ様の窮地に駆け寄ったんです。隠し子を抱き上げていた婚約者は、駆け寄りもしなかった」
「第十部隊は個性的なのね。でも、婚約者は私よ。メリッサは諦めてね」
「まだ望みはあります。グレタ様を、そっと見守ります。リッカルド隊長だって、私をグレタ様と一緒にいるように計らってくださった」
「俺は無実だ」
呟いたリッカルドがメイスを振り上げた。風が起こる。リッカルドが魔法を使うのは、緊急時のみだ。
「指令は出した。マッティア宰相とブルーノの尋問を始める。宰相が目をかけているのは、お喋りな男だった。簡単に尻尾が出すだろうよ。で、セストは馬車に乗ったグレタに何を感じたんだ? 好きとか嫌いとか言い出すな。事実だけを話してくれ。メリッサは黙っていろ」
リッカルドが顎を突き出した。
「立派は馬車で、でも奇妙だった。いつも、グレタ様が乗る馬車なのにな。俺は、何故に、攫われたと思ったんだ?」
焦るサミュエルの肩を掴んで、リッカルドがセストにゆったりとした声を掛けた。
「違和感は大切だ。じっくりと思い出せ。しっかりと捉えろ。自分の感覚を信じるんだ。セストは正しく見切っている」
頷いて、目の前でその場が見える動きでセストが右に首を動かす。
「私が邪魔しちゃったの。突き飛ばしてくださった。私を庇って、グレタ様は逃げ遅れた」
メリッサの左半身は、泥に塗れている。
「ブルーノを制した時に、馬車が来たんだ。急に扉が開いて、グレタ様が中に引き込まれた。で、竿立ちした馬がいきなり全力で走り去った。起きた出来事から見ると、攫われている」
「でも、ロンバルディ公爵家なら拐かす必要はないわよね。グレタ様は安全だって思った、違うのかしら?」
セストの呟きが零れた。
「何で普通に馬車へ乗らなかったんだろう?」
ロンバルディ公爵家の馬車と聞き、サミュエルは混乱しつつも行きついた結論は一つだった。
「アイツらが、来たのかしら?」
サミュエルは馬に飛び乗った。
お読みいただきまして、ありがとうございます。




