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ニール公爵への断罪

帰宅すると、裾が汚れているのに気づいた侍女が

「あらまあ!大変!」

と言って慌てて湯浴みの準備をした。


「今日のオイルはとりわけ素晴らしくて、ユーカリから抽出したオイルにグレープフルーツから抽出したオイルを混ぜていますわ」

「なるほど確かにいい香りだわ」

私はつるっと足を撫でた。


(私にはここで沢山の使用人やお父様と暮らせるのが幸せよ…誰かと添い遂げるなんてもう、どうしても考えられないのよ…)


だが、淑女のつとめは婚姻し子をなすこと。

その事実は変わらないのだ。

本当の私を愛してとまでは言わない、夫婦として共に生活するだなんて、私はそんなふうに思えるほど強くない。

考えるだけで気持ちがもたない。



着替えてお茶を入れてもらい一息ついた。


「お嬢様、お土産ありがとうございます。皆喜んでいました」

「そう、レーラはちゃんと好きなの選んだ?」

一番年下のレーラはいつも遠慮がちだ。


「りんごのタルトは譲れませんでした!すごく美味しくて、頬が落ちそうでした…」

短くため息をついて恍惚の表情になる。


「ふふ、レーラはりんごが好きだものね」

「…お嬢様は不思議です」


私は首をかしげる。


「私たちの好きなものも誕生日も覚えていて…」

「あら、レーラはお姉さんがいたわよね、好物くらい覚えているでしょう?それと同じだわ」

そう言うと、下を向いてもじもじするレーラ。


「そうね、今日行ったお店にりんごのコンポートも売っていたから今度買いましょう」

「ええ!?良いのですか!?」


こうして穏やかな時間が過ぎて行った。





✳︎ ✳︎ ✳︎





それから私はしばらく羽を伸ばして好きなことをして過ごした。


久しぶりに参加してみようと出席した男爵令嬢の成人を祝うパーティ。


(やっぱり視線が刺さるわね…)


本日の主役、パルマ・ロセッティ男爵令嬢が近づいてきた。

「まさか、本当に来ていただけるなんて。嬉しいですわ」

「パルマ様、この度は誠におめでとうございます」

「ずっと篭っていらっしゃったのでしょう?来なかったらどうしようかと思いました」

「…パルマ様の成人祝いのパーティですもの、何を置いても向かいますわ」

言ってて何とも白々しいなと思った。

私はこのご令嬢が好きになれないのだ。

言い方に全て裏がある。棘がある。妬みが含まれている。


「そうそう、貴方に紹介したい人がいましてよ」

ぐいっと男性の腕を引っ張り強引に連れてきた。


「セレン!?」

連れてこられたその人は、ニール公爵だった。


「私、ニール公爵と婚約しましたの」

ニール公爵はギョッとした顔をする。

私がここに来ることは知らなかったようだ。

婚約破棄から1ヶ月でもう次の婚約が決まったのか。

(あんなに絶望してたのに、貴方の焦がれた恋ってそんなものなのね)


パルマはなおも続ける。

「セレン子爵令嬢と婚約されていたことは存じております。でも、私…ずっとニール公爵をお慕いしておりましたの」

「…左様でございますか。それはおめでとうございます」

「あら、泣いて縋ったと聞きましたが…」


(それはニール公爵がよ)


「もうよさないか」

ニール公爵はパルマを窘める。


「いいえ、大事なことです。これから貴方の妻になると言うのに心配しますわ。釘を刺しておかないと」


(釘を刺す相手を間違えているわね)


「そのような未練はございませんので、どうかお気になさらず」

私は清々しいほどの笑顔で言うと、パルマは顔を真っ赤にした。

持っているワインを掛けられそうな勢いだ。


(このままでは危険ね。すぐ退散しましょう)

「では私はこれにて、ごきげんよう」

お辞儀をして立ち去ろうとすると

「待ちなさいよ!」

パルマは私の腕を掴んだ。


「まだ何か?お離しになって?」

「ならなぜ籠っていたのよ。未練があったからでしょう!?」


(それはこういう面倒なことが嫌だったからよ…)


ニール公爵はおろおろするばかりだ。


そこへ、明らかに周囲の貴族達とは違うオーラを持った長身の男性が割って入る。

「レディ、今日は祝いの席。争いの声は似合わないでしょう」

整った顔でにっこりとパルマへ微笑んだ。

その低く良く響く声に、艶のある黒髪に、彫刻のように美しい顔に、パルマは見惚れた。


「パルマ男爵令嬢、この度は成人、ご婚約どちらも誠におめでとうございます」

と突然祝われ、声の主に、明らかに好意を持ってしまったパルマはハッとした。


「騒ぎ立てしてしまい、大変失礼致しました」

私は丁寧にお礼を述べた。


「私は、ロイド・ライアンハートと申します」


ギョッとした。

ライアンハートといえば、王族ではないか。

周りを見れば、ご令嬢達が熱のこもった視線を寄越している。


「王族の方とは存じ上げず、重ねて失礼しました。セレン・ウエストバーデンと申します」


すると、ロイドにすっと手を取られて口づけを落とされた。


「なんと美しいご令嬢だ。ウエストバーデンといえば子爵家、父君の領地運営の手腕はよく聞こえてくる」

「ありがとうございます」

「セレン・ウエストバーデン…僕は君を妻に迎えたい。君の美しさを側で見つめていたい」


ホールが俄に騒めき出す。

卒倒してしまったご令嬢に使用人が駆けつける。

パルマは怒りに燃えた顔で私を睨みつけた。

ニール公爵はパルマに慌てて声をかけるが、手を振り解かれている。


「お断り申し上げます」

お辞儀をして言った。


「なっ、なぜかな?」

「私はたかだか子爵令嬢。婚約も、そこにいるニール公爵に破棄されました。貴方様とは釣り合いが取れません。それに…むしろなぜ突然の求婚を受け入れると思ったのでしょう」

彼が握る手をするりとすり抜ける。


「美しさを隣で眺めて…それでどうするのです?美しさなど10年もすれば衰えますわ。そんな不確実なものに私は首を縦に振れません」

失礼します、と短く言ってお辞儀をした。

ロイドは去っていく私に手を伸ばして空を握る。


「そうそう」

振り返ってポカンとしているニール公爵とパルマに笑みを向ける。

「我がウエストバーデン家はニール公爵のお父君に多額の貸付をしておりましてよ。私と婚姻することでご破算になるはずだった公爵家の借金、きちんと返していただくことになりそうですわ」


「そんなはずはない…!ウエストバーデン家はドレスも買えないほど貧しいのでは…」

「だから、それは貴方のお望みに付き合って差し上げたまで。ウエストバーデン家はこの国でも指折りの資産家でしてよ?」

二人とも絶句している。


「我が家にとっては特に旨味のない縁談話。貴方がどうしてもと言うから、父が折れたのですよ。お分かりになって?」


「聞いてないわよ!」

「お、俺だって知らないよ!」

遂に二人で言い合いを始めた。


「だから言ったでしょう?父君によくよくお伝え下さいませと。それから、痴話喧嘩は他所でやってくださいませ」

パルマは見せつけたかったのだ、私に。

私の元婚約者と幸せそうなその姿を。


「そうそう、それから、ニール公爵は、破談を突きつけておきながら、やっぱり破談は取り消してほしいと泣きついてきましたのよ?それはそれは愉快でしたわ」

「はあ!?」

パルマはニール公爵を睨みつけた。

「しかも我が家に借金まである。よくよくお考えあそばされたほうがよろしいわ」


そして、私は祝いの席を後にした。

本日もう一話投稿します。

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