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カイエンの昔語り(前半カイエン視点)

伯爵である父には本妻がいた。

その本妻には男児が一人と女児が二人。


つまり、兄と僕は妾の子どもだ。


籍が入っているとかいないとか、別の家庭があるだとか、そんなこと知りもしない僕は一度母に聞いたことがある。「どうして父様はあまり家に帰ってこないの。お仕事が忙しいの」と。

あの時の困ったような悲しいような顔は今でも忘れられない。


母は良くケーキを焼いた。

父が来る日は決まってチーズケーキを作っていたけれど、僕達兄弟はチーズケーキを一度も食べたことがなかった。


父のために焼いたステーキに添えられたレモンの余りで作ったウィークエンド。

口いっぱいに頬張った。



兄が九つで僕が七つの時、本妻が乗り込んできた。

その日はたまたま父が家に来ていた。

本妻は刃物を持って佇んでいたのを覚えている。

母とは正反対の、そこにいるだけで化粧の香りがするような女だった。

僕と兄は父が気まぐれに買ってきた兵隊の人形で遊んでいた。

僕達のことを睨むと、本妻はこちらに向かって襲いかかってきた。

それは突然の出来事で、僕も兄も固まって動けなかった。

母は咄嗟に父を庇った。

それを見た本妻は顔を真っ赤にして激昂した。

そして、標的を変えて母を滅多刺しにしたのだ。

既に事切れた母に覆いかぶさって、息を切らしながら、目を剥いて何度も。

父はその姿に怯え、ひいひい言って震えていた。

やがて本妻は疲れたのか、壁にもたれ掛かった。

「あなた、一体何をやっているの?あの子、死んだわ」

本妻がそう言うと、父は信じられないと言う顔をして絶叫した。

「熱はあったが今朝は元気だったじゃないか」と。

隣に母の死体が転がっているのに。

「なぜ居てやれなかったの?この女とその子らのせいなの?」

ボサボサの髪をかき分けて言った。

兄はぎゅっと僕を抱きしめた。


父は去り際「強盗が入った、分かったな」と言って母に見向きもせず出て行った。


「母様…」

呼んでも揺すっても、重たく床に落ちてしまった泥の塊のような母の姿に絶望以外の言葉が見つからなかった。


結局本妻はこの事件から三日後に捕らえられ、次の日処刑された。





✳︎ ✳︎ ✳︎





「兄と僕は別々の家に養子に出されましたが、今でも時々会っています」


カイエンの母は殺されていたのか…。

私はなんと声をかけたら良いのか分からない。こんな時に励ますのも違うと思う。

カイエンはカイエンなりに時間をかけて咀嚼をして、成長しながら社会を学び、少しずつ飲み込んでいっただろう。


「すみません、暗い話になってしまって…でも一緒に暮らすことになればいつか話さなければならないことですし…なんというか…」

「お話くださってありがとうございます」

「え?」

「カイエン様が、私に大切なお話をしてくださった。辛い思い出を、きっと思い出すのも苦しい話を…」

「そう、ですね。苦しいです、辛いです」

カイエンは丸まるようにテーブルに突っ伏した。

私は恐る恐る髪に触れる。思ったよりも少しだけ硬い髪。


「養子先のホワイト家は本当に良くして下さったのです。でも、優しくされると思うのです。母は、僕の母が本当に守りたかったものは…」

涙で濡れた瞳で私を見た。

私はハンカチでカイエンの頬を拭う。

「カイエン様とお兄様だったのでしょう。お母様の守りたかったものは」

「やはり、そう思いますか」

「子どもから殺人鬼を引き離すために、咄嗟にとった行動でしょう。自分が子どもの元に向かったら、標的が纏めて殺されるだけですもの。でも、お父様の元へ行けば…」

「僕達は逃げることもできるし、父がきっと止めてくれる、そう思った?」

そうはならなかったけれど、でも子どもたちは守ることができた。


「…セレン様、僕はずっと母の思いに気付きながら受け止められなかったのです。僕達のせいで死んだのだろうかと。そして父に対しては、なぜ震えるばかりで反撃もしなかったのだろうかと。そして、なぜなかったことにしようとしたのかと」

強い力で握られた拳は白く鬱血していく。

「僕は…怖がりですか?」

私はふるふると頭を振った。

「いいえ、僕は怖いのです。あの日の夢を何度も見る。だから、僕は騎士になった。あの日の母を救える位に強くなりたいのです」


私はカイエンの拳をそっと包む。

僅かだが、力が緩んだ。

「今の貴方なら造作もないこと。でも、その時の貴方は一人で生きるのも覚束ない、子どもでした」

「そうです。ガキでした。だから許せない。自分が許せないのです」

「貴方は…」


なんとなく気づいてはいた。


「貴方は無垢なものが怖いのですね」

続きは明日15時ごろ投稿します。


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