あなたは誰?
雨の日にシトロンタルトを食べた。
ミルクレープを食べた日は、虹が出ていた。
暑い日にはジュレを食べた。
あれもこれも、カイエンと一緒に食べたいものばかりだ。
そして南の領地に来てから、一ヶ月が経った。
カイエンとは結局、会えていない。
(それはそうよ。期待はしていないもの)
それでもカイエンからの手紙は三日おきに届いた。
クッキーを食べながら考える手紙の返事。
十通を超えると、なかなか書くこともなくなってくるものだ。
結局相手の身体を思いやるような文面に傾く。それが十通。
だから、偶には思い切り違うことを書くことにした。
さらさらと思うままに書いてレーラに渡した。
「手が空いている時でいいから」
と言ったが、年下の侍女は軽い足取りで、すぐに持って行った。
頬杖をついて開け放たれた窓の外を見る。
潮風の香りと午後の日差しに心なしか微睡み、蕩けそうになる。
少しだけ瞼を閉じた、その時、俄に慌ただしい足音が聞こえた。
「お嬢様!今日もお手紙が届いています!」
レーラが息も切れ切れに手紙を届けてくれた。
(ここに来てから、いつも三日おきなのに。昨日届いて一日と空けずに届くなんて…)
少しだけ胸がざわつく。
何かあったのだろうかーー
手紙を開いてみる。
そこには滲んだ文字で
『今日の夜、波止場まで来て欲しい。毎日君を思って枕を濡らしている。愛しい君。』
と書いてある。
「………」
「どうされました?」
「…なんでもないわ、いつもの手紙よ」
レーラはにこにこしながら紅茶のおかわりを注いだ。
私はレーラに見えないように、手紙を書いた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
夜、私は別邸をこっそりと抜け出し、波止場へと出向いた。
「なにかしら?」
よく見ると、花束が置いてある。
近づいて拾い上げると、その花束は枯れていた。
「薔薇?」
突然、後ろから声がする。
「やっぱり来たか。お嬢様は警戒心がないんだなあ」
私は振り向き、声の主を見る。
「あの手紙は、彼が書いたものではないことくらい、すぐに分かりましたわよ」
「騙された負け惜しみかな?」
「いいえ?カイエン様はあんなダサい言葉を選ばないからよ」
花束を投げつける。
「これはあの時、私に差し出した花束でしょう!?わざわざ取っておいたなんて、いい趣味だわ。ニール公爵」
黒いローブを被ったニール公爵は、数日間の謹慎が解かれたばかりのはずだ。
「君がここにいると風の噂で聞いてね」
「だからと言って後をつけてくるなんて、気味が悪いことをされるのですね」
私は僅かに後退りした。
「お嬢様が護衛もつけずに来るなんて、父君は泣いてしまうだろうなあ」
(むしろ、誰も連れてこないで良かったわよ…別邸にはご老体ばかりだもの…)
護衛をつけたのは行き帰りだけだ。
ニール公爵の手が伸びる。
「よくも俺を騙したな」
「騙す?なんのことかしら?」
「あんな不気味な身体、知ってたら二度も求婚なんてするか!」
ギリっと歯軋りの音が聞こえる。
「お前のせいで謹慎処分も食らった!父は早いところ甥っ子に家督を譲れとまで言い出した」
「それをなんと言うか知っていまして?」
私はニール公爵を見据えた。
「自業自得というのですよ」
「くそがあああああ!」
ニール公爵は私の肩を掴み、物凄い力で私を海に突き飛ばした。
伸ばした手は空を掴み、波は飛沫を上げた。
重みを増して沈んでいくドレス。
月が水面を揺らしている。
夜の暗闇を集めた海の中は、恐ろしいほどに
静かだった。
続きは明日15時ごろ投稿します。
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