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婚約破棄されました。

侍女は私の豊かな黒髪を無造作に結った。

「お嬢様、私、この仕事が世界一嫌いです」

と言ってため息をつく。


まるでコップの底のように分厚い眼鏡をかける。

「ごめんなさいね、嫌な思いをさせて。ふふっ奇遇ね、私も嫌よ」


亡くなった母の部屋から、一着柿色のドレスを拝借した。


ひと昔、ふた昔前のデザイン。

懐かしい母の匂いがふと香った気がする。

(あまり外に着ていくのは、この香りが薄れる気がしてしまうけど…)


「さあ、行きましょう」





✳︎ ✳︎ ✳︎





こちらを見もせず、お茶をすすっている男。

イライラしているのが伝わる。

ニール公爵だ。

「セレン、婚約者に会うってのに口紅のひとつもしたらどうだ」

「恐れ入りますが、その件については…」

「ああ!もういい!もういっそテーブルを分けたいくらいだ」

なんという言われよう。

私はずり落ちてくる、重たい眼鏡を直した。


「それ、その眼鏡。君はそれをかけないと見えないのか!?」

嫌悪感を隠さずに指を刺された。


「お嫌でしたら外しましょう。でもこれは…」

「でも!?この私に口答えとはお高く留まったものだよ、セレン・ウエストバーデン子爵令嬢」


私はすっとお茶を口につけた。


「今度はだんまりか!?」

「では私はどうしたらいいと言うのでしょうか?どうぞ正解をお答えになって?」

明らかにニール公爵はムカッとした。


「もう限界だ!セレン!お前との婚約は破棄させてもらう!そもそも僕と君では身分が違いすぎるからな!」

音を立ててナプキンを叩きつけた。


何を言うのだろうか。


(あなたが望むから、あなたのお父様がどうか息子と結婚してやってくれと縋ったんじゃない)


私は席を立ち、綺麗にお辞儀してみせた。


「承知しました」


こんな時こそ、ゆっくり丁寧に、そして優雅に。


(ニール公爵と婚約して2年。ご令息だった彼は、初めからこんな態度だったわね。その時の前公爵の慌てようったらなかったわよ)


そもそもニール公爵が私に一目惚れしたというから父君が東奔西走して私を見つけ出したのだ。



冷たく、睨む様なニール公爵の目。

私は重たい眼鏡の位置を直す。


「その分厚い眼鏡も野暮ったいがね、その時代遅れのドレス。センスのかけらもない。貧乏臭い子爵家はこれだから嫌なのだ」


この男になぜここまで毛嫌いされなければならないのか。

見た目で受け付けないと言う。

それはあなたが望んだことなのに。


「まったく、僕は"月花の君"と婚約したいと言ったのだ。父はとんだ人違いをしたものだよ。やっと婚約に漕ぎ着けたと思って来た相手が君で、初めて会った日の夜、父に猛抗議したさ」


誰のために息子が見初めた相手を探し出したと思っているのだろう。

その苦労を労いもせず猛抗議とは、父君が気の毒だ。


「父から公爵位を継いだ今、僕は胸を張って月花の君に求婚すると決めたのだ!」

「左様でございますか。それでは父君にもよくよくお伝えください」

「相変わらず可愛げがない物言いだ」


あなたのいっそ清々しいまでの高圧的な態度より百倍マシだと思う。


「言っておきますが、婚約は破棄されましたので、私に縋りつかないで下さいませね?」


するとニール公爵は一瞬目を大きく見開き、それから思いっきり笑った。

「何を言うかと思ったら!僕が?君に?」

ひとしきり笑って言う。


「そうですか。ではもう会いに来ないで下さいませね」


「今までだって君に会いに行ったことなんかないだろう?そんなに負け惜しみが言いたいのか?私が会いにいくのは、月花の君、ただ一人だ」

そう言って、去り際手をヒラヒラと振られた。



ーー月花の君?なんだそれは。

私は聞いていて吹き出しそうになった。

思い切りダサいネーミングセンスを付けられたものだなあと。

本日何話か投稿予定です。

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