信頼してるんです
私はギャレット様の、ロゼッタはマティアスの荷車を後ろから押して走る。
「他に逃げ遅れている奴らはいないのか?」
「今自警団員の者達が手分けして付近の住民の避難誘導をしているものと思われます。北の森近辺では一番孤児院が遠いですから、おそらくここが最後かと」
「そうか」
マティアスの流れるような報告に、ラインハルト殿下はただ頷く。同い年とはいえ、父親と一緒に自警団員として働いているマティアスはこういう時頼もしい。
一心不乱に走り続け、やっと森を抜ける。広い畑の続く平野は、それまで人がいたであろう痕跡がそのままになっていた。マティアスの言った通り、みんな避難したんだろう。
「アンジェリーク様、城門が見えてきました。もう少し頑張ってください」
「わかってる、けど、早く着いてっ」
「情けないな。助けに行って自分が真っ先に潰れてたら意味ないだろうに」
「……うっさい、ロゼッタに負けたくせに」
「あぁ?」
「なんでもありませんっ」
ロゼッタは例外として、あんた達男性と女性の体力差を考えろっての。しかも、私はつい最近運動し始めたばっかなんだから。そんなすぐに持久力ついてたまるか。
息を切らせて走る私を見て、荷車に乗っている子ども達が「大丈夫?」と心配そうに声をかけてくる。なんとか笑顔で返しているけれど、子どもにまで心配されるレベルなのがちょっと情けない。
「あ! 何あれ?」
私を心配してくれていた子が、後ろを指して声をあげる。思わず全員が振り向いた。
その先、何か動くものがこちらに近付いてくる。よく見ると、それはダークウルフの群れだった。
「魔物だ!」
一人の子がそう叫ぶと、荷車に乗った子ども達から悲鳴があがる。くそ、子ども達がいる分こっちが不利。スピードも全然違う。
「殿下、どうしますか?」
ギャレット様がラインハルト殿下に指示を仰ぐ。
「みんな先に行け! ここは俺が……」
そこまで言って、ラインハルト殿下は口をつぐんだ。何かを思い出したのか、悔しそうに歯を食いしばる。
「殿下?」
「……っ、なんでもない。できるだけ急ぐぞ」
殿下はジゼルさんを背負ったままスピードを上げる。そんな彼の様子を、ロゼッタはただじっと見つめていた。
「これって、ロゼッタの言ったことをきちんと理解してるって解釈でいいのかな?」
「さあ。ですが、無茶を踏みとどまったのは良い判断かと。今殿下が足止めに向かえば、近衛騎士のギャレット様もついていかれるでしょう。そうなれば、子どもの半分は危険に晒されかねませんから」
「そっか」
ロゼッタと目が合う。彼女はもう次に私が何を言うのか察知しているようだった。
「ロゼッタ、ダークウルフは任せた。みんなが城壁の中に入るまで、なんとか時間稼ぎして」
「承知致しました」
ロゼッタが荷車から離れ、ダークウルフの群れに立ち向かう。ラインハルト殿下は、その様子を見て私に冷たい視線を送った。
「非情だな、あいつ一人に任せるなんて」
「違いますよ。信頼してるんです。彼女なら一人でも大丈夫だって。ちゃんと時間稼ぎしてくれるって」
「信頼だと?」
「殿下も信頼されていらっしゃるのではないですか? 兵のみなのこと」
「それは……」
殿下が答える前に、後ろで地上から空に向けて派手な炎の逆カーテンが上がる。ロゼッタはその真ん中で、残ったダークウルフを剣で倒してはこちらに走って逃げて来ていた。
「ね? うちの侍女強いでしょう」
ふふっと笑う。殿下はふんっと鼻を鳴らした。
だんだん城門へと近付く。門の近くで、自警団員の数人が早く早くと手招きしていた。
再び背後で爆発音のような激しい音がする。子ども達は、「すごーい!」と無邪気に歓声をあげていた。
「アンジェリーク様の言う通り、ロゼッタさんって強いんだね」
「そうよ。彼女、人類最強なんだから」
「わあ、すごい!」
子どもは純粋だ。大人とは違って、ただ心のままに相手を評価する。今はその純粋さが心にしみた。
とにかくがむしゃらに走る。すると、やっと城門に着いた。私は荷車から離れ、門前でロゼッタが来るのを待つ。
「ロゼッタ、急いで!」
彼女の後ろには、まだ複数のダークウルフがまとわりついている。ロゼッタは再び炎でそいつらを蹴散らすと、やっと私に追いついた。
「遅くなりました」
「全然。助かったわ、ありがとう。全部が終わったらちゃんと褒めてあげるね」
「約束ですよ」
言い終えて、二人とも門をくぐる。そして、自警団員の人達がざっと周囲を見渡すと、ダークウルフが来る前に門を閉めた。




