院長先生は?
私の隣で、ロゼッタが大きなため息をつく。
「子ども苦手そうだなって思ってたけど、ほんとに苦手なのね」
「はい。せめて、事前に教えておいてください。心の準備が必要です」
「やだ。あんなに石のように固まったロゼッタ見るの面白い」
「ここに置いていきますよ。気絶させて」
「ごめんなさい。調子に乗り過ぎました」
こんなことをしてる場合じゃないと、荷車に乗り込む子ども達の手伝いに入る。外へ出ると、もう木や草の焼け焦げた臭いが漂っていた。
幼児くらいの小さい子達は再び泣き始めるけれど、今度は小学生くらいの子達がおチビちゃん達を「大丈夫」となだめ始める。みんなの協力のおかげで、乗り込みは思っていたよりスムーズに終わった。
「もうこれで全員か?」
「はい」
子ども達の数を数えていたジゼルさんが頷き、孤児院の中を点検していたマティアスとギャレット様が手を挙げてもう誰も残っていないことを確認する。
あれ、と思い、私はジゼルさんに声をかけた。
「ジゼルさん、ジルとルイーズはどうしたんですか?」
「今朝早くクレマン様のお屋敷に行くと言って出かけましたよ。まだ着いてませんか?」
「私も朝早くにお屋敷を出たので、二人の姿を見てなくて」
「もしかしたら、私達とすれ違いでお屋敷に着いているのかもしれません」
「そうね……」
「おい、そろそろ行くぞ」
ラインハルト殿下にせっつかれ、胸に沸いた一抹の不安を抑え込む。そして、ギャレット様とマティアスが荷車の前へスタンバイした。
しかし。
「ちょっと待って。ジゼルさんも乗った方がいいんじゃないですか?」
大人とはいえクレマン様をお坊ちゃまと呼ぶほどのご高齢。屋敷まで走りきれるとは到底思えない。しかし、荷車はどちらも子ども達でいっぱいで、ジゼルさんが入れそうなスペースはない。
みんながジゼルさんを見る。彼女は私達から数歩離れていた。
「私はここに残ります」
「そんなダメですよ! 子ども達はどうするんですかっ」
「私より若い誰かに託します。足手まといになって子ども達が危険に晒される方が私には耐えられません。ですからどうか、子ども達をお願いします」
そう言って、深々と頭を下げる。異変に気付いた子ども達が、「院長先生は?」「一緒に行かないの?」と不安そうにジゼルさんを見つめる。
すると、ラインハルト殿下がスッとジゼルさんの前に立った。そして、くるりと向きを変えてしゃがみ込む。
「乗れ」
「え?」
「背中に乗れ。背負っていく」
「そんな! ラインハルト殿下にそんなことさせられません。こんな老ぼれはここに捨て置いて、殿下達は先にお屋敷に向かってください」
「断る。子ども達にはお前が必要だ。それは子ども達の顔を見ればわかる」
「しかし……」
「これは命令だ。早くしろ」
ジゼルさんはまだ躊躇っている。そんな彼女の背中を私が押してあげた。
「ジゼルさん、せっかくだから背負ってもらいましょうよ」
「アンジェリーク様まで」
「だって、国の王子に背負ってもらうなんて、一生に一度あるかないかですよ? こんな貴重な機会逃すなんてもったいない。一生自慢できるのに」
「お前なぁ、俺をなんだと思ってる」
「まあまあ」
戸惑うジゼルさんの背後に回る。そして、私は彼女の両肩に手を乗せた。
「殿下はこうおっしゃっていました。国民を守るのは王の義務。その王の子である自分達もそうなのだと。ですから、ここはどうか殿下の信念を守って差し上げてください」
「信念を?」
「ええ。殿下はその信念のもと、危険を承知で孤児院まで助けに来てくださいました。ジゼルさんは、そんな殿下に救えなかったという後悔を残したいのですか?」
角度を変えて攻めてみる。ジゼルさんはしばらく殿下の背中を黙って見つめていた。その後で再び私に視線を戻してフッと笑う。
「アンジェリーク様は、人を動かすのがお上手なようですね。振り回されているクレマンお坊ちゃまが目に浮かびます」
「それは、褒め言葉として受け取っておきますね」
そう微笑み返すと、ジゼルさんはやっと殿下の背中に乗った。
「殿下、重いでしょう? 辛くなったら構わずお捨てください」
「なめるなよ。こう見えても、軍の奴ら以上に鍛えている。お前一人背負ったくらいわけない」
「そうですよ、ジゼルさん。いくら王子とはいえ甘やかしちゃダメです。つけあがるだけですから」
「全身筋肉痛だからと訓練を休もうとしたアンジェリーク様の言葉とは思えませんね」
「口だけは達者だな」
ロゼッタとラインハルト殿下の嫌味にムッとした表情で返す。しかし、マティアスに急かされ、私達はやっと走り出した。




