気分は保育士
孤児院に着くと、ちょうどマティアスが二台の荷車を用意しているところだった。
「ラインハルト殿下! どうしてこんなところに」
「逃げ遅れている孤児がいると聞いてきた。準備はこれからか」
「はい。これからこれに乗せて逃げるところです」
「わかった。おい、行くぞ」
「なんで殿下が指揮してるんですか。先にここへ行こうとしたのは私なのに」
「アンジェリーク様、それでは器の小ささが露呈してしまいます。今は助け出す方を優先すべきかと」
「わかってるわよ。いつも一言多いんだから」
「アンジェリーク様も来てくださったんですか。あと……ロゼッタさんも」
ロゼッタを見て、マティアスが一瞬言葉を詰まらせる。彼女が暗殺者だと知って、まだ戸惑っているんだろう。ロゼッタはというと、表情には出さなかったけれど、キュッと唇を引き結んでいた。
孤児院の扉を開ける。中では、怯えている子ども達をジゼルさんが必死になだめていた。
「ジゼルさん、大丈夫ですか?」
「ああ、アンジェリーク様に、マティアス。それに……」
「こちらは、ラインハルト殿下だ」
ギャレット様がラインハルト殿下を指して紹介する。すると、ジゼルさんの目が驚きに大きく見開かれた。
「そんな、ラインハルト殿下がどうしてこんなところに……っ。これは失礼致しました」
「それはいい。それより、子どもはここにいるので全部か?」
「はい」
殿下は頷き、子ども達に向かって話しかける。
「いいか? 今から外に置いてある荷車に乗ってここから逃げるぞ。みんな急げ」
しかし、子ども達は誰も返事をしない。みんな怯えたまま殿下から距離をとる。
「おい、殿下のご命令だぞ!」
「いやぁ!」
ギャレット様が大声を出すと、子ども達がさらに怯えだす。泣きだす子まででてきた。
「バカなんですか、ギャレット様。子どもにそんなこと言ったってわかりませんよ」
「そ、それは、つい……っ」
わざとではなく、本当に反射的に出てきてしまったのだろう。本人も自覚があるのなら仕方ない。
さらにパニックになる子ども達。ジゼルさんの声も届かない。
その時。ラインハルト殿下が片膝をついた。そして、目の前の女の子と目線を合わせてゆっくり話しかける。
「俺は君達を助けに来たんだ。大丈夫、絶対助ける」
そう優しく微笑みかける。女の子はじっと殿下の目を見ていた。その後で、恐る恐る差し出された殿下の手を取る。そしてキュッと握った。
「よし、いい子だ」
殿下は、女の子を軽々と抱っこする。すると、隣にいた男の子も殿下に抱っこをせがみ始めた。たぶん、この人は大丈夫と思ったらしい。
「へえ、ラインハルト殿下が子どもの扱いに慣れてるとは意外でした」
「妹がいるからな。そして、女にはよくモテる」
「その子の純粋な心を弄ばないでください」
「アンジェリーク様、もうそれくらいにしましょう。急がないと、ここも危なくなります」
「ええ。そのつもりよ」
私は一度大きく手を叩いた。子ども達の注意が一気に私の所へ集中する。すると、子ども達から「アンジェリーク様だ!」という声があがった。大掃除のご馳走効果は絶大なようだ。
「みんな、これからエミリアの所へ行くわよ」
「エミリアお姉ちゃんの所?」
「そう。エミリアは今クレマン様のお屋敷にいて、みんなが来るのを待ってるわ。だから、みんなでクレマン様のお屋敷に行くわよ。みんな、クレマン様のお屋敷覚えてるー?」
『覚えてるー!』
「大掃除したとこでしょ?」
「美味しいご飯食べた所だ」
それまで怯えていた子ども達が一変、いつもの調子を取り戻す。
「お屋敷では、ココットさんが美味しい朝ご飯作って待ってるから、みんなでお屋敷に行きましょう。ここにいるお姉さんお兄さんの言うことしっかり聞いて、順番に荷車に乗ってね」
『はーい!』
純粋って素晴らしい。ロゼッタを筆頭に、みんな見習うべきだ。
みんなが落ち着いてきた中で、一人の子が不安そうな顔で声を出す。
「でも、外は火事だし、魔物も出るって言ってるし……ほんとに大丈夫?」
今にも泣きそうな顔で聞いてくる。いけない、このままじゃあ不安が他の子達にも伝染する。
こうなったら。
私は、ついとロゼッタを前に押し出した。
「大丈夫! ここにいるロゼッタはめちゃくちゃ強いの。魔物だってあっという間に倒しちゃうし、みんなに迫ってくる炎も魔法でバビュンと吹き飛ばしちゃうんだから」
「そうなのっ?」
「アンジェリーク様、なにを……っ」
「いいから、話合わせなさい」
小声でロゼッタに命令する。
子ども達の期待の眼差しに、ロゼッタは激しく動揺する。しかし、このままでは埒があかないと思ったのか、観念したように小さく頷いた。
「……お任せ、ください」
子ども達から「わあっ」と歓声があがり、みんなに笑顔が戻る。そして安心した子ども達は、マティアスやジゼルさんの言うことを聞いて荷車へと歩き始めた。




