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ただのモブキャラだった私が、自作小説の完結を目指していたら、気付けば極悪令嬢と呼ばれるようになっていました  作者: 渡辺純々
第三章 二人の王子と極悪令嬢

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兄妹設定はやめて

 その日の夜。


 夕食も終わり、寝支度が整った頃。突然ニール様が部屋を訪ねてきた。


「珍しいですね、ニール様が訪ねてくるなんて。もしかして夜這いですか?」


「次ふざけたことを抜かしたら、その舌引っこ抜くぞ」


 曲がりなりにも多感な十五の娘に、その不快極まりないと言いたげな顔はどうかと思う。


「冗談ですよ。それで、ご用件は?」


「お前宛に手紙が来ている」


「私に?」


 ニール様から差し出された手紙を受け取る。差出人の名前を見て、私は思わず顔を引き攣らせた。


「げっ、お父様からだ。嫌な予感しかない」


「開けてみてください」


 ロゼッタに促され、封を開ける。中に入っていた手紙を読み終わると、私は思わず頭を抱えて笑ってしまった。


「ははっ、さすがお父様だわ。嫌味なくらい仕事が早い」


「貸してください」


 私の様子がおかしく見えたのだろう。気になったロゼッタが、私から手紙を受け取る。たった一枚足らずの用紙には、娘を心配する言葉は一つもなく、ただ事務的な内容が書かれていただけだった。


「最低ですね」


「ここまでくると笑えてくるわ」


「なんだ、どうした?」


 私達の様子を不審に思ったのか、ニール様が怪訝な顔で聞いてくる。なので、彼にも手紙を見せてあげた。


「これは……」


「簡潔に言えばこうです。お前とは縁を切る。家族でもなんでもない。だから、私とローレンス家は何の関係もない」


「保身のためでしょうね。アンジェリーク様の悪評を耳にして、王子二人が動いている。そうなれば、父親である自分にも火の粉が飛んで来るかもしれない。そのために早めに手を打った」


「でしょうね。我が父親ながら、そこら辺の嗅覚は大したもんだわ。見習いたくはないけれど」


 やれやれ、と手紙を封筒にしまう。そして、近くにあった机にポイっと投げた。


「落ち込まないんだな」


「もともとクレマン様の花嫁になれなければ帰ってくるなと言われてますから。べつにショックは受けてません。もとより、あんな家に戻るつもりはありませんでしたし、向こうから家族の縁を切ってくれてむしろラッキーって感じです」


「だが、もう貴族ではいられなくなるぞ」


「だから、初めからそれも折り込み済みでここに来てるんですってば。まあ、せっかくここの使用人として働く目処が立ってたのに、自分でおじゃんにしてたら意味ないんですけどね」


 せっかくミネさんやヨネさん、ココットさんとも仲良くなれて。上司であるクレマン様もとても穏やかで優しくて。職場環境としてはこれ以上ないってくらい好条件だったのに。


 全部自分で棒に振ってしまった。だから、残念がることすらしちゃいけない気がする。


「これからどうする?」


「私達は、カルツィオーネから出ていこうと思います」


 そう宣言すると、ニール様の目がわずかに見開いた。


「この屋敷から出て行くだけでなく、カルツィオーネからも出て行くというのか。お前はここが気に入っているものだと思っていたが」


「だからですよ。これ以上クレマン様や領民のみなさんにご迷惑はかけられませんから。私とロゼッタは、どこか違う土地でひっそりと暮らします」


 そして、陰ながらエミリアを見守ります。これはさすがにニール様には言わないけれど。


「それでいいのか?」


「どういう意味です?」


「言い方は悪いが、今回の騒動の原因はロゼッタにある。ロゼッタさえ切り捨てれば、お前はここで普通に暮らせるはずだ。それなのに、どうして国を敵に回すような真似までして彼女をそばに置く?」


「ロゼッタがいなければ、私は死んでしまうからです」


 真面目に即答すると、ニール様の方が言葉を詰まらせた。


「死んでしまう、というのは、暗殺を企てる継母がいるからか」


「それもありますが。私は基本自由人なので、今回みたいな危険な目にたくさん遭うでしょう。彼女無しでは到底生きていける気がしません」


「大げさだな」


「そうかもしれません。ですが、私にとってはそれくらい大切で必要な存在ということです。そんな彼女を手離すくらいなら、国一つ敵に回すことくらいなんてことありません。かかってこいやーって感じです」


「ロゼッタ、こいつは大バカ者だぞ。頭のネジが一本、いや三本は緩んでいる。こいつが主人でほんとにいいのか? 命がいくつあっても足りんぞ」


「もとより、もう散々振り回されてますから。アンジェリーク様は、どれだけ叱っても、悟らせても、まったくこちらの言うことを聞かず、自分の思うがままに生きておられます。だったらもう、とことんまで付き合おうかと」


「こいつに迷惑をかけてでも、か?」


「はい。当の本人が、それでも構わないとお決めになられたことですから」


「信じられない……」


 ニール様は頭を抱えて深いため息をつく。まるで、理解できないとでも言いたげだ。


「覚悟の問題ですよ、ニール様」


「覚悟だと?」


「極悪令嬢と言われどれだけ周りから嫌われても、国を敵に回しても、私には叶えたい夢がある。その一つが殿下達にもお伝えした通り、国王陛下の暗殺未遂事件の真相追求です。直接陛下の口から聞くまでは、私は絶対諦めませんから。絶対吐かせてやる」


「滅多なことを口にするな。今日は殿下達もお泊まりになられているんだぞ」


「そっか、夜這いに行こうかな」


「こらっ」


 ニール様が私の縦ロール髪を掴む。思わず「いたっ」と声をあげてしまった。


「お前が来てから、こっちはハラハラのし通しだ。ヤニスの件といい、今回のことといい、心休まる暇が無いぞ」


「へえ、堅物眼鏡にも心はあったんですね。ハゲればいいのに」


 そう嫌味で返すと、今度は鼻を思いっきり摘まれた。


「ふぎゃっ」


「貴様、クレマン様のご迷惑になることはやめろと言ったはずなのに、こんな騒動起こしおって……っ。俺が成敗してくれるっ」


「にゃー! 痛い痛ぁいっ」


 鼻がもげる。なんとかして逃れようとジタバタしていると、ふいにロゼッタがフッと笑った。それを見て、ニール様が信じられないものでも見たかのように驚く。


「あのロゼッタが……笑った……?」


「ああ、すみません。まるでお二人のご様子が、兄妹ゲンカのように見えてしまったものですから」


「えっ……」


「なっ……」


『兄妹なんかじゃない!』


 ニール様と私の声がハモる。そして、お互いキッと睨み合った。


「こんな歩くだけで迷惑を振りまくばかりか、令嬢のれの字も見当たらない、国を敵に回してもあっけらかんとしているイカれた大バカ女、俺の妹なわけがない。実に不愉快だ!」


「こんなクソ真面目で、ジジくさい考えの凝り固まった、ひねくれ者の腹黒眼鏡なんて、そんなの私の兄じゃない!」


「ほら、ケンカするほど仲が良いと申しますし」


『はあっ!?』


「あ、息ピッタリ」


 ロゼッタにそう指摘され、私とニール様は「うっ」と顔を逸らした。


 この人と兄妹? ダメだ、考えただけでゾッとする。どうやら、そう思っているのは向こうも一緒のようだ。失礼しちゃうわ。


「すみません。ただ、先ほどのニール様のご様子が、無茶をするおてんばな妹を、陰ながら心配して見守っている兄のように見えてしまったものですから。ついそのようなことを申してしまいました」


「心配? この俺が? こいつを?」


「はい」


 ロゼッタは真顔で頷く。すると、ニール様はぐっと言葉を飲み込んだ。


「ロゼッタ、視力が低下してるんじゃないの? クレマン様命のニール様が、私の心配なんかするはずないじゃない。そんなに心広かったら、人の髪の毛掴んで怒ったりしないわよ」


「そうだ、こいつのことなんか心底どうでもいい。むしろ、今回の件でせいせいした。どこへ行こうが勝手にしろ」


「ニール様に言われなくてもそうしますぅ」


 べーっと舌を出す。ニール様のこめかみ辺りがピクピクしていた。


 彼はそのまま部屋を出て行こうとする。その背中に私は慌てて待ったをかけた。


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