猫舌発覚
台所に着くと、二人分のパンとスープが置いてあった。ココットさんが用意してくれたのか、ルイーズが用意してくれたのか、それとも私達の分ではないのか、それはよくわからない。
とりあえず、それを持って部屋へ移動し、私達はやっと昼食にありつけた。
「さて、これからどうしようかな」
「今後のことですか?」
「そう」
短く答えて、スープを一口すする。コンソメスープのようなそれは、美味しくて、熱々で、心も身体も一瞬でポカポカにしてくれた。
「んーっ、さすがココットさん。即席スープも美味しい!」
「そうですか」
「ロゼッタも飲んでみて」
「いえ、私はもう少し後でいただきます」
「なんでよ。冷めたら美味しくないじゃない」
「冷めても美味しいのが、ココットさんのスープですから」
頑なに拒むと、ひたすらパンを千切ってはもそもそと食べている。そんな様子を見てピンときた。
「前世の私の母がそうだったんだけど。もしかして、ロゼッタ猫舌なんじゃないの?」
そう言うと、ロゼッタの動きがピタリと止まった。
「違います。変な言いがかりはよしてください」
「じゃあ、今すぐスープを飲んでみてよ。違うんなら熱々でも大丈夫でしょ?」
「……わかりました」
私の挑発に乗って、ロゼッタは熱々のスープをスプーンですくいとる。そして緩慢な動きで口まで運ぶけれど、それが唇に付いた瞬間「あっ」と小さくうめいて手を止めた。
判定、百パーセント猫舌。
「ぶっ、あははははははっ! ロゼッタが、猫舌……っ。人類最強の、暗殺者が、猫舌……はははっ!」
「そんなに笑わなくてもいいのではないですか? 実に不愉快です」
「だって、ギャップが……ふふふっ」
さっきまでたくさんの兵士達をばったばったとなぎ倒していた無敵のロゼッタが、まさか熱さに弱い猫舌だなんて。どうしよう、そのギャップが可愛すぎてツボに入った。
「もういいです」
ロゼッタがムスっとした顔でスプーンを置く。そんな拗ねた彼女も可愛くて、私はしばらく笑っていた。
「はー、笑った笑った」
「良かったですね。気は晴れましたか?」
「そんな怒んないでよ。あんただって、私が極悪令嬢って言われた時笑ってたじゃん。お互い様よ」
「あれは真実ですから。命をかけて守ってもらった相手に、猫舌だからと大笑いする主人なんて極悪で十分です」
「はいはい、悪かったわよ。ちょっと嬉しかっただけなの。私の知らないロゼッタが知れて」
一応貴族と従者ということで、普段の食事は別々に食べていた。だから、今の今まで彼女が猫舌だったなんて知らなかったのだ。
だからだろうか、また一つロゼッタのことがわかった気がして嬉しい。
「なんかいいね、こうしてロゼッタと一緒に顔付き合わせてご飯食べるの。前みたいにクレマン様やニール様と一緒も楽しかったけど。普段そばにいるロゼッタと一緒だと、なんだかより一層美味しく感じる」
「そんなこと初めて言われました。お前と食べていると飯が不味くなる、と言われることはよくありましたが」
「そいつら全員まとめて鍋にぶち込んでやりましょう。あ、でも美味しくなさそうだから全部破棄ね」
「同意見です。でもまあ、これからはこれが普通になるのではないですか? 少なくとも、今回の件であなた様が貴族の令嬢のままでいることは難しそうですし。いち平民に紛れて生活していく方が、問題は少ないと思います」
「やっぱそうよね。ここまで噂が広まっちゃったし。この縦ロールも隠していかないとなぁ。もういっそ切るか」
「それはダメです。その縦ロールの髪、唯一無二な感じがして好きなので」
「前にもそれ言ってたわね。どんだけ好きなのよ。そんなに好きならロゼッタもやってみれば?」
「嫌です。アンジェリーク様がその髪型だからこそ良いのです。それに、私の髪質だとそこまで綺麗に巻けませんから」
「このサラサラストレートヘアめ。全国の女性がどれだけその髪質に憧れを抱いていると思っている」
「羨ましいですか?」
「羨ましいわ! この猫舌めっ」
ロゼッタは、もう必要ないと言ってお団子をといている。なので、開けた窓から風が入ってくるたび、解放された髪がサラサラと揺れていた。
外はまだ多くの人でごった返しているからか、風は一緒にガヤガヤと人の声まで運んでくる。でも、そんな感じも嫌じゃなかった。
「私、このカルツィオーネを出ていくわ」
パンをスープに浸しながらそう言うと、ロゼッタのパンを千切る手が止まった。
「よろしいのですか? 一目見てここだと即決されるほど、ここを気に入っていらしたのに」
「気に入っているからこそよ。クレマン様やここの人達にこれ以上迷惑かけられないし、かといってあなたを手離す気もない。だったら、あなたの誤解が解けるまで、どこか別の場所へ移動した方がいいかなって」
「ですが、エミリアのことはどうされるのです?」
「そこなのよね。まあ、ネックだった最初の出会いも無事クリアしたし、しばらくは遠巻きに観察しようかな。養成学校へ入学しちゃえば、私も入ればそこでまた会えるし。極悪令嬢として」
「しかし、それまでは動きにくくなりそうですね」
「仕方ないわ。今できる精一杯のことをやるだけよ」
そう、うだうだ考えてても仕方がない。こうなってしまった以上、今できる最大限のことを考えて動くしかないのだ。
「申し訳ありません、私のせいでご迷惑をおかけしてしまって」
「ほんとにね。もっと気にして自分を責めたらいいわ。そしたら私への嫌味も少しは減るだろうから」
「普通ここは、気にするな、と優しい言葉をかけるところですが。さすが極悪令嬢のアンジェリーク様です。謝った自分がバカバカしくなりました」
「そう、それは良かったわ」
そう言って微笑んでみせる。すると、ロゼッタもフッと笑った。
「そういえば、私達がここに軟禁されるということは、夜寝る時も二人この部屋なのでしょうか?」
「きっとそうなんじゃない? まあ、別々にしてってお願いすれば、それぞれの部屋に監視役は付けるんだろうけど」
「それは心配ですね。アンジェリーク様はお一人だと兵士一人も倒せないくらいポンコツですから。もし、夜中に襲われでもしたら大変です」
「それじゃあ、一緒に軟禁されるしかないわね。あーあ、またロゼッタの寝相の悪さに苦しめられるのか」
「それはこちらのセリフです。アンジェリーク様のイビキと寝言のあまりのうるささに、寝不足になりそうで憂鬱です」
お互いムッと睨み合う。その後でフッと苦笑した。
ふと窓の外を見る。湖で見た時は気付かなかったけど、はるか遠く向こうの山には、薄らと雲がかかっていた。




