いい加減にして!
「いい加減にして!」
腹の底から精一杯の声を出す。そして、シンと静まり返ったところで、私は帽子を脱ぎ捨てた。隠していた縦ロールが、待ってましたと言わんばかりに飛び出してくる。それを見て、ラインハルト殿下の目が大きく見開かれた。
「その縦ロール……まさかっ」
「ご挨拶が遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。レンス伯モルガン・ローレンスの長女、アンジェリーク・ローレンスと申します」
「貴様、正体を隠していたのかっ」
「それについては、非礼をお詫びいたします」
「アンジェリーク、どうして……」
「クレマン様、もう十分です。これ以上あなた様にご迷惑はかけられません」
そうクレマン様に頭を下げる。顔を上げると、殿下や男爵や近衛騎士達が、剣の柄に手を添えて構えていた。
「お前がいるということは、ドラクロワ家の末裔もそばにいるんだな?」
「はい。ロゼッタ、自己紹介して」
しかし、ロゼッタはなかなか前に出てこない。見ると、その顔は困惑していた。
「……よろしいのですか?」
「いいのよ。じゃなきゃ、このタイミングで正体なんか明かさないわ」
そう言って苦笑してみせる。すると、ロゼッタの表情が引き締まった。腹を括ったらしい。
彼女は一歩前へ出ると、かけていた眼鏡を外した。
「私の名前は、ロゼッタ・ドラクロワ。アンジェリーク様の侍女兼護衛です」
「護衛だと? よく言ったものだ。アンジェリークと一緒に、国王の暗殺を企てていたくせに」
「それは誤解です。そのようなことは、露ほどにも考えたことはありません」
「ウソをつくな! 誰がお前の言葉など信じるものか」
ラインハルト殿下が声を荒げる。あまりの剣幕に、ジルとルイーズはココットさんにしがみついていた。
「私は信じていますよ、彼女の言葉。彼女は国王陛下への暗殺など、これっぽっちも考えてはいないって」
「アンジェリーク様……」
「では、お前も同罪だな。王への反逆の罪は重いぞ」
「お待ちください、ラインハルト殿下!」
クレマン様が、頭に血が上っているラインハルト殿下を必死にたしなめる。
「アンジェリークもロゼッタも、本当にそのようなことは考えておりません。ただ二人、心穏やかに過ごす地を探していただけです」
「クレマン、お前は優しすぎる。だからこいつらに騙されるんだ」
「クレマン、お前は下がっていろ。お前を巻き込みたくはない」
「レインハルト殿下まで……」
クレマン様は、それ以上動けなくなった。ニール様は険しい顔のまま、事の次第を見つめている。
「へえ、そうやってみんなで寄ってたかってロゼッタをイジメるんだ。慈悲深いなんて言われてるけど、国王陛下も大したことないのね」
「なに……っ」
「一人の人間としてロゼッタを見ようともしないで、そうやって名前だけで一方的に決めつけて。そうやってあんた達は、私の大切な人を深く傷付けたの。そんな偏見まみれのあなた達を、私は心の底から軽蔑する」
激しい怒りを込めて殿下達を睨みつける。そんな私を止めたのは、ロゼッタだった。
「アンジェリーク様、もう十分です。もうこれ以上は……」
「いいえ、言わせて。じゃないと、はらわた煮えくり返ってどうにかなりそう」
そうロゼッタを振り切ると、私は激しい怒りをぶつけた。
「あんた達みたいな偏見まみれのクズが、ロゼッタを孤立させたのよ。私の大切な人を深く傷付けたその罪、償わせないとこの怒りは収まらないわ」
「では、王に仇なすということだな?」
ラインハルト殿下が静かに剣を抜く。すると、他の連中も剣を抜いた。それを見て、ロゼッタが反射的に両手にナイフを構える。私はそれを制した。
「ロゼッタは手を出さないで。これは私のケンカなの」
「しかし……っ」
「かかってこいよ。人類最強だかなんだか知らんが、この俺が蹴散らしてやる」
「ラインハルト殿下、レインハルト殿下。私は、あなた方はこの国の王子として、もっと冷静で知性ある方々だと思っておりました。が、とんだ思い違いでした。あなた様方は実に幼稚だ」
『なにっ?』
「お聞きしますが、この中で陛下から直接暗殺未遂の件について話を聞いたことのある方はいらっしゃいますか?」
「そんなもの、聞かなくてもわかる」
レインハルト殿下の答えに、ラインハルト殿下も頷く。
「では、聞いておられないのですね。それでこれとは……嘆かわしい限りです」
「バカにするのもいい加減にしろよ。本気で殺すぞ」
「そうですか。王子をバカにしただけで切り捨てますか。なんて傍若無人な王子だこと」
「貴様……っ」
「よせ、ライン。落ち着け」
ロゼッタは手にしたナイフを強く握りしめる。そんな彼女を横目で見ながら、私は拳を強く握りしめた。
「私は、国王陛下に暗殺未遂事件のことについて、直接お話を聞くつもりです。もちろん、ロゼッタも同席させて」
「何をバカなことを!」
「この事件について、事の真相をご存知なのは陛下だけです。それならば、陛下はロゼッタにそれを伝える義務がある。一人だけだんまり決め込んで逃げようったって、そんなのこの私が許さない」
「もういい、アンジェリークやめなさい」
「いいえ、クレマン様。せっかくの機会なので言わせてください。あなた方は不思議に思わなかったのですか? 国王陛下が何故ロゼッタだけなんの処分も下さず野放しにしたのか。生かしておけば、いつか自分に復讐するかもしれない相手をです。普通なら考えられない」
「それが国王陛下の慈悲深さだ」
「いいえ、違います。相手は暗殺一家。子どもとはいえ危険です。それならせめて、サインハルト殿下のように投獄するか国外追放を命じたはず。それなのに、陛下は何もせず逃した」
「お前は何が言いたい?」
「これはあくまで私の推測ですが。あの事件の日、陛下とロゼッタの父親との間で、何か取引があったのではないでしょうか?」
「取引だとっ?」
「ええ、そうです。ロゼッタの父親は、歴代当主の中でも一、二を争うほどの腕前。そんな彼が暗殺を失敗するとは到底考えられない。ならば、二人の間で何かあったと考えるのが普通です」
「ありえない。父が暗殺者と取引するなど。変な言いがかりはよせ」
「そうです。これはあくまで私の推測。答え合わせは陛下の口から直接聞くことにいたします」
「そんなことはさせない!」
「邪魔すんな、クソガキ!」
叫ぶように声を張り上げると、全員の動きが止まった。
「たかが一国の王子ごときが、この私を止められるとでも? ご冗談を。これは神のご意志です。誰にも止められない」
「なっ……」
「真実から目を背けて、現実を見ようともしないで。そんなお子様に興味はありません。剣を交えるのもバカバカしい。ロゼッタ、行きましょう」
「お子様……だとっ?」
もう言いたいことは言い終えたと、殿下達を置いて屋敷目指して歩き出す。すると、ラインハルト殿下が私に斬りかかってきた。それでも、私は冷静にロゼッタを制止し続ける。
その剣は、私の鼻先で止まった。
「逃げないとは。いい度胸だ」
「これくらいはもう経験済みですから」
さらりとそう返すと、私は傷跡の残る左肩を曝け出した。最初は頬を赤らめていた周囲の人間達も、私の傷跡を見てその顔を引き攣らせる。
「これは、暴走した馬車に轢かれた際負ったものです。しかし、それは継母が誰かに仕組ませたものだった。つまり、私は継母に命を狙われているのです」
「だからなんだ」
「継母の依頼で私を暗殺しに来たのが、ロゼッタでした。でも、彼女は私を殺せなかった。あなた達のせいでずっと孤独だった彼女は、こんな何も持たない私のそばにいたいと言ってくれたんです。だから、私は彼女と取引をしました。私を護衛してくれる代わりに、あなたの帰る居場所になるから、と。その約束を違える気は毛頭ありません」
「では、死ぬ覚悟があるんだな?」
「いいえ。死ぬ気はありませんよ。私には叶えたい夢がありますから。それまでは死んでも死にきれない」
「では、その夢俺が打ち砕いてやる。今ここで!」
ラインハルト殿下が剣を高々と掲げる。
次は本気かもしれない。そう思ったけれど、私はロゼッタを制止し続けた。殿下達に刃を向けてしまったら、本当に反逆者扱いになってしまうから。
無情にも剣が振り下ろされる。しかし、それは私に当たる前に止まってしまった。何故なら、目の前で私を庇うように立っている女性がいたから。
それはロゼッタではなく、ヘトヘトなはずのエミリアだった。




