暗殺計画
翌日のロゼッタは、いつも通りだった。ただ、昨日までの会話というより、以前のような無駄のない事務的な声かけだけになっている。
怒っているのか聞こうにもすぐに部屋を出ていってしまうので、ずっとモヤモヤしたままだった。
「喉渇いた……」
昨日まではロゼッタが結構部屋に居てくれたのに、今日は避けるように来てくれない。なので、水を求めにしょうがなく部屋を出る。すると、途中義妹の部屋の前で話し声が聞こえてきた。思わず立ち止まる。
「アンジェリークが……」
(私のこと?)
自分の名前が聞こえてきたら、否応なく気になってしまう。
申し訳ないとも思いながらも、バレないように扉をほんの少し開けて、その隙間から中を伺う。そこにいたのは、義妹と継母だった。
「お母様、もしレオ様がアンジェリークと再び婚約したらどうしましょう」
「大丈夫よ、ミネット。あの傷跡がある限り、レオ様どころか、他の家の者からも貰い手は現れないわ」
「でも、レオ様はまだ諦めていないのでしょう? もしランベール公に訴えが認められてしまったら、もしかしたら……」
「安心しなさい。もう手は打ってあるから」
「手を打つって?」
「アンジェリークの暗殺よ」
おぞましいセリフに、全身の血の気が引いた。
「前は失敗してしまったけれど、今度は大丈夫。あの呪われたドラクロワ家の末裔に暗殺を依頼したから」
「ドラクロワ家?」
「没落したドラクロワ子爵家のことよ。彼らは王家に仕える暗殺専門の一家だったの。でも、戦争が終わり、現在の王が即位してから、徐々に粛清されていった。今その血を引くのはたった一人」
「じゃあ、その方に依頼すればっ」
「まず間違いなく殺してくれるはずよ」
「お母様すごい!」
無邪気に笑う義妹の笑顔が、話の重さにミスマッチしていて恐ろしい。
思い出した。ドラクロワ子爵家は、確かに書いた記憶がある。
エミリアを快く思っていない貴族令嬢が、ドラクロワ子爵の末裔に暗殺を依頼した。そして、その魔の手からレインハルトが守る。二人の仲が急接近するイベントの一つだ。
「明日、ランベール公爵家で舞踏会が行われるでしょう? でも、あの子は療養中ということで家で留守番。その時を狙うの。盗賊が押し入ったとでも言えば、誰にも怪しまれないわ」
「さすがお母様だわ! でも、その方本当に信用して大丈夫なの?」
「信用も何も、用が済んだらお払い箱よ。ドラクロワ家の末裔を雇っただなんて知れたら、それこそレンス伯爵家の名を汚してしまいかねませんもの。あんな呪われた忌々しい一家、その名を口にするだけでも汚らわしい」
そう言って、継母は嫌悪感を露わにする。
「王家の命にだけ忠実だった一家も、今や生きるためなら誰のどんな依頼でも金で引き受ける。誇りを失った哀れな野良犬よ」
「でも、その野良犬に感謝しなくてはいけませんね」
「そうね、きちんと依頼をこなしたら、ね」
これ以上は聞いていられなくて、そっと扉を閉めると、私は一目散に部屋へ戻った。そして、急に足に力が入らなくなって、その場にへたり込む。
「ウソでしょ……」
明日、ドラクロワ家の末裔が、暗殺者が私を殺しにくるなんて。
こんなことなら、そんなキャラ作らなければよかった。
話を盛り上げるため、イベントを作るために、なんとなく暗殺者を取り入れて。その結果がこれだなんて自業自得すぎる。
「どうしよう……」
その独り言は、誰に聞かれるでもなく、静かな部屋に溶けていった。