美人は何をしても美人
私達が屋敷に着いてからしばらくして、殿下達の集団はヴィンセント家へ着いた。
疲労困憊であろうクレマン様へ、私はメイド服姿で出迎える。
「お帰りなさいませ、旦那様」
すると、クレマン様はその目をパチクリさせた。
「何をしてるんだ、アン……」
「はい、アンは私でございますが。何かご用でしょうか、旦那様」
有無を言わせずニコニコと答える。クレマン様の視線が、一度後ろに控えているメイド服姿のロゼッタへと向けられた。それでも、彼女は小さく会釈を返すだけ。
まだ殿下達は来ていない。仕方がないので、肩についた埃を取るフリをして、クレマン様にこそっと耳打ちする。
「私とロゼッタは、正体を隠します」
どうやら、その一言で伝わったらしい。クレマン様は「わかった」とだけ呟いた。
「無事で良かった」
「ええ。クレマン様も」
そう言い合って、お互い微笑み合う。その後でロゼッタへと視線を向けた。
「ロゼッタは眼鏡をかけているんだな。髪型も違っているし。一瞬誰だかわからなかったよ」
「ミネさんとヨネさんが、奥様の眼鏡を貸してくださいました。ご気分を害されたのでしたら、すぐさまお返しいたします」
すると、クレマン様は眼鏡姿のロゼッタをマジマジと見つめる。その後で首を横に振った。
「いや、使ってくれた方が妻も喜ぶだろう。よく似合っているよ」
そう言うと、クレマン様は優しく微笑んだ。どうやら怒ってはいないらしい。ちょっと安心した。
ホッと安堵する。すると、後ろからやっと殿下達がクレマン様に追いついた。その二人には、ミネさんとヨネさん、そしてニール様が対応する。
「レインハルト殿下、ラインハルト殿下、そしてダルクール様。お疲れ様でございました」
「私達がご案内いたしますので、どうぞこちらへ」
そう促され、三人はクレマン様とニール様とミネヨネさんの後へ続く。私とロゼッタは会釈だけで済ましたけれど、すれ違う時、ミネさんとヨネさんにウインクされた。私達に任せて、と。
殿下達の姿が見えなくなったのを確認して、ふうと一つ息を吐く。
「なんとか誤魔化せたみたいね」
「やはり、あの特徴的な縦ロールを封印したことが大きかったのでは?」
「そうかも。ミネさんとヨネさんには頭が上がらないわ」
そう呟くと、私は二人が去った後に両手を合わせた。
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ロゼッタと一緒に屋敷に着いた時、ずぶ濡れアンドボロ雑巾のような私を見て、お二人は「まあ、あなた様はまた……」と大きなため息をつかれた。
それで、ダルクール男爵のことを話し、正体を隠したいのでメイドに扮したいと告げると、ミネさんヨネさんが協力してくれた。
「……あとは、この髪ですわねぇ」
ミネさんが、私の縦ロール髪に触れつつそう呟く。すると、ヨネさんが「ちょっと待って」と言って何かを取りに行った。戻ってきた彼女が手にしていたのは、帽子。
「これで隠すのはどうかしら?」
「おぉ、ナイスアイディアです」
小学校の給食当番が身に付ける帽子のようなそれは、私の強情な縦ロールをすっぽりと覆い隠す。すると、ただの平凡なメイドが出来上がった。
「ロゼッタはどうしますか?」
「べつに私はアンジェリーク様ほど目立った動きはしておりませんから。必要ないかと」
「そうでもありませんよ。みんなロゼッタさんは超が付くほど美人だって噂してますし」
「自警団のみなさんもここへ来ることを考えたら、さすがにこのままではマズイかと」
「だってさ、ロゼッタ。その溢れ出る美人オーラを隠さないとバレるって。美人も大変だね」
「言い方に悪意を感じます。女の嫉妬は醜いだけですよ」
「まあまあ、お二人とも落ち着いて」
「とりあえず、髪型を変えてみましょうか。こう、髪を上げて……」
ミネさんがロゼッタの長い髪をアップにする。すると、白く透明なうなじが露わになった。三人で思わずほうっと熱い息を漏らす。
「なんですか?」
「ミネさん、ヨネさん、大変です。全然オーラが消えてません。むしろアップしてます」
「困りましたねぇ」
「あ、そうだ」
そう言うと、ミネさんは部屋を出る。そしてしばらくすると、何かを手にして戻ってきた。
「ミネさん、それは?」
「これは眼鏡です。旦那様の奥様の私物ですが」
「奥様の?」
「ご高齢になって見えにくくなってきたからと、晩年はよく使用されておりました。これを使ってみましょう」
「いけません。それは奥様の形見なんですよね? そんな物を私ごときが軽々しく使えません」
「いいえ、使ってください。この眼鏡も引き出しの中でこもっているより、こうやって誰かに使われる方が嬉しいでしょうから」
「しかし……」
「いいじゃん、使おうよ。ロゼッタの眼鏡姿見てみたいし。クレマン様に怒られたら、私も一緒に怒られるから。それとも何? 私達の正体がバレて糾弾されてもいいっていうの?」
「そんなことは申しておりません」
「だったら、ちゃんと変装して。これ、主人命令」
私がビシッとそう言うと、ロゼッタは大きなため息をついた。
「……わかりました。ですが、クレマン様に一緒に怒られるという約束は忘れないでくださいね」
「もちろん」
そうして、ロゼッタはやっと奥様の眼鏡をかけた。
「これは……」
「おやおや」
「まあまあ」
結論。美人は何をしても美人らしい。




