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ただのモブキャラだった私が、自作小説の完結を目指していたら、気付けば極悪令嬢と呼ばれるようになっていました  作者: 渡辺純々
第三章 二人の王子と極悪令嬢

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ドラクロワ家の秘密

「空、綺麗ですね」


「へ? う、うん」


「あなた様に出会うまでは、そんなことにすら気付きませんでした」


「そうなの?」


「ええ。暗殺の訓練を受けていた幼少期や、依頼を受けて暗殺を実行していた時期、私は心を殺して生きていました。そんなものは邪魔なだけですし、認めてしまったら精神的に壊れてしまって、人として生きていけないと思ったから」


「それは……そうだろうね」


「ですが、あなた様に出会ってから、全部めちゃくちゃです。あなた様が何か行動を起こすたび、殺したはずの心が疼いて、冷静でいられない。怒って、泣いて、笑って、喜んで。まさか、自分にこんなにも感情があったなんて、あなた様に出会うまでは知りもしませんでした」


「そうだね。出会ってばっかの時は、こんなに怒りん坊で、泣き虫で、笑った顔が超可愛いなんて思わなかった」


「言い方に悪意を感じます」


「愛情表現の裏返しよ」


 いーっと白い歯を見せると、フッと笑われた。


「心を持った私は、もう暗殺者には戻れません。あなた様のせいです。どうしてくれるんですか?」


「なんで責められてるのかわかんないんだけど。良かったじゃない、暗殺なんて深い闇から足を洗えて。私に振り回されてる方が、よっぽどロゼッタらしいわよ」


「そうでしょうか?」


「そうよ。それに言ったでしょう? 責任取るって」


「ドラクロワ家が、国王陛下に対して暗殺未遂事件を起こしていたとしても?」


 思わずロゼッタに視線を向ける。彼女は未だ空を見ていた。


「あれ、事実なの?」


「はい。私ではなく、私の父が、ですが」


「ロゼッタのお父さんか。でも、どうして隠してたの?」


「隠していたわけではありません。言うタイミングがなかっただけです。いつかは言うつもりでした」


「ほんとに? 私は秘密を話したのに、ロゼッタは隠し事してたんだって思って、ちょっとショックだったんだからね」


「申し訳ありませんでした」


 ロゼッタは素直に謝る。悪気があったわけではなさそうだ。


「誰に依頼されたの?」


「陛下の弟君であるサインハルト殿下です」


「弟って……兄弟で憎み合ってたってこと?」


「正確には、妬ましく思っていたのは、サインハルト殿下だけだったようです。昔から陛下は真面目で、慈悲もあり、国民には誠意を持って接するべきだと説いていた。対してサインハルト殿下は、金遣いも荒く、女遊びも激しく、国民は力あるものが管理し支配するべきだと説いていた」


「うわ、真逆じゃん。そりゃ反りが合わないわよね」


「はい。前国王陛下はカインハルト陛下のお考えに近い方だったため、問題なくカインハルト陛下を次期国王にするつもりでした。しかし、サインハルト殿下はそれが面白くなかったのでしょう。王家に仕えていたドラクロワ家に暗殺を依頼し、カインハルト陛下を亡き者にして、自身が次期国王になろうとした」


「ちょっと待って。いくら王家に仕えてるって言っても、王子の暗殺依頼なんて普通引き受ける?」


「必要とあらば。ただし、私もそこに関しては疑問を持っています。すべてはルクセンハルトの国益のために。それがドラクロワ家が代々受け継いでいる信念です。カインハルト陛下からの依頼ならまだしも、サインハルト殿下からの依頼を受けて、それが国益になるとは到底思えません」


「確かにそうだわ。じゃあ、なんでロゼッタのお父さんは、サインハルト殿下からの依頼を引き受けたんだろう」


「さあ。私にはわかりかねます。父は、依頼の詳細を私には一切教えてくれませんでしたから」


「そう。だったら気になるわよね」


「気にはなりますが。それよりも、私にとってショックだったのは、父が暗殺に失敗したことでした」


「どうして?」


「父は、ドラクロワ家の歴代当主の中でも、一、ニを争うほどの腕前でした。どんな困難な依頼でも完璧にこなし、潜入無しで即日仕留める。こう言ってはなんですが、そんな完璧な父が私にとっては憧れであり、誇りだった。そんな父が暗殺を失敗するなんて。いくら王子の護衛が手厚かったとはいえ、父ならたとえ両手脚を切断されても完遂するはず。それが未だに私には解せません」


「へえ、お父さんのこと大好きだったんだ」


「たぶん。ですが、父は私のことが嫌いだったようです。褒められたことも、優しくされた記憶もありません。常に厳しく、突き放されていた。潜入のためにありとあらゆることを仕込まれたのだって、暗殺下手な私への対策の一つだったのでしょう。ドラクロワ家を受け継ぐために、男子が欲しかったようですし。私は要らない子だった」


「そんなことないよ!」


 上半身を起こして反論する。ロゼッタは驚いていた。


「本当に要らない子だったら、普通ここまで育てないでしょう。クレマン様とこみたいに、養子で男子を取ればいい。でも、それをしなかったのは、やっぱりロゼッタを愛してたからだと思う」


「……そうだといいのですが。今はもう、確認のしようがありません」


「やっぱり、死刑、かな?」


「ええ、見せしめのように。母は幼い頃に亡くなっていますし」


「サインハルト殿下は……」


「投獄されました。が、その途中で病か何かにかかり獄中死したとか」


「獄中死、か」


「この一件でドラクロワ家は爵位を剥奪され、私は国王陛下の暗殺を企てた一家の末裔という汚名を着せられた。だから、周りの人間は私を忌み嫌うのです。一緒にいれば、国王陛下への反逆者扱いを受けますから」


「そんな……っ」


 父親が起こした事件で、娘であるロゼッタまで嫌われるなんて。そんなの間違ってる。


「これで、私が周りから忌み嫌われている理由がおわかりいただけましたか? 国王陛下に睨まれてもなお、あなた様は私の居場所でいられますか?」


 まるで試す様な口振り。それが面白くなくて、今度は私が馬乗りになった。


「いられるわ。超余裕よ」


「…………は?」


「あなたは、真相はもう確認できないって言ってたけど、それは違うわ。まだ確認できる人物が一人いるじゃない」


「何を言って……まさかっ」


「そう、現国王であるカインハルト陛下よ」


 不敵に笑うと、ロゼッタの目が大きく見開かれた。


「暗殺未遂があった日、いったい何があったのか。ロゼッタのお父さんは何故暗殺に失敗したのか。陛下ならご存知のはずよ。だって当事者だもの」


「あなた様は本当におバカなのですか? たとえそうだとしても、私に話してくださるわけがありません。普通なら、父親を殺した自分を逆恨みしている要注意人物、そんな風に受けとるはずです」


「だったら、無理矢理吐かせるまでよ。自分はだんまり決め込んで、ロゼッタだけ不当な扱いを受けて。こんなのフェアじゃない。ちゃんと洗いざらい吐かせて国中に知らせてやるの。ロゼッタは何も悪くない、ただの一人の人間だってね」


「無茶苦茶です、あなた様の思考は異常です。そんなことできるわけがない」


「あなた、私を誰だと思ってるの? この世界を作った創造主よ。たかが一国の主ごときの口を割らせるくらいわけないわ。神に不可能という文字はないの」


「なっ……」


 自信満々にそう言い切ると、ついにロゼッタの口が開いたままになった。そんなロゼッタの顔を見て満足した後、私は濡れた服のまま立ち上がる。


「陛下から、暗殺未遂事件の真相を聞き出す。これも私の夢に追加よ。覚悟しなさい、カインハルト陛下! 私はしつこいんだからねっ」


 そう言い放って、右手の拳を高々と掲げる。すると、肩に激痛が走った。そういえば、ここ怪我してるの忘れてた。


 痛みに呻く私の背後で、空気の抜けるような音がする。なんだろうと不思議に思って振り返ると、ロゼッタが必死に笑いを堪えていた。それでも、我慢しきれず吹き出して大笑いする。


「ちょっと! なんで笑うのよ。あんたのために覚悟決めたってのに」


「だって……ふふっ、可笑しっ……ははっ」


 ロゼッタの大笑いなんて初めて見た。でも、何故だろう、全然嫌じゃない。むしろ嬉しい。


 滅多にないことなので、しばらく気持ち良さそうに笑うロゼッタを眺める。そうこうしているうちに、彼女はようやく笑い終えた。


「あんた、笑ってる余裕あんの? これでますます私の護衛が難しくなったわよ」


「本当に。迷惑極まりないです。とんだ暴君の護衛を任されたものですね」


「言ってくれるじゃない。それでどうすんの? こんな頭のネジがぶっ飛んだ令嬢の護衛なんか辞める?」


「まさか」


 そう言うと、ロゼッタは私の隣に立った。


「あなた様が私の居場所であり続ける限り、私は命をかけてあなた様をお守りいたします」


「結構。その約束、忘れんじゃないわよ」


「あなた様こそ」


 柔らかい風が吹き抜けて、私達二人の笑顔を水面が揺らす。


 そんな良いシーンの途中。私は「ヘックション!」と大きなくしゃみをした。


「ロゼッタに一つ言い忘れてたわ」


「なんでしょう」


「……寒いっ」


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