実は私、女なんです
「残りは三匹。さて、どうするか」
悩むクレマン様の横で、リザさんがロゼッタに声をかける。
「お兄ちゃん、魔法が使えるんだろ?」
「使えません」
「ウッソだー。ちょっと前に飛びかかってきたダークウルフ五匹を、あっという間に灰にしてたじゃん」
そう言われた直後、ロゼッタがムッとした顔で私を睨んできた。
いや、ごめん。マジでごめんて。
「いくら雑魚とはいえ、五匹を跡形もなく燃やし尽くすなんて。普通の魔法師ではなかなかできるもんじゃない。昔魔法師団に入ってたことがあるって言ってたけど、あんた何者?」
リザさんの目が鋭く光る。しかし、ロゼッタはあくまで冷静に対応する。
「べつに。自警団に所属するただの領民です。それ以上でもそれ以下でもない」
「ほんとに?」
リザさんはまだ諦めない。すると、面倒くさくなったのか、ロゼッタが人差し指をピンと立てた。
「わかりました、お答えします」
「ちょ、ちょっと……っ」
おいおい、今日出会った赤の他人に、自分が暗殺者であること教えちゃう気!?
そう心配したけれど。ロゼッタの答えは、まったく違うものだった。
「実は私、女なんです」
「…………へ?」
リザさんの目が点になる。そんな彼女を知ってかしらずか、ロゼッタはダボついた服をピンと伸ばして、膨らんだ胸を強調した。
まるで、どうだ、と言わんばかりのロゼッタの顔。体感で三秒くらい全員の動きが止まる。その後で起こったのは、リザさんの大爆笑だった。
「あはははっ! そっか、そっか、女だったのか。そりゃ、間違えててごめん、ごめんっ」
「いえ、べつに。よくあることですから」
ロゼッタは平然とした顔で受け流している。
そんな答えで相手は納得しないだろう。そうツッコミを入れたかったけど。意外にも、リザさんはそれ以上追求してこなかった。
「クレマン様、もう魔法が使えることがバレてしまったので仕方ありません。私が魔法でフライヤー達を撹乱しますので、後はクレマン様とリザさんでよろしくお願いします」
「わかった」
「オッケー、お姉ちゃん」
「アンジェ……妹は……」
「ここで大人しく待機してます」
「結構。賢明な判断です」
「なんだ、妹ちゃんはもう戦わないのか?」
「これ以上戦ったら、姉に殺されます」
ロゼッタの目がそう訴えている。
正直、戦いたい気持ちはあるけれど、ロゼッタの言う通りもう身体が動かない。こんな状態で参加しても足手まといになるだけだ。それなら大人しくここで待つ。それくらいの判断はできる。
「では、いきますよ」
ロゼッタが右手を掲げる。すると、矢のような炎が複数出現。それは彼女の号令で順番に飛んでいく。
しかし、相手はレベル中。炎の矢を飛びながらかわしていく。でも、ロゼッタにはそれも計算の内らしい。
炎の矢を避けていたフライヤーのすぐ横で火柱が発生。それが片方の翼に当たって、彼らはバランスを崩し高度が下がる。その一瞬を見逃さず、クレマン様が一匹の翼を切り落とし、地面に落ちたそいつの脳天に剣を突き立てた。
もう一匹はリザさんが、落下するそいつの喉元を狙い澄まして一撃で貫いた。
どちらも耳障りな悲鳴をあげて、そのまま絶命した。
「ヒュー。ここまで緻密に魔法を使いこなすなんて、お姉ちゃんやっるー」
「さすがだな」
「それはどうも」
「私のお姉ちゃんは、世界一なんです」
「天才といいなさい、妹」
「やなこった」
べー、と舌を出すと、ロゼッタの片眉がピクリと反応した。そんな私達を見て、クレマン様がたしなめる。
「ほら、まだあと一匹残っているぞ」
見上げれば、生き残ったもう一匹が、どう攻撃しようか悩むように空を旋回していた。
「さすがに同じ手は使えないでしょうね」
「じゃあ、どうすんの?」
「このまま森へ帰ってくれたらいいが。そうでない場合どうするか」
三人がうーんと頭を悩ませる。その隙に、フライヤーが再びこちらに向かって降りてきた。そして、口を開いて魔法を紡ぐ。それは、たった今ロゼッタが放った複数の矢みたいな炎だった。
「逃げろ!」
クレマン様がそう叫ぶのと同時に、ロゼッタと私以外の二人は一斉にその場から離れる。しかし、私とロゼッタは逃げなかった。炎の矢は私達に直撃する。
しかし、私達二人は無傷で立っていた。ロゼッタは私の後ろに隠れている。
「素晴らしい盾っぷりです。これ以上ない盾ですね」
「盾、盾言うな」
ロゼッタが盾になった私の影から、迫りくるフライヤーを狙う。しかし、それに気付いた相手は、直前で急上昇してそれを回避した。
「悟られましたか」
「あんたの殺気がわかりやすいからなんじゃない?」
「どなた様かが、私を怒らせるようなことばかりなさるものですから。残り香があったのかもしれませんね」
「はいはい、私が悪ぅございました」
フライヤーは、今度は旋回していなかった。すぐさま次の目標を探し始める。
その時。
「クレマン、無事か?」
そう叫んでこちらにやって来たのは、ラインハルト殿下だった。その声にフライヤーが反応する。
「殿下、危ない!」
「なに?」
ラインハルト殿下は、フライヤーに気付いていない。それを好機とばかりに、フライヤーは再び魔法を紡ぎ始める。これはマズイ!
「あの、バカっ」
「アンジェリーク様!」
ロゼッタの静止を振り切り、私はラインハルト殿下の元へ駆け出す。
物語的にはレインハルトさえ生きていれば問題ないから、べつに私が助けに行かなくてもいいんだけど。
そんなことを冷静に考えられるほど、私は賢くないわけで。
ラインハルト殿下に向かってフライヤーの魔法が放たれる。しかし、当たる直前で私は殿下を突き飛ばしてすり替わった。そのまま、魔法は私に直撃する。
もちろん効かなかったわけだけど。舞い上がる土埃に紛れてフライヤーが私に直接攻撃を仕掛けてきた。
「このっ……」
前足の爪をかろうじて短剣で弾く。やったと思ったのも束の間、後ろ足の爪が私の服の左肩に引っかかった。
「え?」
そう呟いた時には、私の足は宙に浮いていた。




