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ただのモブキャラだった私が、自作小説の完結を目指していたら、気付けば極悪令嬢と呼ばれるようになっていました  作者: 渡辺純々
第一章 暗殺者と伯爵令嬢

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田舎領地カルツィオーネとは

「ねえ、ロゼッタ。この国で一番自然豊かな場所ってどこ?」


 地図を広げながらそう質問する私に、ロゼッタはまず首を傾げた。


「ご旅行か何かですか?」


「いや、この家を出て田舎で暮らそうかと思って」


 真顔でそう答えると、ロゼッタの眉間にシワが寄った。その顔は何か言いたそうだ。


「こう言いたいんでしょう? 働いたこともない貴族の令嬢が、一人で、しかも田舎で暮らしていけるわけがないって」


「はい」


 即答かい。まあ、普通そう思うよね。


「どうして急にそんな突拍子もないことを?」


「この家にいても息苦しいだけだし、この傷がある限り結婚もできなさそうでしょう? だったら、田舎で悠々自適な一人暮らしも悪くないかなと思って」


「アンジェリーク様は、レンスのような華やかな街の方がお好みなのかと思っておりましたが」


「事故に遭う前はね。でも、事故に遭って色々見つめ直したら、自然に囲まれてゆっくり過ごすのも悪くないかなって思ったの」


 田舎に帰ってゆっくり過ごす。これも前世で叶えたかった夢の一つだ。


 主人公のエミリアを探すというミッションもあるけれど。


 ハッピーエンドで完結したからといって、私の人生が終わるわけではない。だったら、終わった後で慌てて住処を探すより、どこかに拠点を構えておいて、夢が達成されたらその場所でのんびり過ごす方が楽だ。


「できれば、海に面してたら最高なんだけど。いや、面してなくても通える範囲ならいい」


「海、ですか……」


 ロゼッタが地図と睨めっこを始める。無茶振りだったかなと心配になったけれど、意外にもすぐに候補地は見つかった。


「カルツィオーネなんかはどうでしょう」


「カルツィオーネ?」


「はい。王都からはかなり離れておりますが、国一の森林面積と農耕面積を誇っております」


「おぉ!」


「フィラーレン国との国境付近ですが、南に行けば海がありますし、条件に当てはまっているかと」


「そこいいじゃん!」


「しかし、領地は広大ですが、王都やレンスほど人口はおらず、栄えているとは到底言えません。それに、自然が多いため魔物が多く住んでおりますゆえ、危険度も高い。それでもよろしいのですか?」


「とりあえず、一回行ってみたい。それで気に入ったらそこに住む」


「では、領主であるカルツィオーネ辺境伯様にお伝えして、訪問日程を調整いたしましょう」


「えー、領主様に会わきゃダメ? 堅苦しい挨拶とか苦手なんだけど」


「ダメですね。あなた様は貴族令嬢ですから。他の領地へ行くのなら、一度ご挨拶に伺うのが礼儀です。それに、もし何か不測の事態が起きた時、すぐに頼ることもできますから」


「ちぇー、わかりました」


 貴族って面倒くさい。ちょっと様子見で旅行するだけなんだから、わざわざ挨拶しなくてもよくない?

日本で国内旅行した時、いちいち訪問先の県知事に挨拶したりしないでしょう?


 そんな不満が顔に出ていたらしい。視線を感じるなと思ったら、ロゼッタが真顔で睨んでいた。


「行く前に今一度、礼儀作法の復習をしておきましょうか。事故に遭われて記憶が曖昧なようですから」


「いや、いい! だ、大丈夫だから。それくらい身体が覚えてるわよ」


「信じられませんね。二週間近く部屋に引きこもっておられて、その間私以外の人間としゃべってこなかったんですよ? 気の緩みがあちこちに散見されます」


「うっ」


 確かに、外に出ないからかしこまったドレスなんか着てないし。お茶の時間だって、誰も見てないからと作法を飛ばしている時もある。そういうところを、ロゼッタは見逃していなかったわけだ。


「では、そういうことで」


「はい……」


「なにかご不満でも?」


「なんか、最近のロゼッタ厳しくない? 前は"左様でございますか"って言ってスルーしてたのに」


「貴族の令嬢として、アンジェリーク様がきちんと振る舞えるか、心配して口を出しているだけです。心配されるのは嬉しいのでしょう?」


「ほら、なんか会話のやりとりまで変わってる」


「お嫌でしたら元に戻しますが」


 真顔でそう聞いてくる。どっちのロゼッタがいいのか選べといわんばかりだ。


 そんなロゼッタの変わりように、私は思わず苦笑した。


「元に戻さなくて結構よ。今のあなたの方が私は好ましいから」


「左様でございますか」


 それはいつもの無表情なのに。心なしか嬉しそうに見えた。


「でも、意外だったわ。ロゼッタは今回のカルツィオーネ行きを反対すると思ってた」


「どうしてですか?」


「だって、貴族の令嬢が田舎で一人暮らしなんてできっこない、って思ってるんでしょう? だから現実を見ろ、って突っぱねられるかなって」


「正直、今まで何不自由なく生活してこられた方が、突然働いて生計を立てるのは無理があるかと。ですが、これはアンジェリーク様の人生。外野がとやかく言うものではないかと。それに、アンジェリーク様は私が無理だと言ってもやりそうな気がしましたから」


「そうね、やってみなければわからないじゃない、って反論するわね」


「でしょう? それに、人に言われるより、実際に失敗した方が、言葉の意味を深く理解できるかと」


「身をもって知る、ってやつね。やなこと言うわ。でもまあ、ここでくすぶってるよりかはマシよね」


「それは私も同感です」


 へえ、意外。ロゼッタもそう思ってたんだ。つまり、なんやかんやで彼女なりに私を心配してくれていたということか。思わず頬がにやけそうになる。


「なんですか?」


「いや、わかりにくいけど、ロゼッタって優しいんだなーと思って」


「私が、優しい……?」


「そう。あ、でも一人暮らし始めたら私は貴族じゃなくなるから、侍女のロゼッタとお別れしなきゃいけなくなるのか。それはちょっと寂しいなぁ」


 ロゼッタもついてきてくれたら心強いけど。しかし、それこそロゼッタにはロゼッタの人生がある。ただでさえ苦労するとわかっている一人暮らしに、彼女を巻き込むわけにはいかない。


「ロゼッタ?」


 言葉が返ってこなかったので、不思議に思いロゼッタを見る。


 無表情でもわかる。彼女は動揺しているようだった。


「……すみませんが、辺境伯様にご連絡する準備をしてまいります」


「あ、うん。わかった」


 ロゼッタは振り返ることもなく、静かに部屋を出ていった。


「私、何か気に障るようなこと言ったかな?」


 会話のやりとりを思い出してみるが、怒らせるようなことは言ってないと思う。


 いや、もしかして一人暮らし始めたらロゼッタとお別れになるってのがマズかったのかな。ロゼッタはわたしの侍女として雇われているんだから、私がいなくなったら解雇されるかもしれないし。それが嫌だったのかな。


「あーもう! わかんないからモヤモヤするっ」


 地図もノートも見る気になれなくて、私は窓から空を仰いだ。


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