兄妹設定で
クレマン様が鎧や剣を身につけて玄関を出ると、そこには五十人くらいの人達が集まっていた。よく見ると、マティアスも強張った顔をして立っていた。
「我々はこれから、レインハルト殿下、ラインハルト殿下の救出に向かう。最近の魔物の多さからいって、けっして油断はできない。さらに、レインハルト殿下は深手を負っている。もはや一刻の猶予もない。本来なら君達を危険に晒したくはないが、私一人の力ではどうにもならない。だから、君達の力を借りたい」
「水くさいですよ、クレマン様!」
「我々は、クレマン様のお役に立てて光栄です!」
「ありがとう、みんな。みなの健闘を祈る。出発!」
『オォーー!』
雄叫びがカルツィオーネの大地を震わす。そして、クレマン様の馬は走り出した。
クレマン様の後ろには、エミリアがしがみついて乗っている。ここへの待機組以外の面々は、馬に乗れる者は馬で、そうでない者は走って向かうことになった。
「ロゼッタも馬に乗れるじゃない」
「ご冗談を。ここで馬に乗ってしまったら目立ってしまいます。それに、これはアンジェリーク様への良い訓練になるかと。持久力はあった方が断然有利です」
「わかってるわよ、そんなこと。こんなことになるなら、朝頑張って走るんじゃなかった」
クレマン様の馬とダルクール男爵の馬は、もうはるか遠くになっている。これが貴族と平民との差か。
はあ、と思わずため息をつく。すると、男爵が連れてきた傭兵の一人が、私の所へ近付いてきた。よく見ると、相手は女性だった。
「へえ、あんたも女性なんだね。めっずらしー」
「女性ってわかりますか?」
「そのフードからチラチラ見える髪を見たらね、さすがにわかるよ」
「はははっ、そうですよね」
気のせいか、ロゼッタが顔を逸らして笑っているような気がする。こんにゃろう。
男性用の服なので、ある程度ダボついているから、胸の膨らみはそんなにわからないだろうとは思っていたけど。まさか、そこでバレるとは思わなかった。忌々しい縦ロールめ。
「向こうの男は兄弟か?」
「はい、兄です。私は危険だから家で待ってろと言ったのですが。妹は言うことを聞かなくて」
「そうなの? どうりで足取りがおぼつかないわけだ」
走り方一つで運動不足を見抜けるとは。確かに、今は短剣を腰に下げているから、ちょっと重くて動きは朝より鈍いけど。ロゼッタは私と違って長剣を腰に下げているのに、私より軽やかに走っている。その差も大いに関係しているのかもしれない。
というか、やっぱりロゼッタは男に見えるんだ。しかも、兄妹設定とは。
「あなたは傭兵なんですよね? 長いんですか?」
「まあね。もう五年以上はやってるかな」
「おぉ。大先輩だ」
「そっちは?」
「私はまだ全然。最近になってやっと兄から剣を教わり始めたばかりで」
「お兄ちゃんに?」
「兄は昔魔法師団に入っていて。剣も魔法も得意なんです」
「へえ、そりゃどんな戦い方をするか楽しみだ」
女性は興味津々といった様子で笑う。ロゼッタはというと、いつもの調子で相手にしないという感じだった。
「私は、リザっていうんだ。お互い頑張ろうな」
「はいっ」
そう白い歯を見せて笑うと、リザさんは一つにまとめた髪を揺らしながら、集団の前の方へと走って行った。
「傭兵の中にも女性はいるのね」
「女性の場合は、剣士になれても、受け入れてくれる職場がほとんどありませんから。そういう人達は、大概実力主義の傭兵になることが多いようです」
「性差別だわ。許せん。落ち着いたらカルツィオーネで女性剣士も募集するよう、クレマン様に進言しよう。どうせ人手不足なんだし」
「ずいぶんと偉くなったものですね」
「提案するだけよ。それくらいいいでしょ」
「この話は、現場に着いてからにしましょう。どんどん遅れてますよ」
「……っ、わかってるわよ」
そう反論する間にも、のろまな亀の私はどんどん抜かされていく。先頭集団の中には、ヘルマンさんとその息子のマティアスの姿があった。
「私が着く頃には、もう終わってたりして」
「なるほど。その手がありましたね」
しまった。これでロゼッタは私の尻を叩かなくなる。これは本当にあり得るかもしれない。
「そんなことに、なって、たまるかぁっ」
気力を振り絞り、私は前を行く集団を目指して走った。




