叶えたい夢
レオ様が訴えに来た日から三日。
相変わらず、彼はうちに足を運んでは、お父様に追い返されている。
トボトボと馬車に戻るレオ様を部屋の窓から覗いていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「失礼します」
入ってきたのは、ロゼッタだった。彼女は机の上に置かれた手付かずの食事を見て、小さなため息をつく。
「アンジェリーク様、少しは食べませんと倒れてしまいます」
「しょうがないじゃない。食欲ないんだから」
「なくても、無理矢理にでもねじ込んでください」
「やだ」
ぷいっとそっぽを向く。すると、ロゼッタはまたため息をついた。
なんだか、ずっといいようのない罪悪感が胸にまとわりついている。
わかっている。事故に遭ったのは私のせいではなく、不可抗力だったと。それでも、心のどこかが納得していない。
「私はあの事故で死ぬべきだったのかな……」
誰に言うでもなく、ボソリと呟く。ロゼッタのトレーを持つ手が止まった。
「死にたかったのですか?」
「そういうわけじゃないけど……」
「だったら生きるべきです。月並みの言葉になりますが、世の中には生きたくても生きられなかった者もたくさんおります。ならば、生き残った者はその人生を全うする義務がある。たとえどんなに辛く、苦しくてもです」
「ロゼッタ……」
「まあ、これはある人からの受け売りですが」
そういえば、私はロゼッタのことをよく知らない。どこからきたのか、今までどんな風に生きてきたのか。
「ロゼッタは、そんな風に生きてきたの?」
「はい。今のアンジェリーク様くらいの時に両親を亡くし、一人で生きてきました。もう死んでもいいと思っていた時にその言葉を聞いて、私は生き残る選択をしたのです。今でもその選択が正しかったのかどうか迷う時はありますが」
「もしかして、後悔してるの?」
私のその問いかけに、ロゼッタは驚いたという風に目を見開いた。
「……わかりません。自分自身、これからどうしたいのか、どうすればいいのか。意味を見出せなくても、人は生きていくことができます。しかし、それはどこか虚しい。でもきっと、それ以上を望むのは贅沢なのでしょう」
ふいに、ロゼッタの顔が翳った気がした。まるで、自分は幸せになってはいけないと、そう自身を戒めているかのように。
ロゼッタがハッと我にかえったのがわかった。
「つまらない話をしてしまいました。申し訳ありません」
そう言って、ロゼッタはトレーを持って部屋を出て行こうとする。気付けば、私はその背中に抱きついていた。
「アンジェリーク様?」
「少なくとも、私はあなたに感謝してるわ。家族ですら見放された私に、あなたは寄り添ってくれている。それがこんなにも心強いんだって教えてくれたんだもの」
「それはあくまで仕事ですから」
「わかってる。でもその勤勉さ、嫌いじゃないわ」
なんで私はこんなになってまで働いているんだろう。社会人の時、何度もそう思った。
生きていくため。そう言葉にしてみたら簡単だけれど、ふとした瞬間、真っ暗闇の海に落とされた気分になる。
何も見えない、何も聞こえない。折れそうになる心。
そんな私を支え続けてくれていたのが、この小説だった。
「私は死なない。だって、叶えたい夢があるから。それまでは何があっても生き抜いてみせる。だからどうか、あなたにもそんな素敵な夢が見つかりますように」
「アンジェリーク様……」
「はい! と言うわけで、そのトレーを机に戻してください」
「お食べになられるのですか?」
「うん。なんか吹っ切れたらお腹空いちゃった」
私があっけらかんとそう言うと、ロゼッタが初めて笑った。
「アンジェリーク様は、たまに意味不明で面白いですね」
「それ、褒めてないわよね」
「はい」
「肯定すんなっ」
そうだ、くよくよしてる暇なんてない。
この小説を完結させる。その夢を叶えるために、まずは動き出さないと。
そう思いながら、私はパンを一口頬張った。