ジルの心配
「あれ? ジルどうしたの?」
そこには、ジルがいた。彼は練習用の木製剣を握って素振りしている。私に気付いたジルは、一旦手を止めた。
「おはようございます、アンジェリーク様」
「今日はお客様が来る日だから、訓練はお休みって言われたわよね?」
「そうですけど。でも俺、一日でも早く剣士になりたいから。休みたくないんです」
「へえ、そうなんだ。やるじゃん」
大掃除の後、どうせならと私はジルと一緒にクレマン様から剣を教わっている。
ヤニスに襲われた翌日、エミリアとルイーズと一緒にジルも見舞いに来てくれたんだけど。私のボロボロの姿を見て、彼は泣いてしまった。「ごめんなさい……ごめんなさい……っ」と何度も謝りながら。
もちろん、ジルのせいじゃないよと抱きしめてあげたんだけれど。その一件以来、ジルは私に敬語を使うようになった。
「アンジェリーク様だって、なんでここに来たんですか」
「私も早く剣の技術を身につけたかったから。あと今日はロゼッタに指導してもらおうと思って」
「ロゼッタさんに?」
「彼女、こう見えて十二歳で魔法師養成学校に入学して、魔法だけじゃなく、剣術でもトップで卒業した天才なんだって」
「えっ、十二歳で?」
「そうです。私天才なんです。そんな私に教えを乞うのですから、死ぬ気でついてきてください」
「わかってるわよ。ちゃんと朝だってあの距離走り切ったし、その後の筋トレもやり切ったでしょ?」
「あれくらいで調子に乗ってもらっては困ります。本来なら今日の倍以上はこなしてもらわないと」
「……わかってるわよ」
ぶー垂れながらも、木製剣を握って構える。ジルはロゼッタをじっと見つめていた。
「なんですか?」
「……十二歳で養成学校に入るのって、大変でしたか?」
意外な質問に、思わず私もロゼッタもジルを見る。彼は気まずそうに視線を逸らした。
ああ、なるほど。そういうことか。
「私も聞きたい。ロゼッタの学生時代の話」
そうジルを援護しつつ、彼に見えないところでロゼッタにお願いのポーズをしてみる。すると、ロゼッタは小さなため息をついた。
「べつに、面白い話でもありませんよ」
そう前置きしてから話し始める。
「ご存知の通り、十二歳で入学する人間は数えるほどしかいません。私が入学した時も、貴族、平民共に十二歳の者は私一人だけでした」
「たった一人……」
「そうです」
「嫉妬とかすごそうね」
「そうですね。初めの頃は面白くないと突っかかってくる輩がたくさんいました。十二歳なのに生意気だと」
「生意気……」
「べつに、好きで入ってるわけじゃないのに、ひどい言いがかりね」
「その通りです。毎回相手するのがあまりに面倒だったので、一度強めに脅したんです。そうしたら、今度は誰も近寄らなくなりました」
「さすがロゼッタ。いじめに屈しないどころか蹴散らすとは。お見事です」
「でも、一人になっちゃったんですよね? 寂しくはありませんでしたか?」
ジルが寂しそうな顔でロゼッタに質問する。彼女は少し間を置いた。
「いくら強がっていても、所詮は十二歳の子どもです。寂しくないと言えばウソになります。ですが、泣こうが喚こうが、現状が変わるわけではありません。受け入れて前に進むしか方法はありませんでした」
「そう、ですか」
「いずれ、ルイーズも十二歳になれば養成学校に入学するでしょう。クレマン様にも推薦していだだけるよう動いてもらっています。あなたも彼女の魔力の大きさには気付いているのでしょう?」
ロゼッタがそう聞くと、ジルは不本意ながらも頷いた。
「あのっ、ルイーズの入学の件、みんなと同じ十五歳からじゃダメですか? 確かに力は強いだろうけど、そこはなんとか隠して……」
「無理ですね」
ロゼッタがバッサリ切り捨てる。あまりの切れ味に、ジルは続く言葉を失ってしまった。
「確かに、十二歳であれば魔力検査を受ける年齢ではないので、誤魔化すこともできるでしょう。しかし、それは彼女のためになりません」
「ルイーズのため?」
「そうです。今までのようにきちんと魔法と魔力を制御しきれず、感情のままに暴走を繰り返していたら、いずれ死者が出るでしょう。それを今の彼女は受け止められますか?」
「それは……っ」
「本気で彼女のためを思うのなら、今のうちからきちんと魔法を制御する方法を学ぶべきです。それほどまでに、彼女の力は強いのですから」
ロゼッタにそう言われ、ジルが私を一瞥する。ルイーズの魔法が暴走した時、当たりどころが悪ければ私も危なかった。
ロゼッタの言い分は正しい。たぶん、ジルもそれはわかっているのだろう。
「……でも、一人は寂しいじゃないですか。両親を亡くして、孤児院にきてやっと一人じゃなくなったのに。それなのにまた引き離すなんて」
「安心なさい。きっと、エミリアもルイーズと同じ年に養成学校へ入学させられるでしょう。一人じゃありません」
「でも、いじめられるかもしれないじゃないですか! 年下なのに生意気だって。もし相手が貴族だったら、エミリア姉ちゃんだって守りきれないっ」
ジルは悔しそうに剣の柄を握りしめる。今回の件で、貴族に対する警戒をより一層強めたのだろう。
ジルの背後に漂うのは、無力感。こんな時何もできない自分が、悔しくて、情けなくて、辛いのだろう。
どうフォローしようか。そう悩んでいると、背後から声が聞こえた。




