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ただのモブキャラだった私が、自作小説の完結を目指していたら、気付けば極悪令嬢と呼ばれるようになっていました  作者: 渡辺純々
第三章 二人の王子と極悪令嬢

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我慢比べ

 ヤニスの襲撃を受けた翌日。


 朝食後、話があると言われて、私とロゼッタはクレマン様の部屋へ呼ばれた。


「率直に言おう。君はこの屋敷を出て行った方がいい」


 真剣な目でそう言われ、咄嗟には言葉が出てこなかった。


「……それは、私がここにいるとご迷惑だからですか?」


「そうじゃない。君は私の花嫁候補して知れ渡っている。いつまたヤニスみたいな考えを持つ輩に襲われるかわからない」


「だから、また傷付く前にここを出て行けと、そういうことでしょうか?」


「そうだ。私のせいで君がこれ以上傷付く必要はない。私の花嫁候補を降りたとなれば、みな君への興味は無くなるだろう。他の地でロゼッタと二人、心穏やかに過ごせばいい」


「他の地で……」


「行きたい場所が決まったら教えてくれ。そこの領主に手紙を書こう。力になってくれるよう、私からも働きかける。だから――」


「お断りします」


 クレマン様の言葉を遮り、私はピシャリと言い切った。クレマン様は驚いている。


「何故だ? 私は妻を取る気はない。ここへ固執しても、また傷付くだけだ。帰る家が無いというのなら他へ行けばいい。ただそれだけのことだ。それなのに、どうして断る?」


「そこに、私の幸せはないと確信しているからです」


 迷いなく答える。クレマン様は言葉に詰まっていた。


「たとえ、このお屋敷を出て他へ移り住んだとしても、ヤニスのような輩から襲われなくなるというだけで、継母から命を狙われることに変わりはありません。結局、どこへ行っても私に安息の地はないのです」


「いや、しかし……」


「馬車に轢かれた時思ったのです。人間、いつ死ぬかわからないと。それなら、私は私の好きなように生きよう。そう心に誓いました。今の私が望んでいることは、安泰の人生ではありません。たとえ辛く苦しくても、自分がこうしたいと決めた道を突き進むことです。その先に幸せが待っていると、私は確信しているから」


 事故で死んだ時、初めて人の命は儚いものなのだと知った。


 人と比べて、遠慮して。自分を殺し周りに合わせて、周りの目を気にして、自分のやりたいことを押し殺して、肩身狭く生きていて。


 その結果が、大切にしてきた自作小説の最後を書く前に死ぬという最悪のオチだった。


 未練、後悔。アンジェリークに転生してから死ぬほどしてきた。


 あの時書き上げていれば、私は未練たらしくこの小説の中に転生しなかったんじゃないか。


 こんな死ぬような怖い思いをしなくてすんだんじゃないか。そう思っては打ち消す毎日。それはとても虚しくて。


 だからこそ、もう遠慮はしないと決めた。


 盗賊が襲ってこようが、魔物が襲ってこようが、私は私のしたいことをする。


 周りがどう思おうが関係ない。今度の命はめいっぱい自分のために使う。叶えたい夢のために突き進む。たとえそれでロゼッタに迷惑かけても。それが私の答えだから。


「もちろん、クレマン様にご迷惑がかかるのであれば、私は喜んで身を引きます。ですが、そうでないのなら、このままこのお屋敷にいさせてください。そして、私に剣を教えてください。軍神とまで言われた、あなた様の剣を」


「剣を? どうして」


「強くなりたいからです。もう誰にも心配かけないくらいに。自分の身は自分で守りたい」


「なるほど。しかし……」


「それに、もう逃げたくはないのです。コソコソと生きるくらいなら、正々堂々と立ち向かいたいから」


 決意を込めた目で訴えかける。


 クレマン様がいいよと頷くまで、私は一歩も動かない。これは我慢比べだ。


 クレマン様との睨めっこが続く。結局折れたのは、深いため息をついたクレマン様だった。


「君は頑固だな。芯が強く、それでいて他人を気遣える。私の妻によく似ているよ」


「奥様に? それは光栄です」


「クレマン様、さすがにそれは言い過ぎです。アンジェリーク様が図に乗ってしまいます」


「ロゼッタは黙ってて。私今良い気分なんだから」


「おや? 褒めたつもりはないのだが」


『えっ?』


 ロゼッタと二人驚くと、クレマン様は可笑しそうにクククッと笑った。


「妻が生きていたら、きっと君を気に入っていただろう。気が合うというのかな。ここで屋敷から追い出したら、なんでそんなことをしたのかと責められかねない」


 そこまで言って、クレマン様は真面目な顔つきになった。


「いいだろう、好きなだけここにいて良いと言ったのは私だ。危険を承知でというのなら、もう私からは何も言わない」


「ありがとうございます」


「剣も教えてあげよう。ただし、私は女性だからといって手を抜くことはしないし、中途半端は許さない。私に教えを乞うのなら、世界一を目指すつもりで励みなさい」


「はい!」


 やった、これでクレマン様から剣を教えてもらえる。これをマスターすれば、たとえ一人になってもロゼッタの到着を待たずに戦えるはず。


「本当によろしいのですか、アンジェリーク様。私との訓練の他に、クレマン様にも教えを乞うなんて。身体が持ちませんよ?」


「そんなの、やってみなければわからないじゃない」


「君はロゼッタにも教えを乞うているのか」


「はい。使えるものはなんでも使おうかと」


「言い方に気を付けてください。今のだとクレマン様に失礼です」


「構わんよ。むしろ、それくらい貪欲でなければ困る」


「そうですよね」


 ふふん、とロゼッタに向けて鼻を鳴らす。彼女の片眉がピクリと反応した気がした。


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