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ただのモブキャラだった私が、自作小説の完結を目指していたら、気付けば極悪令嬢と呼ばれるようになっていました  作者: 渡辺純々
第二章 辺境伯と花嫁候補

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強くなりたい

 目を開けると、目の前にはロゼッタだけでなく、ヴィンセント家にいる全員の顔が、心配そうに私を覗き込んでいた。


「ああ、目を覚ましましたよ、ミネ」


「ええ、良かったですわね、ヨネ」


「ここは……」


「ここはお前の部屋だ。ロゼッタがここまで運んできてくれた」


「ロゼッタが……」


 ニール様が静かにそう教えてくれる。その口調はいつもより柔らかい。


 そういえば、ロゼッタに抱きしめられた後の記憶がない。もしかしたら、泣き止む前に気を失ってしまったのだろうか。


 起きあがろうとしたら、腹部に激痛が走った。思わず「いっ」と呻くと、顔と鼻にも鋭い痛みが走る。


「無理をしなくていい。まだ寝ていなさい」


「クレマン様……」


 大きくて優しい手が、私の身体をゆっくりベッドへ戻していく。向かいにいたココットさんは憤慨していた。


「女の子に暴力を振るうなんて。しかも、顔を殴るだなんて信じられない! ほんと許せないよ、あのヤニスって男だけはっ」


「本当よ。嫁入り前の大事な身体なのに」


「許せませんわ」


「一応、アンジェリーク様がお返しに、相手の顔に拳と頭突きをかましています。ですが、私には物足りないくらいです」


 ロゼッタの言葉に、ミネさんヨネさんとココットさんが頷く。そんな三人のいつものやりとりに、私はホッと安堵の息を漏らした。


「どうしてわかったのですか?」


「ジルが教えてくれたんだよ。アンジェリーク様が危ない、どうか助けてほしいって。泣きながらね」


「ジルが?」


「もう少し早く言えばいいものを」


「違うんです、ニール様。ジルはヤニスに脅されていて……」


「大丈夫、それも全部聞いた。君がジルと孤児院の子ども達を守るために、一人でヤニスの元へ向かったと。気付いてやれなくてすまなかった」


 クレマン様の顔が悲痛に歪む。私は慌てて否定した。


「そんなっ、クレマン様のせいではありません」


「そうです。これは、重々警戒していたのに、みすみす隙を与えてしまった私の責任です」


「いいえ、ニール様。これは護衛でありながら、アンジェリーク様を一人にしてしまった私の責任です」


「それも違うわ、ロゼッタ。悪いのは全部ヤニスなの。他の誰も悪くないわ」


 だから、お願いだからみんなそんな悲しそうな顔しないで。いつもみたいに笑って。自分を責めることをやめて、無事で良かったって、ただ私に笑いかけて。そうじゃないと、また怖くなって泣いてしまいそうになる。


「ロイヤー子爵家には、私から厳重に抗議しておく」


「安心しろ、クレマン様の逆鱗に触れたことを後悔させてやる」


 クレマン様とニール様が強い口調でそう言う。そして、クレマン様は私の頭を撫でた。


「守ってやれなくてすまなかった。今日はもう休みなさい」


 クレマン様がそう言って、みんな部屋から出るよう促す。残ったのは私とロゼッタだけになった。


「みんなに心配かけちゃった」


「本当です。脅されていたとはいえ、私には話してほしかったです」


「うん。心配させてごめんね……」


 そう謝りつつ、徐々に視界がぼやけていく。そのうち、堪えきれず涙が溢れた。それを見て、珍しくロゼッタが慌てだす。


「べつに、責めているわけでは……っ。いつもなら、これくらい言い返すじゃないですか」


「違うの。これはね……悔し涙」


「悔し涙?」


「うん。大勢の敵に囲まれて何もできなかった自分と、クレマン様にあんな辛そうな顔をさせてしまった自分と。そのどれもが悔しい」


 本当に、何もできなかった。抵抗もできず、あの盗賊三兄弟達のように果敢に戦うこともできず、ただロゼッタが助けに来るのを待つだけで。


 ロゼッタやニール様に偉そうなこと言ってても、私は何もできないただの人間。そのことを痛いほど思い知らされた。


「強くなりたい……。クレマン様やみんなに心配かけないくらい、ヤニスみたいな奴が仕掛けた罠に嵌っても泣かないくらいに。私は強くなりたい」


「あなた様はもう十分お強いです。あの状況でもただ泣き叫ぶことはせず、私が到着するまでの時間を稼ぎ、相手に勘づかれないよう大きな声を出して、私に居場所を教えてくださいました。十分胸を張って良いかと」


「あれはね、半分壊れかけてたってのもあるけど、ロゼッタのおかげなんだよ」


「私の?」


「そう。ロゼッタなら、必ず私を助けに来てくれるって、そう信じてたから」


 駆け落ち未遂の時、私達を見つけ出したロゼッタなら、必ず私のことを見つけてくれるはず。敵が何人いたとしても、人類最強と自称する彼女なら倒してくれるはず。そしてロゼッタなら、必ず私との約束を守ってくれる。


 そう思えたから、彼女を信じて待つことができたのだ。


 私のこの言葉に、ロゼッタは驚いているようだった。


「ねえ、ロゼッタ。ちょっと起こして」


「ですが、怪我の具合がまだ……」


「上半身を起こすだけなら大丈夫よ。お願い」


 片手でお願いのポーズをしてみる。すると、ロゼッタは一つ息を吐くと、ゆっくり私を起こしてくれた。直後、私はお腹を押さえる。


「いたたたっ」


「ほら、やっぱり……」


 思わず私に顔を近づけてきたロゼッタ。その首に私は腕を回す。そしてそのまま抱き寄せた。


「助けてくれてありがとう、ロゼッタ。そして、あなたのせいだって責めてごめんなさい。あれ、八つ当たりだから。誰かに怒りをぶつけないと、心が押し潰されそうだったから。だからあなたを利用した。最低だよね、私。傷付けちゃって、本当にごめんなさい」


 あの時の、ロゼッタの傷付いたような顔が思い出される。それでも、ロゼッタは怒らなかった。


「安心してください、あれは八つ当たりだったと存じ上げております」


「そお? 結構傷付いてるように見えたけど」


「気のせいですね」


「あっそ」


 ふいっとそっぽを向くロゼッタが可愛らしい。うん、なんだかちょっと元気出てきた。


「ねえ、ロゼッタ。私に剣術を教えて」


「剣を?」


「うん。剣だけじゃなくて、体術とか護衛術とか、武術全般」


「いったいどうして?」


「さっき言ったでしょ? 強くなりたいって。心だけじゃなく、身体も強くなりたいの。ロゼッタみたいに、大勢の敵に囲まれても、息一つ乱さずバッサバッサと倒してみたい。ダメかな?」


 上目遣いで聞いてみる。ロゼッタは、少しの間私をじっと見つめていた。その後で、わざとらしくため息をつく。


「どうせ、ダメと言っても聞かないのでしょう。だったら、お望み通りにいたします」


「やった! ロゼッタ優しい。いよ、ロゼッタ先生っ」


「ですが、私の指導は厳しいですから。泣こうが喚こうが手加減はいたしませんよ」


「お、おう。かかってこいやー」


 ふざけてファイティングポーズをとってみる。すると、ロゼッタにギョロリと睨まれた。


「……やっぱり、お手柔らかにお願いします」


「却下」


 おぉ、怖っ。真剣に取り組むつもりだけど、少しでもふざけたら半殺しにされそう。


「そうだ。どうせならクレマン様にも剣を教わろう。かたや軍神、かたや人類最強の暗殺者、これもう無敵だわ」


 なんて言って、一人で盛り上がってみる。そんなわけない、とツッコミが入るかと思っていたけれど、ロゼッタはただ黙っていた。


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