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ただのモブキャラだった私が、自作小説の完結を目指していたら、気付けば極悪令嬢と呼ばれるようになっていました  作者: 渡辺純々
第五章 常闇のドラゴンVS極悪令嬢

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この胸の高鳴りは

「本当に馬車は使わなくて平気なのですか、殿下」


 街へと下りる道中、私を背負ったまま歩いている殿下に改めて聞いてみた。


「必要ない。さっきも言った通り、街は祭りの準備で人がごった返している。馬車なんかで通ったらうっかり轢くぞ」


「それはそうですが……」


「なんだ、今さら嫌になったか?」


「嫌と言うか……ちょっと恥ずかしいなって」


 ロゼッタならまだしも、殿下におんぶされてるところをみんなに見られたら、色々と冷やかされそうな気がする。それは恥ずかしくて嫌だ。


「お前にも恥じらいはあったんだな。驚いた」


「降ろしてください。自分で歩いて行きます」


「断る。そんなことしてたら日が暮れる」


「もう何なんですか!? なんでそんなに私をおんぶしたいんですか。もしかして、背中に当たる胸の感触を楽しんでるんじゃないでしょうね? 殿下のエッチ」


「バッ……! そんなわけあるか! 第一背中に感触が残るほど胸ねーだろっ」


 その瞬間、頭の中でプツンと何かが切れる音がした。そのまま無意識に腕を殿下の首に巻きつけて絞め上げる。


「殺す」


「バッ……く、苦し……死ぬ……っ」


 国の王子の命を狙うなど大罪。捕まれば即死刑。そう頭ではわかっているのに、女のプライドが殿下の首を絞めろと言って離さない。


 そんな二人の攻防を止めたのは、呆れ顔のエミリアだった。


「はい、ストーップ! ケンカはそれくらいにしてください。アンジェリーク様の身体に障ります」


 アンジェリーク様もわかってますよね、とその目が訴えている。どう見ても勝ち目はないので、私は渋々ながらも殿下の首から腕を離した。


「ごほっ、ごぼっ……。ったく、ほんとおっかない女だな、お前は」


 殿下は咳き込みつつ、それでも私を落とさず再び歩き出す。意地なのか根性なのか、彼もなかなか頑固だ。


「……どうして殿下は私をかまうのですか? 私なんか放っておけばいいのに」


 どうして放っておいてくれないのだろう。他の令嬢達のようにしおらしいわけではないし、可愛いわけでもない。ロゼッタのように特段美人というわけでもない。基本自由人だし、極悪令嬢だっていう悪評もあるくらい迷惑を振りまいている。こんな面倒くさい私なんか放っておけばいいのに。


 その時、一度ヒュッと風が吹いた。その強さに思わず目をつむる。それでも、殿下の足は止まらなかった。


「俺はお前に感謝しているんだ」


「は? 感謝? 私に?」


 まさか殿下の口からそんな言葉が出てくるとは思わず、間抜けな声が出た。殿下はただ頷く。


「子どもの頃からレインハルトは出来が良かった。勉強、武術、社交性、どれをとっても俺よりはるかに上手にこなしていた。だから周りからはよく言われていたよ、双子なのに弟の方は出来が悪いって」


「それは……」


 ひどい、と言いかけた口が止まる。はたと気が付いたからだ、その劣等感は作者である私が彼に植え付けたものだ、と。


 原作では、ラインハルトはレインハルトに劣等感を抱いている。それをエミリアが解してくれたから彼は彼女のことを好きになる、という筋書きだった。


 ダメだ、罪悪感からどんどん顔から血の気が引いていく。そんなあわあわする私に殿下は気付かない。


「どんなに頑張ってもあいつには勝てない。きっと向こうも俺のことをバカにしているに違いない。そんな風に周りから植え付けられたその劣等感は憎しみに変わり、あの頃の俺はレインハルトが大嫌いだった」


「あれ? でも今は大の仲良しですよね」


「さっき言ったこと覚えてるか? アナスタシアに魔物の前に一人置き去りにされたことがあるって」


「ああ、そういえば言ってましたね」


「あの時、一番最初に助けに来てくれたのは、クレマンじゃなくレインハルトだったんだ。大丈夫か、俺がお前を守ってやるって。そして魔物を追い払おうとして大怪我をした。だから近衛騎士達はアナスタシアに激怒したんだ、次期国王を殺す気か、と」


「なんというか……亡き義母に代わって謝罪します。ごめんなさい」


「べつに謝る必要はない。あのおかげで俺は目が覚めた」


「目が覚めた?」


「あの時、俺はただ恐怖に震えて一歩も動けなかった。ただ泣き叫ぶことしかできなかったんだ。当然だ、力のないただの非力な子どもだったんだからな。それが普通の反応だ」


「そうでしょうね。ルイーズも助けに行った時そんな感じでしたし」


「だが、レインハルトは違ったんだ。あいつは剣も持たず丸腰のまま、俺を守るように魔物の前へ出て、そして木の棒で必死に魔物を追い払おうとしたんだよ」


「そんな……無茶です。そりゃ大怪我するはずですよ」


「だろ? だが俺はその時思い知ったよ。レインハルトの器の大きさを。誰かを守るためなら自分を犠牲にしてもかまわない、そんなことを無意識に起こせる奴こそが王になるべきだって。まったく俺の完敗だった」


「なるほど、だからラインハルト殿下はレインハルト殿下が王に相応しいと思っておられるのですね」


「ああ。その一件のおかげで俺の中でレインハルトは憎むべき対象ではなく、尊敬する相手となった。こいつが王になるのなら、俺がそばで全力で支えよう。そう決めた」


 殿下の視線の先には、カルツィオーネの街へと続く城門があった。いや、もしかしたらもっとその先に目を向けているのかもしれない。


「あいつを支えるために強くなりたい。そう思ってクレマンに師事した。あの頃からクレマンだけはずっと俺の味方だったから。あいつなら信頼できると思って」


「お父様はそういうお方です。殿下は見る目がありますね」


「まあな。でも、俺なんかより強い奴はいくらでもいる。レインハルトを支えられる奴は他にもたくさんいるんじゃないか。そう思えば思うほど焦ったよ。特に周囲の人間もそう思ってたからなおさらな。だから、もっと強くなってレインハルトの隣は俺だけだって周りの奴らに認めさせたかった。バカだよな、俺。今思えばそんなに他人の目なんか気にしなくて良かったのに」


「思春期は特に周りの目が気になるものです。致し方ないかと」


「……お前が優しいとなんか怖いな」


「髪の毛むしり取りますよ」


「ははっ、やめろ。まだハゲたくない」


 クククっと殿下は笑う。またケンカするのではと目を光らせていたエミリアは、ホッと肩の力を抜いていた。


「そうやって焦ってる時にお前達の噂を聞いたんだ。今度来たクレマンの花嫁候補は、あのいわくつきのドラクロワの末裔を付き従えていると」


「うわー、最悪なタイミング」


「だろうな。だが、俺には最大のチャンスだった。ここで父と遺恨のあるドラクロワの末裔を俺が討てば、周りを黙らせることができる、認めさせることができる。とにかく必死だったんだ」


「なるほど、あの時の殿下の鬼気迫る迫力は、そういった背景があったからなんですね」


 正直、いくら陛下と遺恨があるとはいえ、何故王子がロゼッタを討ち取りに来たのかよく理由がわからなかった。確かにはたから見たら放っておけば国王の命を狙うかもしれない危険人物だが、そんな相手を王子自ら危険を冒してまで捕まえにくるなんて。でも、その理由なら納得だ。


「お前達にはいい迷惑だったな」


「本当です。あのせいで私達ばかりかジルやルイーズまで危険な目に遭ったんですから。大いに反省してください」


「アンジェリーク様、さすがにそれは言い過ぎでは……」


「エミリア、甘いわね。また同じことを繰り返さないよう、ここは厳しくしとかないと」


「そうだな、それはお前の言う通りだ。たぶん、ロゼッタも同じことを思ったんだろう。だから遠慮なく俺を打ち負かした」


「でしょうね。あの後お父様が、これは自分がしなければならないことだった、それをロゼッタに押し付けたような形になってしまって悪かった、と言ってましたから。きっとお父様もあの時の殿下に危機感を抱いておられたのでしょう」


「そうか、クレマンがそんなことを……」


「もし殿下が出会ったロゼッタが私の護衛ではなく暗殺者のままだったら。確実に殿下は人質にとられ、人質の命と交換という形で陛下の命を危険にさらしていたことでしょう。良かったですね、うちの従者が優しい人間で」


「まったく容赦なかったがな。でもロゼッタのおかげで自分の失態に気付けた。今では感謝している」


「その割には悔しそうでしたけど?」


 冷やかしのつもりで言ってみた。けれど、殿下はいたって冷静だった。


「ロゼッタに完膚なきまでに叩きのめされた時、頭が真っ白になった。今まで築いてきたものがすべて崩れ落ちて、弱い俺だけが残って。こんな俺には誰もついてこない、俺はレインハルトに相応しくない、そこまで思いつめて正直生きていることが嫌になった」


「あの殿下が?」


「あのってなんだよ。俺だって落ち込むことはあるんだ。覚えとけ」


 反射的に、嫌だ、と言おうとしたけど寸でのところでやめた。弱い自分を受け入れるしんどさは、私もよく知っているから。


「落ち込んで、不安になって。それで眠れなかったから気分を変えるために部屋を出たんだ。そしたら、ちょうどお前が座り込んで寝ているギャレットに毛布を掛けていて。その時笑っているお前を見て正直驚いた。これから国に連行されるかもしれないっていう人間が、他人を気遣うばかりか笑う余裕があるなんて。こいつは化け物かって」


「失礼な! たかが国に連行されるくらいでみんな怯えたりしないでしょう」


「悪いが、ほとんどの奴らは顔を真っ青にして怯えているぞ。特にロゼッタは国王を襲撃した犯人の血縁。連行されれば死刑かそれに近い処罰が下る可能性が高い」


「それは……っ」


「知らなかったわけじゃなさそうだな」


「そうなんですか?」


 エミリアが食い気味に聞いてくる。彼女はそこら辺よくわかっていなかったのかもしれない。私は答える代わりに視線をそらした。 


「お前は国中を敵に回してもロゼッタを守った。何故だ? 何故そんなことができる? 死刑になるかもしれないのに、何故笑っていられる? 色んな疑問が湧いてきて、それがお前への興味に変わった」


「うえ……マジですか。こんなことならしおらしくしとけばよかった」


「もう遅いな。お前は自分を裏切った領民達を助けたり、周りが無茶だと言っているのにジルやルイーズを助けに行ったり。周りのことなんか気にせず、自由に、自分の思うがままに生きていて。それを見ていて思ったんだ、俺は今まで周りの目ばかり気にして何をやっていたんだろう。こんなに自由に生きている人間がいるなら、俺だって自由に生きていいはずだ。周りが何と言おうと、俺は俺の勝手でレインハルトの支えになってやる。そう決めたらすっげー心が軽くなった」


 そこまで言って、殿下はふと立ち止まった。


「今の俺があるのは、全部お前のおかげだ。だから礼を言う、俺を自由にしてくれてありがとう」


 背負ったままで首だけ動かして殿下は私に微笑みかける。照れたような、はにかんだ笑顔。


 意地悪な笑みなら知っている、人をバカにしたような笑いも。でもこれは、心の底から嬉しい時のもの。年相応らしい、それでいてどこかたくましくも感じるその横顔に、思わず胸が高鳴った。


「べ、べつに殿下にお礼を言われる筋合いは……っ」


「ないだろうな。だからこうしてお前が落ち込んだ時くらいは手助けしてやりたくて背負ってる。これも俺の勝手だ、気にするな」


 そう言って、殿下は再び歩き出した。私の顔が赤くなっているのも確認しないまま。


 不覚だ。まさか年下の、しかも宿敵に匹敵するような相手に心動かされてしまうなんて。こんなの私らしくない。


 でも、何か言い返してやりたいのに言葉が出てこない。鼓動の音が邪魔をして思考を鈍らせる。なんだこれ、何が起こったの私の身体!


 ふとエミリアと目が合う。すると、フフフっと笑われた。それがなんだか恥ずかしくて、私は殿下の背中に顔を埋めた。


「そうそう、エミリアにも感謝してるぞ。お前はレインハルトを救ってくれたからな」


「それはたまたまロゼッタさんが回復魔法の使い方をきちんと教えてくれたからで……」


「それもあるが。そうじゃなくて、精神的にも救ってくれたってことだよ」


「精神的にも?」


「あいつはずっと次期国王としての重圧に苦しんでた。自分には相応しくないって。王となれば非情な決断を下さなければならない時もある。多くの兵を守るために、ジルやルイーズを見捨てるというような判断がまさにそれだ。だが、あいつは優しすぎる。その決断はあいつの精神に多大な負荷をかけてしまうんだ。それが苦痛だったんだろう。俺にはそんなあいつが早く死にたがってるようにも見えた」


「そんな、レインハルト殿下がそんなことを……」


「でも重傷を負ったあの時、お前にビンタされて目が覚めたってさ。自分はただ国王になる宿命から逃げて早く楽になろうとしてただけだって。でも、そんな自分を命懸けで助けようとしてくれてる人達がいる。それなのに自分だけ楽しようとして、それでいいのか、いやダメだろ、って前向きに考えられるようになったらしい」


「わお、エミリアすごいじゃない」


「そんな、すごいだなんて……っ」


「お前は回復魔法の使い手という宿命からは逃れられない。きっとこれからも色んな貴族に狙われるだろう。それでもお前は逃げることはせず、立ち向かうことを選んだ。怖いはずなのに、自分らしく生きるために前に進むという選択をした。そんなお前の姿を見て、レインハルトも己の宿命に立ち向かう覚悟を決めたんだ。この国の王として生きる覚悟を」


「レインハルト殿下が……」


「一番近くにいた俺ですらできなかったことだぞ。お前すげーよ。だから、これからもレインハルトのことを頼む。お前がそばにいてくれれば、きっとあいつも迷わず生きていけるはずだから」


 エミリアは何も答えない。無視しているのではなく、何か考え事をしているような感じ。それでもそのうち、彼女の瞳に力強い何かが宿った気がした。


「よし、行くか。ロゼッタと、そしてレインハルトに会いに」


 私達の視線の先、そこからは街の人達の声が聞こえてきていた。

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