こういうところが憎めない
「ア、アンジェリーク!?」
「そうです。野生児で、食い意地がはってて、花より団子なアンジェリークですが。なにか?」
「も、もしかして今の全部……っ」
「ばっちり聞いてました」
みるみるノアの顔が青ざめていく。その間抜けな顔は見てて面白いけれど、今は怒りの方が大きくて笑う気にはなれない。
「人が塞ぎ込んでいる時に、女の子と庭でイチャイチャするとはいい度胸じゃない」
「イ、イチャイチャだなんてそんなっ。僕が庭で作業してたら、イネスが自分も手伝うって言ってくれただけだよ。病気を治してくれたお礼がしたいからって」
「ほんとにぃ?」
「それは本当です! お礼がしたかったというのもありますが、前から植物に興味があったので、この機会にノア様に教えていただこうかと」
「え、そうだったの? もっと早く言ってくれたら詳しく教えたのに」
「ノア様のお手を煩わせたくはなかったのです。ご迷惑でしょうし」
「迷惑なんかじゃないよ! むしろ、仲間が増えるのは嬉しいから大歓迎。よし、じゃあ今からここにある植物を一つずつ説明していこうか」
「いいんですか?」
「うぉっほん!」
わざとらしく大きく咳をする。すると、二人とも『あっ』と固まった。そのまま、ノアの金髪のポニーテールを思い切り引っ張る。
「無視すんじゃないわよ。植物のことになると周りが見えなくなる癖、あんたの悪いとこ」
「いたい、いたい! ごめん、ごめんってばっ」
「ってか、なんでまだ帰ってないのよ。まさか、またマルセル様とケンカしたんじゃないでしょうね?」
「違うよ! ちゃんとお父様にはお伺い立ててここに残ってるし。むしろ、今回の一件で前より関係は良好だよ」
「じゃあ、なんで残ってんのよ」
「それは……」
ノアが視線を逸らして言葉を濁す。なんだその態度、そんなに言いたくないことなのか。まさか、ほんとにコドモダケが原因で居残ったんじゃないでしょうね。
そんな風に訝しんでいると、見かねたイネスが助け舟を出した。
「ノア様は、アンジェリーク様が心配でここに残ったのです」
「え?」
「ちょっ、イネス!」
「ひどく塞ぎ込んでいるアンジェリーク様をどうやったら元気付けられるか、ノア様は毎日必死に考えておられました。そのお気持ちだけは理解して差し上げてください」
ノアを凝視する。彼は少し恥ずかしそうにヨモギをクルクル回していた。
まさか、彼にまで心配をかけていたなんて。もしかしたらあの時ハーブティーを持ってきてくれたのは、私を励ますためだったのかもしれない。そう思うとその事実に胸がチクリと傷んだ。
「……なんかごめん。心配かけて」
「謝んないでよ。君は何も悪いことしてないんだから」
「そうだけど。私がもっと早くいつも通り元気に戻れば、みんなにこんなに心配かけなかったのかなと思って」
お父様やカルツィオーネのみんな、そしてロゼッタにまで心配かけて。特にロゼッタには当たり散らす始末。自分が情けなくてやるせなくなる。
そんな感情が顔に出ていたのかもしれない。後ろからそっとエミリアが私に寄り添ってきた。彼女だって助けられなかったって落ち込んでるはずなのに。いや、もしかしたら同じだからこそ気持ちが共有できるのかもしれない。
ノアがヨモギをイネスに手渡す。そして、魔法で右の手のひらに小さな白い花を作り出した。
「僕もアンが死んだ時、すごく落ち込んだ。食事も喉を通らなかったし、今の君みたいに外に出ることも億劫になって部屋に閉じこもってた。家族にも使用人の人達にもすごい心配かけて。それなのに、なかなか立ち直れない自分が歯痒くて……」
「ノア……」
「僕こんな性格だから、元に戻るまで結構時間かかっちゃったけど。立ち直るキッカケをくれたのは、植物達だった」
「植物?」
「そう。この花の名前はなんだったか、この薬草はどんな効能があったか、そんな風に考える度にアンのことが思い出されて。最初は辛かったけど、でもそうやって過ごしていくうちに、アンが近くにいるような気がしてきたんだ。そこから同じように病気で苦しんでる人達のために頑張ろうって考えが切り替わった」
ノアが手のひらから花を摘む。そして、それを私の前に差し出した。
「これ、カモミールっていうお花。薬草にも用いられてるんだけど。花言葉は"逆境に耐える"、"あなたを癒す"」
「逆境に、耐える……」
「この花には、抗ストレスや安眠の効果があるんだ。それにね、一見繊細そうな見た目なんだけど生命力が強くて、踏まれれば踏まれるほど丈夫に育つ性質を持ってるんだって。だから、そんな花言葉になったのかも」
ノアから白い花を受け取る。すると、手にした瞬間砂のようにサラサラと消えてしまった。それを見て、イネスが「なんで……」と呟く。
「ああ、そっか。アンジェリークって魔法が効かないんだっけ。だから消えちゃったのかも。今の完全に魔法だけで作り出したから」
「……厄介な体質。今のくらい見逃してくれてもいいのに」
「でもまあ、今は時期じゃないから。送った魔力が尽きればすぐに枯れちゃうし。消えるのが少し早まっただけだと思えばいいんじゃない?」
「なにそれ。ノアらしい回答ね。……でも、ありがとう。あなたの気持ちはちゃんと受け取ったから」
「そっか。なら良かった」
ノアが優しく微笑む。思わずつられて私も笑ってしまった。
言葉で直接慰められたわけじゃない。頑張れと励まされたわけじゃない。それなのに、不思議と心が落ち着いている。嫌な負の感情を今は感じない。
たぶん、これがノア流の励まし方。優しい彼の、精一杯の気遣い。普段はデリカシーがなくて、その言動にムカつくことも多いけど。こういう所があるから憎めない。
「エミリアもさ、落ち込むなとは言わないけど、自分を責めすぎるのもどうかと思うよ」
「それは……ですが……」
「葬儀の時にいたあの男の子もさ、本当は誰のせいでもないってわかってるんだと思う。でも、急に大好きな人を失って、悲しくて、辛くて、苦しくて。そういった負の感情をまだ上手く処理できないから、手近な君に当たってるんだと思う」
「たしかにそれはあるかもね。私もロゼッタに八つ当たりしちゃったし」
「でしょ? だからさ、辛いかもしれないけど、もう少しだけ彼の憎まれ役になってあげて。そうして負の感情を全部吐き出し終わったら、きっと彼も落ち着くと思うから」
エミリアを励ますというより、男の子を心配してるような気がするけれど。それでも、エミリアは怒ることはせず、最後はクスリと笑った。
「ノア様らしい優しさですね」
「え、今の優しかった? むしろひどくない?」
「お優しいですよ。今のお話を聞いて、少し気が楽になりました」
なんでだ。憎まれ役になれだなんてひどい話なのに、気が楽になるなんて。この子は私が生み出したはずなのに理解できん。




