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ただのモブキャラだった私が、自作小説の完結を目指していたら、気付けば極悪令嬢と呼ばれるようになっていました  作者: 渡辺純々
第五章 常闇のドラゴンVS極悪令嬢

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ツバキ

「着きました。こちらです」


 グエンとひとしきり話終わった後、ミネさんとヨネさんの歩みがようやく止まった。そこは庭の端で、目の前には森の樹木より少し低い低木がちょこんと立っている。陽の光を照り返すような肉厚な葉に、所々くっついている小さな小さな蕾。どうしてだろう、この木にはどこか見覚えがあった。


「これは……」


「これは、カメリアといいます。冬頃に咲く花で、綺麗な大輪の花を咲かせるんですよ」


「そうそう、ココットから聞いた話だと、原産地の極東の方では"ツバキ"とも呼ぶそうです」


「椿!」


 そういえば、祖母の家の庭や登下校の道中に壁のように植えられていた気がする。どうりで見たことあるわけだ。


 というか、さすが私の小説。前世で使われていた名前もここでは通用しているということか。


「一般的なのは赤い品種なのですが、ここに植えてあるのは白い品種なんです。赤い花は血を連想させてしまうだろうから白い花にしようと、アナスタシア様がそうおっしゃられて」


「お母様が植えられたのですか」


「ええ。終戦後多くの仲間を失い塞ぎ込んでいたクレマン様を、少しでも励ましたいと、そういう思いから」


「そう、ですか」


 そういえば、ここへ来た当初、お父様から戦争時の話を聞いた時とても辛かったと言っていた。信頼していた家臣を亡くしたり、殺した相手の顔が夢に出てきたりと。お優しいお父様のことだ、相当苦しんだに違いない。


「グエン、下ろして。椿をもう少し間近で見たいの」


「わかった」


 グエンが言われた通り私を優しく下ろす。すると、すかさずエミリアがそばに来てくれて、歩くのを手伝ってくれた。


「これが……」


 お母様がお父様のために植えた椿。肉厚の葉にそっと触れると、どこからともなく強い生命力を感じた。


「はじめは、花を愛でる気にはなれないと、クレマン様は敬遠されていらっしゃいました。死んでいった仲間達のことを思えば、自分だけそんな贅沢はできないと」


「ですが、あのアナスタシア様のことです。てっきり強引にでも連れて行くのかと思っていたのですが。あの方は、わかった、と微笑むだけで何もしませんでした。お前が見たいと思えるようになるまで待つと」


「お母様にしては珍しく殊勝な対応ですね」


「きっと、あれはアナスタシア様なりの優しさだったのでしょう。ご自身も子どもができないことに思い悩み苦しんで、立ち直るまでに時間がかかったとおっしゃられていましたから」


「……そうでしたか」


 貴族令嬢の命題は、世継ぎを産むこと。それ以上に愛した人の子が欲しいと、お母様は望んでいたはず。それができない悔しさや苦しみは想像に難くない。


「一年が経ち、二年が経ち。アナスタシア様は本当に辛抱強くお待ちになられていました。カメリアのことには一切触れず、ただいつも通りクレマン様のそばで過ごされて」


「きっと、クレマン様にもアナスタシア様の優しさが伝わっていたのでしょう。三年目の冬、ようやくクレマン様が、カメリアが見たい、とおっしゃられたのです。君と一緒にこの花が見たいと」


「三年か……それでどうなったのですか?」


「冬の寒い中、お二人並んでこのカメリアの花を静かに眺めておられました。雪よりも、吐く息よりも白いその花を、ずっと二人寄り添って」


「するとどうでしょう、それまで塞ぎ込んでいたクレマン様が元気をお戻しになられたのです。塞ぎ込んだままの惨めな姿では、死んでいった仲間達に申し訳がたたない。彼らの分までしっかり生きると、そうアナスタシア様にお伝えしたそうです」


「死んでいった仲間達に、申し訳がたたない……」


 思わず拳を握りしめる。そう思えるようになるまで、お父様でも三年かかったということ。では自分は、いったいどれくらいかかるのだろう。


 早く元気になりたいのに。みんなに心配かけたくないのに。そんなに長い月日、ロゼッタや周りの人達を苦しめたくはない。


 椿の葉に触れていた手が力なく落ちる。すると、その手をミネさんとヨネさんがそっと拾い上げてくれた。


「花が朽ちて落ちる姿が不吉だといって、この花を毛嫌いする方は多いと聞きます。ですが、アナスタシア様はこの花を大層気に入っておられました」


「厳しい冬の寒さの中であっても、凛と力強く咲き誇るこの花の生き様が好きだと。自分もこの花のように生きたいと、そうおっしゃられて」


「厳しい冬の寒さの中で……凛と咲き誇る……」


「まるでアンジェリーク様みたいですね」


 そっとエミリアが拾い上げられた手に自身の手を重ねる。見ると、グエンとラインハルト殿下も一様に頷いていた。


「アンジェリーク様に早く元気になってもらいたい。その思いは十分にあります。ですが、人間ひどく落ち込んだ時、そう簡単に立ち直れないことだってあるのも知っています」


「ですから、我々は待ちます。あなた様が元気をお戻しになられるまで。アンジェリーク様が再び笑顔を取り戻すまで。ずっとおそばで見守っていますから」


『焦らなくてもいいんですよ』


「ミネさん……ヨネさん……っ」


「私も待ちます。アンジェリーク様に笑顔が戻るまで。何年かかってもずっと。だって、私はアンジェリーク様のことが大好きですから。絶対離れてあげませんよ」


「エミリアまで……っ」


 どうして、周りの人達の優しさに今まで気付かなかったのだろう。自分のことばっかりで、悪いことにしか意識がいかなくて。きっと周りの人達だって嫌気が差してるはずだなんて勝手に決めつけて。このままだといつか嫌われるんじゃないかと、心のどこかで恐れている自分がいた。


 だから早く元気にならなきゃと焦れば焦るほど、上手くいかないことに苛立ってまた塞ぎ込む。この悪循環。


 でも、たった今気付かされた。私はみんなに愛されてたんだって。不安になることなんてこれっぽちもないんだよって。大好きだよと、この重なった手から痛いほどそれが伝わってくる。


「ありがとう……ございます……っ」


 震える声でそう答えながら、重なった手を握るのが今の私にできる精一杯のお返しだった。

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