可愛いグエン
「みんな、大丈夫よ。アンジェリーク様は高い所が苦手だから、背の高いグエンに抱っこされてちょっと怖がってるだけ。でも、そのうち慣れるから心配いらないわ」
「エミリア……」
彼女は私を一瞥すると小さく頷く。ここは任せてと。
「でも、さっき痛がってたよ?」
「それは、まだ傷が完全に治っていないから。でも、今一生懸命治療して少しずつ良くなってるから大丈夫」
「ほんと?」
「ほんと。そうですよね、アンジェリーク様」
「……ええ、ほんとよ。極悪令嬢、ウソつかない」
なんとか痛みと恐怖を堪えて笑ってみせる。顔が引き攣っているからダメかもと心配したけれど、子ども達には十分だったようだ。
「良かったぁ」
「アンジェリーク様、もう無茶しちゃダメだよ」
「大人しく部屋で寝ててね」
「……みんな、優しいのね。心配してくれて、ありがとう」
なんとかそう返す。すると、子ども達は嬉しそうに笑った。
子ども達に心配されるのは、申し訳ない分嬉しい気持ちもあるのだけれど。
言われていることがロゼッタやエミリアと同じになっている。もしや、私が怪我をすればするほど、みんながロゼッタ化していくのか? ダメだ、想像しただけで恐ろしい。
笑顔が引き攣り始めたところで、ラインハルト殿下が待ったをかけた。
「おい、グエン! それは俺の仕事だぞ」
「ミネさんとヨネさんの目的地まで。それ以上は子ども達もいるから行かない」
「はあ!?」
「殿下、独り占めズルい。アンジェリーク様人気者。だからなかなか会えない。……少し寂しい」
まるで叱られた子犬のようにシュンと落ち込む。それは大きな身体が小さく見えるくらい。
同じような言葉を、つい最近聞いたような気がする。そうだ、ロゼッタに作戦が成功したご褒美は何がいいかと聞いた時、彼女が求めたことと一緒だ。
ああもう、なんでうちの連中はこんなに可愛いの。
「じゃあ、ミネさん達の目的地までは、グエン、あなたが私を運んで」
「おいっ」
「これも、トラウマ克服の一環です。自分の私兵を怖がるなんてありえない」
「だかな……」
「言いましたよね? 戦わせてくださいって。殿下は後で死ぬほどこき使ってあげますから。ここはグエンに譲ってあげてください。心の狭い男は嫌われますよ」
「っ……! 勝手にしろ」
ラインハルト殿下は舌打ちをしつつ、渋々といった様子で諦める。ロゼッタやグエンが私を構いたい理由はわかるけれど。なんで殿下がそんなに私をおんぶしたいのか、その意味がわからない。この人もしかしてドMなのかな。
「ミネさん、ヨネさん、案内頼む」
「ええ、いいですよ。アンジェリーク様も大変ですね」
「本当、罪な人。でも、グエンも言う時は言うんですね。見直しました」
クスクス笑う二人を見て、私とグエンが同時に首を傾げる。そんな私達を、エミリアが笑いながら見ていた。
とりあえず、子ども達の姿が見えなくなる所まで歩く。すると、グエンの足が急に止まった。
「何度も怖がらせてごめん。本気で嫌なら下ろす。ここなら子ども達見てない」
そう聞かれて思わずグエンを見る。一見するといつも通りに見えるけれど、先ほどの話を聞いた後だからか、どことなく寂しそうに見えた。
「本気で嫌なら、もうとっくに下せと命じてるわ。だからこのまま連れて行って」
「でも、アンジェリーク様無理する人。安心できない」
「あら、あなたには私がそんなに我慢強い人間に見えてるのかしら?」
わざと意地の悪い笑みを浮かべる。グエンは目をぱちくりさせた後で、プッと吹き出した。
「ミネさん、ヨネさん達からアンジェリーク様の逸話はたくさん聞かされた。アンジェリーク様、我慢嫌い」
「よくわかってるじゃない。だったらさっさと足動かして」
「はいはい」
いつも通りの軽口に見えているだろうか。いや、グエンはきっと気付いているはずだ。未だに震えている声や身体で、今私がどういう状態なのかを。それでも私に気を遣って気付かないフリをしてくれている。そういう彼の優しさは嫌いじゃなかった。
「エミリア、ちょっと来て」
手招きすると、何事かとエミリアが近づいてきた。そのまま、何も言わずに彼女の手をギュッと握りしめる。
「……手、繋いでて。目的地まで」
怖いから手を繋いでほしいなんて子どもっぽいだろうか。どうしよう、ロゼッタ以外の人に甘えるのはなんだか恥ずかしい。
そんな恥ずかしがる私をからかうでもなく、エミリアはクスリと笑った後「はい」と言って手を繋いでくれた。
その手はとても温かかった。




