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ただのモブキャラだった私が、自作小説の完結を目指していたら、気付けば極悪令嬢と呼ばれるようになっていました  作者: 渡辺純々
第五章 常闇のドラゴンVS極悪令嬢

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ジェスのピアス

「あの、街へ行く前に少しお時間よろしいですか? 是非アンジェリーク様に見ていただきたいものがあるんです」


「私に?」


「ええ。お手間は取らせませんから」


 そう言って、ミネさんとヨネさんは微笑む。「どうする?」と殿下に聞かれたけれど、私はあまり迷わず答えた。


「では、是非見に行かせてください」


『わかりました』


 確かに、早くロゼッタに会いたい気持ちはあるけれど。ミネさんとヨネさんが是非にと言ってくれているのだ。それを断る気にはなれなかった。


 厨房の裏口からでも行けるということなので、ミネヨネさん達と合流する。すると、二人から薬草を手渡された。


「これは?」


「孤児院の子ども達からです。早くアンジェリーク様が良くなるようにと、みんなで取ってきたそうですよ」


「え、子ども達だけで?」


「いえ、グエンも一緒について行ってくれたみたいです。子ども達だけだと危険だからと」


「グエンが?」


 思わず彼を見ると、その通りだと頷かれた。


「子ども達みんな心配してる、アンジェリーク様のこと。早く元気になってほしいって」


「そっか、子ども達にまで心配かけてたんだ」


「顔見せたらきっと喜ぶ」


 そう言われて、思わず手渡された薬草を見た。いくらグエンが一緒とはいえ、魔物が出るかもしれない森へ行くのは怖かったはず。それでも、私のために薬草を取ってきてくれたんだ。


「殿下、子ども達の所まで連れて行ってもらえませんか? ミネさんもヨネさんもいいですよね?」


「私達は構いませんよ。是非顔を見せに行ってあげてください」


「子ども達もきっと喜びますわ」


 というわけで、一同子ども達のところへ向かうことになった。


「殿下、重たそう。俺が代わりに背負う」


「結構だ。俺も身体を鍛えている。こいつ一人くらいわけない」


「でも俺、アンジェリーク様の私兵。主人のために働くのが仕事」


「いらないと言っている。しつこいぞ」


 殿下がグエンを睨む。グエンはというと、特段怯む様子もなく殿下を見つめていた。彼も譲る気はなさそうだ。そんな二人の様子を見て、ミネヨネさん達は、「あらあら」「まあまあ」と目を丸くする。


 このままでは前に進めそうにないと判断して、ここは私が仲裁に入ることにした。


「グエン、やめなさい。気持ちは嬉しいけれど、今回は殿下からの申し出だから。最後まで責任持ってやってもらわないと困るのよ」


「相変わらず、上から目線だな」


「だって、ほんとのことですから。グエンは引き続き子ども達の面倒見てあげて。こっちでも子ども達の相手をしてあげているんでしょう?」


「うん、まあ」


「だったら、まずはそっちが最優先。子ども達が無茶しないように見守ってて」


「……わかった」


 今度は、グエンは素直に従った。


「珍しいわね、あなたがこんなに食い下がるの。いつも子ども達以外興味なさそうなのに」


「グエンも、アンジェリーク様のことが心配だったのですよ」


「だからこそ、顔を見れて構いたくなる気持ちはわかりますわ」


「え、そうなのグエン?」


 しかし、彼は答えない。今度はいつも通りのだんまりだ。それはつまり、そういうことなのだろうと勝手に解釈した。そういうところが可愛らしい。


 そんなことを思いながら彼の横顔を見ていると、耳に違和感を覚えた。


「グエン、ピアス付けてるの?」


「ああ。これ、ジェスのやつ」


 ジェスという名前を聞いた瞬間、心臓が大きく揺れた。


 グエンの両耳のたぶに付いている、真っ黒なフープピアス。純朴そうな彼には似合っていない。けれど、そのピアスには見覚えがあった。間違いない、あれはジェスの物だ。


 彼のあの卑しい笑みが私の目に張り付き、徐々に近付いてくる。その恐怖に、思わず殿下を思いっきり抱きしめた。


「おい! だから首絞めんなって……」


 殿下の声が途切れる。彼も気付いたのだろう。先ほどとは違い、身体を震わせて力強く服を握りしめている私の異変に。


「もしかして思い出したのか、あの時のこと」


 そう聞かれ、ただ頷く。それだけで周りのみんなも理解したようだ。グエンがピアスを隠すように耳に手を当てる。


「ごめん、不謹慎だった。今外す」


「待って!」


 絞り出すような声でグエンの手を止めた。


「……外さなくて、いい。これもリハビリよ。そのままでいいわ」


「でも……」


「負けたくないのよ、トラウマなんかに。いつまでもこうして身体震わせてるなんて私らしくない。そんな自分大嫌い。だからお願い、私に戦わせて」


「アンジェリーク様……」


 二回目に常闇のドラゴン達と遭遇した時、惨めにも恐怖に身体を震わせることしかできなかった自分が大嫌いだった。だから、常闇のドラゴンを壊滅させて、このトラウマを乗り越えようと決心したのだ。


 それなのに、未だに私の心は奴らに縛られてる。そんな弱い自分のままではいたくない。


「それに、それを付けることはあなたにとってきっと意味のあることなんでしょう?」


「……周りの人間が何と言おうと、俺にとってジェスは親友だったから。こうしていれば、ジェスを忘れることはない。いつでも思い出せる。それが奴への弔い」


「だったらなおさら付けておいて。あなたの大切な行為を、私のせいで奪いたくはないの。だって、あなたは私の大切な私兵だから」


 グエンの目と私の目が合う。彼は最初戸惑っていたけれど、私が本気だとわかると耳に当てていた手を下ろした。


「わかった。主人の命令に従う。でも、本当に無理な時は言って。俺にとっても、アンジェリーク様は大切な主人だから」


「わかった。約束する」


 青ざめた顔のまま、無理矢理笑顔を作る。すると、グエンもフッと微笑んだ。やはり、彼は笑った顔の方がイケメンだ。


「行っていいんだな?」


 殿下の確認に、私は震える声で「はい」と答える。でもどうしよう。子ども達の前でこんな自分は見せたくない。


 思い出すな、忘れろ。もうジェスはいない。常闇のドラゴンもいない。私に恐怖を植えつけた連中はもうここにはいないんだ。だから落ち着け、私。もう大丈夫。


 必死にそう自分に言い聞かせる。それでも、目をつぶればジェスが私に襲いかかり、複数人の男の手の感触がまざまざと身体に蘇る。


 ヤバい、このままでは泣いてしまいそう。そう思った時、ふいに私の背中に何かが触れた。


「エミリア……」


 それはエミリアの手だった。彼女は目配せをするでもなく、ただ黙って私の背中を優しくさすってくれている。まるで、泣いている子を慰めるように。


 温かい手。ひと撫でされる度に、そこから優しさが伝わってくるよう。大丈夫だよ、私がいるよ、って。


 たったそれだけのことなのに、不思議と安心できてしまう。身体の震えは撫でられる度に小さくなっていくような気がした。


「ありがとう、エミリア」


「いえ。私にはこれくらいのことしかできませんけど」


「十分よ。おかげで少し落ち着いたわ」


「本当ですか?」


「本当よ。そばにいてくれて助かったわ。ありがとう」


 素直にお礼を言う。すると、エミリアは薄っすらと頬を赤く染めた。そして、そのまま子ども達の所までずっと撫でてくれていた。


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