それはつまりどういうこと?
よし、これでなんとかなりそうだ。そう安堵したその時。ドアをノックする音が聞こえた。
「ラインハルトだ。入るぞ」
待て、と言う前にドアが開かれ、ラインハルト殿下が部屋に入ってくる。しかし、ただいま絶賛処置真っ只中の私を見て、その歩みを止めた。
それもそうだろう。今は背中の傷を処置するため、上半身は裸の状態。うつ伏せとはいえ、肌が丸見え。
どうやら、お互い同じタイミングで現状認識ができたのだろう。私と殿下の顔が赤く染まった。
「ななな、なに勝手に入ってきてんですか! バカ! エッチ!」
「なっ……! ち、違う誤解だ! もう処置は終わったものだとばかり思ってたんだよっ」
「たとえそうだとしても、入っていいかどうか聞くのが礼儀でしょうがっ」
「あの、アンジェリーク様……」
「何も返事が返ってこなかったから入ったんだ。それにお前、前に大勢の兵士の前で服脱いでただろが。今さら恥じらうなっ」
「はあ!? 何言ってっ……いたっ」
さらに言い返してやろうと思ったら、まるで大人しくしろとでもいうように右脇腹に激痛が走った。それを見て、エミリアが呆れたという風に深いため息をつく。
「もう、アンジェリーク様はご自身が怪我人だということをお忘れなのですか? これでは、いくら処置しても治りませんよ」
「ごめん、なさい……っ」
「殿下も殿下です。相手は怪我人なのですから、もう少し落ち着いた対応を願います」
「あ、ああ。悪かった」
やはり、エミリアはたくましくなったと思う。ラインハルト殿下にも臆することなく意見できるようになって。いったい彼女はどこまで強くなる気だろう。
てっきり終わるまで部屋の外で待つのかと思っていたけれど。殿下は私達に背を向けた状態で中に居座った。この方の神経もどうかしている。
「普通、こういう時部屋の外で待ちませんか?」
「外に出ると決心が揺らぎそうだからいい」
「決心?」
「お前に謝る決心だ」
一瞬、殿下が何を言っているのかわからなかった。
謝る? 誰が? 誰に? ダメだ、思考が追いつかない。
すると、そんな私をよそに一足先に意図に気付いたエミリアが手を止める。
「あの、私は一旦外に出ますね」
「いや、いい。そのまま処置を続けてくれ。それに、お前にも話がある」
「私に、ですか?」
「そうだ。レインハルトのことで」
レインハルト殿下の名前が出てきて、エミリアの顔に動揺が広がった。彼女は何も答えず、再び手を動かし始める。これは、一旦話を私に戻してあげた方がいいか。
「それで? 私に謝りたいとはどういうことですか?」
「葬儀の時、お前のことも考えず、無理矢理腕を掴んで悪かった。すまない」
殿下は本当に謝った。どうしてだろう、背中を向けたままなのに、その後ろ姿から彼の誠意が伝わってくる。
「エミリア、処置終わった?」
「え? え、ええ、終わりましたけど」
「じゃあ、起こして」
服を着せてもらい、エミリアの手を借りてベッドに座るように起き上がる。そして私は殿下を呼んだ。
「殿下、もう振り向いても大丈夫です」
「わかった」
殿下は素直に振り返る。その目は迷うことなく私へと向けられていた。
「普通、人に謝る時は面と向かって行うのが礼儀では?」
「それもそうだな。葬儀の時、お前のことも考えず、無理矢理腕を掴んで、怖い思いをさせて悪かった。反省している。すまなかった」
そう言って、殿下は丁寧に頭を下げた。どうやら冷やかしなどではなさそうだ。
「殿下、頭を上げてください。そのことで私は怒ってませんから」
「許してくれるのか?」
「許すも許さないも、はなからそのことで怒ってないって言ってるじゃないですか。それに、国の王子にそこまで丁寧に謝られたら、許すしかないでしょ」
「なんか、喉に骨が刺さったような言い方だな」
「怒りますよ?」
「それは困る。でも、そうか。怒ってなかったのか。良かった」
ホッと安堵の息を漏らす殿下。その顔は、安心した、と言いたげだ。
「どうして、私が怒っているなんて勘違いをしたんですか?」
「あの日以来、お前はずっと伏せていただろう? もしかしたらそれは俺がトラウマを引き起こしたからじゃないかと思って。そう考えたら、自分がこうなった原因として、お前が俺を怒っているんじゃないかと思ったんだよ」
「だったら、なんですぐ謝りに来なかったんですか?」
「それは……お前に嫌われたと思ったから」
「は?」
「もともと良い印象は持たれてなかったから。これで完全に嫌われたと思ったら、お前に拒絶されるのが怖くてなかなか行けなかったんだ。悪いか」
「いや、悪くはありませんが……。そこまで思い込んでて、よく謝りに来れましたね」
「それは……」
そこで殿下が言い淀む。なんだ、そんなに言いにくいことなのか。
「いや、べつに言いたくなければいいんです」
べつにそこまで興味ないし。しかし、言わなくてもいいと言ったのに、殿下は意を決したように口を開いた。
「……クレマンに、素直に謝れないような軟弱者に婚約者を作らせるわけにはいかない、と言われたから」
最後の方の言葉は、耳を澄ませないと聞こえないくらい小さかった。殿下の顔は耳まで赤く染まっている。よく見ると、私の指を処置してくれているエミリアまで、「えっ、それって……」と呟いて頬を赤く染めていた。ただ一人、私だけが首を傾げる。
「どうして殿下が婚約者を作るのに、お父様の許可が必要なのですか?」
普通、自分の父親である陛下の許可なんじゃないだろうか。それなのに、何故お父様の許可が?
そんな疑問が顔に出ていたのだろう。殿下はというと、わかりやすく肩を落として落胆していた。その姿を見て、何故か慌ててエミリアが殿下を擁護する。
「あのっ、アンジェリーク様! 今のはつまり、ラインハルト殿下は……」
「やめろ、エミリア。他人から伝えられる方が惨めで辛い」
「っ……わかりました」
「え、何? すっごい気になるんだけど。教えてよ、エミリア」
「お前にはいつか俺が直接教えてやる。だからそれまで大人しく待ってろ」
「はあ?」
なんだ、その上から目線の言い草は。こっちはべつにあんたにさほど興味ないっつの。
面白くないという顔をしてアピールしてみる。しかし、殿下はそれを華麗にスルーした。




