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ただのモブキャラだった私が、自作小説の完結を目指していたら、気付けば極悪令嬢と呼ばれるようになっていました  作者: 渡辺純々
第五章 常闇のドラゴンVS極悪令嬢

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アンナさんの過去(ロ)

「私の両親は、とある貴族のお屋敷で働いておりました。父は庭師、母はメイド。生活は裕福とまではいかないまでも、それはそれで幸せな日々でした」


「お母様もメイドをされておられたのですね」


「ええ。そんな母が、私が十二歳の時、奥様から手袋をいただいたと言って帰ってきました。もう使わないからあげると言われたと。ご貴族様が使う物です、とても上質な物でしたから、母はとても喜んでいました。ですが、後日その奥様が手袋を盗まれたと周囲に訴え始めて」


「盗まれたって……アンナさんのお母様にあげたのですよね?」


「ですが、その奥様はあげた記憶はないとおっしゃって。母は必死に無実を訴えましたが、所詮は平民。貴族である奥様の主張が通って、母は罪人として投獄され、そのまま病死しました」


「そんな……」


「父も必死に無実を主張しましたが、そのせいで庭師を解雇されてしまって。ヤケを起こした父は酒に溺れるようになり、ついには私に暴力を振るうようになりました。そんな日常が嫌になって、ある冬の日、とうとう私は家を飛び出したのです」


 アンナさんの顔がふと翳る。話の内容からしても、いい思い出でないのは確かだ。


「行く当てはありませんでした。有り体に言えば、ただ闇雲に死に場所を探していた。こんな辛い日々が続くのなら死んだ方がマシだと。そして、雪が降り積もる凍えるような夜、川にかかった橋の上で飛び降りようとした、まさにその時。私はとある女性に声を掛けられたのです。その命、捨てるくらいなら私にくれないか、と」


「命をくれだなんて。見ず知らずの人にそんなことを言う奴がいるのか」


「いたんですよ。しかも、その方はご丁寧に私に自己紹介までしてくれたのです。けっして怪しい者じゃない。私は、カルツィオーネ辺境伯夫人、アナスタシアだ、と」


「アっ……」


 驚きすぎて、それ以上の言葉が思わず喉に詰まった。そんな私の様子を見て、アンナさんが愉快そうに笑う。


「私がいた領地の領主が主催したパーティーに参加されていたらしいのですが、退屈で抜け出してきたと笑っておっしゃっていました。雪の降る暗い夜道を、女性お一人で散歩されるなんて。今思えば、あの時から破天荒な方でした」


「……我が伯母とは思えないほどの危機管理能力の無さです」


「でしょう? しかも、帰り道がわからなくなったから道案内してくれと言うんです。嫌だと断りましたが、それで引き下がる方ではありません。私の手を引いてグイグイ歩いてしまわれて……。もうその強引さに何もかもがどうでもよくなって、結局私は道案内して差し上げました。その道中でも、あの店はなんだ、この食べ物はなんだ、というアナスタシア様の質問攻めに必死に答えて。だってあの方、答えないと帰らないってただこねるんですもの。一刻も早く離れたくて、必死に答えていましたね」


 クククっとアンナさんは可笑しそうに笑う。何故だろう、その様子が容易に想像できてしまい、私は思わずため息をついた。


「やっとの思いでお屋敷近辺まで来たら、クレマン様やたくさんの使用人達が慌ただしく動いているのが見えて。貴族に会いたくなかった私は、これ以上は絶対行かないと断ると、アナスタシア様は無理強いはしませんでした。ただ、また明日会おうと笑顔で手を振っておられて。もう二度と会うものかと悪態をついて別れました」


「アンナでもそんなこと言うんだな」


「あの時は子どもでしたし、大嫌いな貴族に振り回されてとても不機嫌でしたから。これでやっと解放される。そう思っていたのですが……」


「え、違うんですか?」


「本当に会いに来たんですよ、翌日の朝。どうやって調べたのか、私の家にアナスタシア様が。そして、父親の前にお金の入った麻袋を置くと、昨夜とは打って変わった冷たい態度でこう言ったんです。この金で娘を買うから金輪際この子に会うな、と」


「うわ……」


「信じられない……」


「私もわけがわかりませんでした。父は引き留める様子もなく金だけ奪い了承。私はアナスタシア様に手を引かれて強引に家から連れ出されて。そこでやっと現状を認識できた時、激しい怒りが込み上げてきました。人を金で買うなんて、私を物みたいに扱うな、だから貴族は嫌いなんだ、と」


「また派手に言いましたね。まあ、そう言いたくなる気持ちはわからなくもないですが」


「普通なら怒るところでしょう。ですが、アナスタシア様は逆に愉快そうに笑っていらっしゃいました。怖いもの知らずなところが気に入ったと。その後で真剣な顔でこうおっしゃったのです。死にたくなる気持ちはわかる。だから否定はしない。だが、今一度自分自身に問いかけてみろ。本当にここで人生を終わらせていいのかと」


「ここで人生を……」


「命を捨てる勇気があるのなら、泥臭くても生き抜く勇気だってあるはずだ。お前は今、クソみたいな人生をやり直すチャンスを与えられている。これを生かすも殺すもお前次第だ。この私にお前の人生を賭けてみないか、と」


 まるで、昔の自分に言われているようだった。私はアンジェリーク様に出会って人生をやり直すチャンスを与えられ、そしてアンジェリーク様に自分の人生を賭けた。どうせやり直すのなら、この方のおそばが良いと。その賭けに勝ったかどうかは言うまでもない。


「それで、アンナさんはアナスタシア様に賭けたのですね?」


「賭けたというか、ヤケっぱちですね。どうせ死のうとしていたのだから、この方に人生を預けてもいいんじゃないかと。それで私は、アナスタシア様の手を取ったのです」


 ここまで話してやっとアンナさんが紅茶をすする。殿下も一緒にすすっていた。


「今思えば、私の全身のアザや自殺しようとしていたことを鑑みて、私の身に何が起こっているのか、アナスタシア様は瞬時に見抜いたのでしょう。だから、私に救いの手を差し伸べてくれた。ただ、当時の私はそんなことに気付きませんでしたから。カルツィオーネへと向かう馬車の中で、これからどうなってしまうのか、不安で仕方ありませんでしたね」


「普通、貴族から金で買われた場合、あまり良い接遇は受けませんからね。不安になるのも致し方ないかと」


「ヴィンセント家へ着いたら、早速ジゼルさんの所へ連れられて。この子をメイドとして働かせてほしいと、私の意思など関係なく突然メイドの世界へ放り込まれました。これが、私がメイドを始めたキッカケです」


「自分から志願したわけじゃなかったんだな」


「まさか。あの時の私が最もなりたくなかった職業は、メイドでしたから。私から母や幸せを奪ったメイドという職業だけは絶対なるものかと思っていました。ですから、最初の頃は嫌で嫌で仕方なかった。何度もお屋敷を抜け出したりして。本当、やる気のない不良少女でしたね」


「ちょっと待ってください。あのアンナさんが、仕事を放り投げてお屋敷を抜け出したりしていたのですか? 信じられない」


「お恥ずかしい話です。ですが、あの頃の自分にはそれほど嫌だった。どうして大嫌いな貴族に仕えないといけないのか。そんなメイドになるくらいなら死んだ方がマシだとさえ思った。いくら金で買われたとはいえ、普通ならクビになってもいい職務放棄です。当然お屋敷を追い出されると思っていたのですが。何故かお屋敷を抜け出した私を、アナスタシア様が迎えに来てくださったのです。ここにいた、と笑いながら」


「アナスタシア様が?」


「ええ。一度や二度ではなく、何度も何度も。こんなやる気のない使用人など、放っておけばいいのに。父親ですら見放した私を、アナスタシア様だけは見捨てなかった。叱るでもなく、冷遇するでもなく、ただ笑って帰るぞと私の手を引いてくださって。本当にお優しい方でした」


 アンナさんの目がひときわ穏やかになる。それだけで、彼女がどれだけアナスタシア様を慕っているのかがわかった気がした。


「ジゼルさんも、周りのメイド達が私を避ける中、こんな不良少女である私に、根気強くメイドの仕事を教えてくださいました。貴族が嫌いなのはわかるが、手に職をつければいつか自分のためになる。だから、今は我慢して耐えなさい、と。たくさん叱られましたが、初めて褒めてもらえた時は嬉しくて。それが積み重なって、仕事を覚える楽しさを知り、いつの間にかメイドの仕事が好きになっていました」


「嫌いな仕事を好きにさせる力、か。それはなかなかできることじゃない。ジゼルは本当にすごいメイドだったんだな」


「ええ。アナスタシア様もジゼルさんも、とても素晴らしい人格者です。お二人は特に私を慰めるわけでもなく、事情を聞くでもなく、ただ黙ってずっと私のそばに寄り添ってくださいました。あの時の私にはそれが居心地良かった。ですから、今の私があるのはお二人のおかげなんです。とても感謝しています」


 そこまで言って、アンナさんは私と殿下を交互に見やった。


「長くなってしまいましたが。私が何を言いたかったか、お分かりいただけましたか? 早く元気になってもらいたい。その気持ちはわかります。ですが、時にはただ黙ってそばに寄り添うだけでも、その人の癒しになることもある。なにも慰めることだけが、相手を元気にする手段ではありません。相手のペースに合わせて、焦らずゆっくり見守ってあげるのも一種の支えだと思いますよ」


「焦らずゆっくり……」


「見守る、か……」


 思わず殿下と目が合う。そして、二人とも揃って苦笑した。


 もしかしたら私達は、早く元気になってもらいたいがあまり、良かれと思ってやっていたことが、逆に相手にプレッシャーを与える結果になっていたのかもしれない。


 早く元通りに戻らなければ、という思いと、それでも心が沈んでそんな気分にはならない思いと。もしかしたらアンジェリーク様やエミリアは、そんなジレンマにハマっているのだろうか。だったら、慰めることは逆効果じゃないか。


「さあ、もうそろそろ飲み頃だと思いますよ、紅茶」


 アンナさんがそう言って、私に紅茶をすすめる。言われた通り口に含むと、確かに温度は適温だった。


 思っていた通りの味だった。ミネヨネさんが淹れる紅茶には少し劣るけれど、それでも不思議とホッと落ち着く味。


 きっと、アンジェリーク様もそう評価なさるのではないか。揺れる紅茶を見つめながら、不思議とそう思った。


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