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ただのモブキャラだった私が、自作小説の完結を目指していたら、気付けば極悪令嬢と呼ばれるようになっていました  作者: 渡辺純々
第五章 常闇のドラゴンVS極悪令嬢

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アンナさんからのアドバイス(ロ)

「一つお聞きしますが。犠牲者が出たことを知ってから、アンジェリーク様とエミリアは泣きましたか?」


 突然そう質問されて、私とレインハルト殿下は思わず顔を見合わせた。


 アンジェリーク様が泣いたかどうか、なんて今必要な質問なのだろうか。まさか、これも意地悪の一つかと思いアンナさんを見る。しかし、彼女は先ほどと同じ表情で紅茶を飲んでいた。どうやら、質問に答えないと先に進まないらしい。レインハルト殿下もそう思い至ったのだろう。


「エミリアは泣いていないと思う。少なくとも、俺の前では泣いていない」


「アンジェリーク様は、最初泣いておられましたが。葬儀の日に犠牲になった家族の少年から、謝るな、と言われてからは一度も泣いておられません。泣きたいのを我慢しているともおっしゃっていました」


「そうですか。お二人とも思いっきり泣けていないのですね」


『はい』


「では、まずは思いっきり泣かせてあげることをお勧めします」


「え?」


「アンジェリーク様は、他人に弱さを見せない方ですし。エミリアも孤児院の年長者として甘えたり弱さを見せないように過ごしてきたでしょうから。二人とも、泣きたくても我慢してしまう。ですが、私は泣くという行為は心の浄化作用だと思っています。泣くことで気分がスッキリする。そんなご経験はありませんか?」


「それは……」


 アンナさんにそう言われ、咄嗟に思い出したのは、初めてアンジェリーク様を襲ったあの日、私の居場所になってあげると言われて、孤独から解放されたあの瞬間だった。


 弱さを見せればつけ込まれる。だから、人前で泣くことは許されなかった。それなのに、あの時だけは涙が溢れて止まらなかった。今思えば、ずっと泣きたかったんだと思う。辛かった、苦しかったと。やっと許されたような気がして嬉しかった。


 泣いたその後は、アンナさんの言う通り気持ちは晴れていた。清々しいとでも言うのだろうか。今までのこととかが一気に吹っ切れて、まるでここからまた新しい一歩が始まるような、そんな気さえした。


「あります、泣いたことで気持ちが晴れた経験。今まで我慢していた分、色んなことが吹っ切れた気がします」


「俺も、子どもの頃ラインハルトに泣くのを我慢するなと言われて、気持ちが落ち着いたことはある」


「ではまず、アンジェリーク様とエミリアにも思いっきり泣いてもらいましょう。それが最優先ですわ」


「ですが、本当にそれだけでよろしいのですか? もっとこう、何かできることはないのですか?」


 もっとあの方のために何かしたい。早く元気になってもらうための手助けがしたい。


 そう焦る私とは裏腹に、アンナさんは静かにティーカップを置いた。


「他人を完全に理解することは不可能です。何故なら、育った環境や、性格、経験、その他等々それらは人それぞれ違うからです」


「環境や……」


「経験……」


「ロゼッタさんは、魔法師団に所属していましたね。そこでは、兵はただの駒という教育を受けたのではないですか? 同じ人間ではあるけれど、一人を助けるために隊を危険に晒せば、それは全体にも及ぶ。だからこそ、兵はただの数字として表現され、犠牲者の数で作戦の優劣が決まる。そんな環境に身を置けば、今回のように犠牲者の数を重視し、少ないことに安堵するというのは理解できます」


「おっしゃる通りです」


「レインハルト殿下も同じです。殿下は幼い頃より王となるための教育を受けておられます。人の上に立つ者としての心構えや、政の仕組み、国を護るための軍の動かし方、その他諸々。たとえば、一つの小さな村が敵国に襲われたとして。あなた様は国王軍を差し向けますか?」


「それは……たぶんしないと思う」


「でしょうね。もしそれが国王軍を惹きつけるための罠だった場合、最も危険に晒されるのは国王陛下やその他大勢の民です。大きな犠牲を払うリスクをとるよりも、小さな犠牲を払い多くを守る。そういう教育を受けておられるのではないですか?」


「その通りだ。本当は守りたい。だが、王としての決断はアンナの言う通りだ。だからこそ、俺は王に向いてないと思ってるんだけどね」


「殿下はお優しい方ですから。それはカルツィオーネに来てからのあなた様を見ていればわかります。ですが、そういう殿下だからこそ作る国というのも見てみたいものです。きっと、民を慈しみ、みんなが住みやすい国を作ってくださることでしょう」


「アンナ……」


「話は逸れましたが。お二人の育った環境は似ていますから、ここでは共感できるのでしょう。しかし、アンジェリーク様やエミリアは違います。一人を数ではなく人間として認識し、同じ命として大切にしようとする。それに、人の死に遭遇するなどそう経験はないはず。だからこそ、たった一人でも危険に晒されていれば迷わず助けに行こうとする。そんな人達からしてみたら、犠牲者が出たということに重きを置き、心を痛めるのは理解できます。ましてや、自分が助けられたかもしれない命となればなおさらです」


「そんな……」


「おわかりいただけましたか? これだけでもお二人とアンジェリーク様やエミリアの間に、大きな溝が存在しているのです。ですから、お互いが理解を深めるのには、かなりの時間がかかるものと思われます」


 アンナさんがそう結論付けると、私もレインハルト殿下も黙ってしまった。


 お互いを理解するのに、大きな隔たりがある。その事実はあまりにも重過ぎて。まるで心に大きな重石がかかったような気分だった。そんな固まる私達にアンナさんも気付いたのだろう。


「勘違いしないでくださいね。時間がかかるとは申しましたが、不可能だとは申しておりませんから」


『え?』


「お互いを理解しようとする努力はできるはずです。ですからどうぞ、諦めずその努力は続けてください。それはきっと、相手にも伝わるはずですから」


 そう言って、アンナさんは優しく微笑んだ。


 本当に届くだろうか、私がアンジェリーク様を理解したいと思っていることが。ただでさえ感情が表に出にくい性格なのに、この想いはきちんと伝わるだろうか。


 いや、伝わってほしい。どれだけ時間がかかってもいい。私は、いつでもアンジェリーク様の味方でいる。あなた様のお力になりたいと思っている。その気持ちはいつ如何なる時でもけっして変わることはないから。


「なるほど。じゃあ、今の俺達にできることは、彼女達の気持ちに寄り添うことしかできない、ということか」


「そうです。たぶんそれは、今のようにただ辛いだけかもしれません。ですがとうぞ、辛抱強く寄り添ってあげてください。それだけでも、心が救われることはあるはずですから。私がそうであったように」


「え……アンナさんが?」


「いったいどういうことだ?」


 訝しむ私達とは裏腹に、アンナさんはどこか昔を懐かしむように、ティーカップの縁を指でなぞった。


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