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ただのモブキャラだった私が、自作小説の完結を目指していたら、気付けば極悪令嬢と呼ばれるようになっていました  作者: 渡辺純々
第五章 常闇のドラゴンVS極悪令嬢

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二人の憂い(ロ)

「アンジェリーク様が落ち込んでいる原因はおわかりなのですか?」


  アンナさんが直球で聞いてくる。私とレインハルト殿下は一度顔を見合わせた。べつに隠しておく必要もないだろう。


 私は、アンジェリーク様が犠牲者が出たことを気にされていること、今回の戦闘で特に男性に対してひどい心の傷が残ってしまったことなどを話した。


「まあ、そうだったのですね。あのアンジェリーク様が塞ぎ込むなんてよっぽどのことだと思っていましたが」


「もう五日間近く食事もろくに召し上がっておられません。このままでは餓死か栄養失調で倒れてしまいます」


「エミリアもあまり食事が進んでいないらしい。睡眠もとれていないようだし、このままではアンジェリークのように倒れてしまう」


「まあ、エミリアもですか?」


「ああ。彼女もまた犠牲者が出たのは自分のせいだと感じてるんだ。死者が出たのは、自分の魔法が至らなかったせいだと思い込んでる。何度違うと慰めても聞き入れてもらえないんだ。そのせいでケンカまでしてしまって……」


「まあ、ケンカを? だから今日は殿下お一人だったのですね。これで合点がいきました」


「私も、今朝アンジェリーク様に怒鳴られました。食事を召し上がれと、犠牲者が出たことは気にするなと、少し言い過ぎたようです。そうしたら、あなたは今まで何人も殺してきたから犠牲者が出ても何も感じないのだろうと言われてしまって。咄嗟に何も言い返せませんでした。アンジェリーク様の方が傷付いたような顔をされていたので」


「そうですか……アンジェリーク様がそんなことを」


「少々ヒステリー気味でしたので、本人も言い過ぎだと感じたのか、さらに塞ぎ込んでしまわれて。正直、もうどうしたらよいのかわからないのです」


 相手がアンナさんだからか、つい本音が出た。それくらい、自分の中でもう切羽詰まっているのだろう。


 アンナさんはすぐには答えず、何か考えるように視線をテーブルに落とす。すると、そのタイミングで夫婦が紅茶を持ってやってきた。


「お取り込み中のところすみません。ですが、せっかく淹れたので温かいうちに召し上がっていただきたくて」


「あなた達の言うことは間違っていない。俺達は構わないよ」


「元々は、アンナさんに淹れた紅茶の最終確認をしてもらうのがメインですから。どうぞ、私達のことはお気になさらず」


「ありがとうございます」


 目の前に手際よく紅茶が並べられていく。置かれたティーカップからは、白い湯気と共に紅茶の香りが立ち昇っていた。


「私達は奥で開店の準備してますから」


「気にせずゆっくりお過ごしください」


 そう微笑んで、夫婦は本当にカウンターの奥に引っ込んでいく。空気が読めて、なおかつ余計な詮索はしない。本当に感じの良いご夫婦だ。この店はきっと繁盛するだろう。


 さっそく二人が紅茶を一口すする。


「どうですか?」


「ヴィンセント家のメイドが淹れるモノには少し劣るが、美味しい部類に入ると思う」


「そうですね。まあ、このくらいなら合格点でしょう。まだ改良の余地はありますが、人様に出しても恥ずかしくないとは思います」


 アンナさんがそう評価すると、カウンターの奥で、ガタッと大きな音がした。姿は見えないが、たぶんガッツポーズでもしているのだろう。アンナさんはフフフっと笑っていた。


「ロゼッタは飲まないのか?」


「私はもう少し後でいただきます」


「どうして? 冷めてしまうよ」


「構いません。どうぞお気になさらず」


 あまりに頑なに拒否する私を、レインハルト殿下は訝しむ。そんな私達を見て、アンナさんは笑いが止まらないようだ。


「まあ、いいじゃないですか、飲むタイミングは人それぞれお任せしても。ただし、感想はきちんとくださいね。この喫茶店が繁盛するためにも」


「ええ。約束します」


 そこで一旦会話が途切れる。店は大通りから少し外れているからか、中はシンと静まり返った。


 匂いを嗅いでみる。それだけでも、確かにミネヨネさんやアンナさんが淹れたモノよりは劣るけれども、なんだか不思議と落ち着く気がした。これは私だけの感覚なのだろうか。


 アンジェリーク様がこれを飲んだら、どう評価なさるだろう。私が感じた通りの感想を述べるだろうか。はたまた、厳しい評価を下すのだろうか。


「アンジェリーク様がこの紅茶を飲んだら、どう評価なさるのでしょうね」


 今まさに思っていたことを先に言われ、思わず紅茶に落ちていた視線を上げる。アンナさんは未だ微笑んだままだった。彼女にとっては、今の私の心の内など手に取るようにわかるのかもしれない。まるで、隠すな、と言われているようだ。


「……わかりません。わからないのです、アンジェリーク様のお心が。戦闘において、犠牲者が出るのは致し方ないことです。しかも今回は兵の半分が軍ではなく領民。普通に考えれば、犠牲者の数は二桁、三桁いってもおかしくはなかった。それがたったの五人だったのです。普通なら大金星だと誇って良いところですし、犠牲者の数が少なかったと安堵してもいいはず。それなのに、犠牲者が出たことに心を痛め、さらに作戦を考えたご自身を責められるなんて……。私には理解できません」


 魔法師団に所属していた時がそうだった。兵はただの駒でしかなく、数字によってのみ管理される。生きるか死ぬかの瀬戸際で、一人一人を慈しんで守っていては、隊列を乱し、作戦を乱し、結局自軍を危険に晒しかねない。だからこそ、個を捨て、全体のことを考えて動く駒としての教育がなされていた。


 それなのに、アンジェリーク様はその真逆の考えに囚われている。


「確かに、他人の命ですら大切に慈しむお優しいアンジェリーク様だからこそ、ここまでお慕いしているのも事実です。ですが、何もあそこまでご自身を責めて傷付かなくてもよろしいのではないですか? そんなあの方をおそばで見ているのは、正直辛すぎます」


 思わず胸に置いた手で服を力強く握りしめた。


 父親が陛下を襲撃し、反逆者のレッテルを貼られ、裏切られ、孤独に生きる毎日。あの時はこれ以上に辛いことなどないと思っていたけれど。今は、大好きな方が苦しんでいる姿を見ている方が、あの時の何倍も、何十倍も辛い。


「アンジェリーク様のお心を理解できないのは、私が暗殺者だったからなのでしょうか? アンジェリーク様がおっしゃっていたように、人を殺すことに慣れてしまったから、今回犠牲者が出たことに対しても、アンジェリーク様ほど何も感じないのでしょうか? それではいったい、私はどうやってアンジェリーク様をお慰めすればよろしいのですか?」


「ロゼッタさん……」


 わかっている。こんなことを聞かれても、アンナさんを困らせるだけだと。誰も明確な答えなど出せるはずがないと。


 それでも、言わずにはいられなかった。助けてほしかった。このどうしようもない心の内を、悩みを、誰かに聞いてほしかったのだ。


「俺もロゼッタと同じだ。今回の戦闘は犠牲者が多数出てもおかしくはなかった。だが、エミリアの回復魔法のおかげで最小限で済んだんだ。これは奇跡的なことだし、領民達も彼女に感謝していた。助けた人数の方が圧倒的に多いんだ。それなのに、助けられなかった方に気を取られ、自分を責めるなんて。そういう優しいところが彼女の良い所だけれど、今回ばかりは理解に苦しむ。間違っても、彼女が傷付く必要はないのに」


「殿下……」


「彼女の心を理解できないのは、俺が回復魔法を使えないからなんだろうか? だったら、俺は一生彼女を理解できないことに……っ」


 レインハルト殿下が悔しそうに頭を抱える。こんな殿下は初めて見た。それほどまでに、殿下の中でエミリアの存在が大きくなっているということだろうか。


「ありがとうございます、いち孤児であるエミリアのことをそこまで想ってくださって。ジゼルさんに代わってお礼申し上げます」


「べつに礼など……。彼女は命の恩人だが、同時に俺に生きる勇気をもくれた生きる指標だから」


「というと?」


「周りの人間達は、俺に次期国王としての振る舞いを強要する。双子で、たった数分先に産まれただけなのにな。でも、俺には王の素質はない。嫌なんだ、人の上に立つのは。それに、俺が周りの期待に応えることで、ラインハルトを苦しめているのもわかっていた。だから、そんな周囲の期待とラインハルトとの板挟み状態が続いたある日、ふと思ったんだ。楽になりたいって」


「殿下、それは……」


「魔物の襲撃を受けた時、正直ホッとした。これでやっと楽になれるって。そんな時、彼女に喝を入れられたんだ。甘えるな、生きろと。まるで俺の心の内を見透かされているようだった。彼女のあのビンタで目が覚めたんだよ。俺は今まで色んな人に生かされてきたんだって。そうしたら、真っ先に頭に浮かんだのは家族の顔だった。そして、魔物と戦うラインハルトを見て思ったよ、俺は面倒ごとをラインハルトに押しつけようとしてただけなんじゃないかって。ラインハルトはこんな苦しい思いまでして俺を助けようと必死なのに、俺だけ楽しようとして。それでいいのか? そう考えが変わった瞬間、一気に目の前が開けた気がした。俺ももう少し頑張ってみようって。そういう意味でも、エミリアには感謝している」


 レインハルト殿下は、そう言って柔らかく微笑んだ。


 まさか、レインハルト殿下がそんなことを考えていたなんて思いもしなかった。なに不自由なく生きている国の王子が、以前の私のように死にたいと思っていたなんて。まさかこれも前世のアンジェリーク様が考えたシナリオの一つなのだろうか。


 思わずレインハルト殿下を凝視する。すると、殿下は恥ずかしそうに慌てて紅茶をすすった。


「まさか、レインハルト殿下にそんな深いお悩みがあるとは思いませんでしたわ。どんな相手であれ、人間誰しも悩みはあるものなのですね」


「そうらしい。だからこそ、俺は彼女の力になりたい」


 力強い目で殿下はアンナさんを射抜く。ただ、彼女も負けじと受け止めていた。


「殿下が、エミリアをそこまで想う気持ちは理解しました。ロゼッタさんの抱える悩みも」


 そこまで言って、アンナさんは一度紅茶をすすった。


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